失ったものと繋がったもの



「どうしてこのタイミングで増やすんですか?」

 開口一番、あきれ顔のティキュラがそう言う。

「いや、増やすっていうかだな」

「まあ、仕方がありません。兄さんですから」

 マリエもティキュラに同調するようにため息を漏らす。

 二人とも俺が出かける前まであんなに火花を散らしていたというのに……こういう時結託する程度には仲良くなれたのか。


 まあ、この状況を喜んでいいのかは疑問だが。


「聞いてくれ。ベーオウ達ではなく、魔王軍に襲われていたのはワーウルフ達で」

「そのワーウルフ達の中から可愛い子を見繕ってさらってきたと」

「違う! だから、その……」

 俺は言葉を探して天井を向くが、残念ながら答えはそんなところにはない。というか、いや、どうしてこうなったか俺が聞きたいくらいで。


「まあ、何を言ったところで、女に引っ付かれながらじゃ説得力ありませんけれど」

 はい、その……ごもっともですマイシスター。


 という訳で、今俺の腕にはニコニコしながら抱き着いているワーウルフの少女が。


 城に帰ってきて、真っ先に出迎えてくれたティキュラ達。最初はベーオウ達が魔王軍と接触したと言われていたから、皆どうなったかと心配していたのだろう。その緊迫していた空気は、けれどそのまま別の緊張に変わってしまっていた。


 おかげさまで、ベーオウ達には被害はなかった。喜ばしいこと……な筈なんだがなあ。


 ティキュラとマリエの前で、俺はどうしたものかと真剣に頭を抱えているのだ。


「カイは、私のつがいになったんだ」

 ここで今まで俺に引っ付くだけだったワーウルフの少女が、口を開く。

「お前たちは昔の女か? もうカイは私のモノだから諦めろ」

 開いた途端……ティキュラとマリエに真っ向から喧嘩を売り始めた。


「……へええー?」

「あら」

 ピリピリとした空気がまた一段と濃くなったな。月並みな表現だが、メラメラと燃える火に油をぶっかけた感じだ。


 あーその……二人とも目が怖いぞ。


「カイさん何ですかこの勘違い女? ひょっとして魔王のスパイじゃないですか?」

 その魔王軍に襲われていたんだ。スパイの心配はないだろう。だから尻尾ブンブン振るな。


「全く、これ以上手のかかるペットを増やされても困りますよ兄さん」

 マリエはマリエで微笑みながら威嚇なんて器用なことやっている。普通は見えないだろうに、首から下げた血のフラスコがどんどんと赤みを増していっている。鮮やかな赤に。

 あれは酸素を急速に取り込んで戦闘態勢に入った証だ。

 いや入っちゃダメだぞマイシスター!


「お前たちより私の方が強い。だから諦めろ」

「ふっ、ふざけないでくださいっ!」

「ええ、本当に」

 お前も喧嘩売るな! というかどう収拾つけたらいいんだこれ?


「あー、旦那。嬢ちゃん達には俺から話しておきましょうか?」

「えっ!? べ、ベーオウさん!?」

「ちょっと、何なんですかあなた」

「まあまあ二人とも、ちょいとこっちに」

 この混沌とした中でただ一人ひょうひょうと動いてみせるベーオウ。お前ホント頼りになるな。俺はお前を従者にして本当に良かったぞ。


「そっちは旦那にお任せしやすよ」

「ああ、すまない」

 そうして全然納得していない二人を連れて、ベーオウは近くの部屋に入っていく。俺とワーウルフの少女、二人を残して。


「……いい加減、離してくれないか?」

 そんなタイミングで、俺はそっと少女に話しかけた。


 今もか細く震えている、まだ幼い少女に。


――


「お父、さん……お、母、さん……ッ!」

 ワーウルフの少女は、地面に額を付けて、嗚咽交じりの声を漏らす。


 その地面の下には、彼女の両親が、眠っている。


「旦那。全員、終わりやしたぜ」

「ああ」

 ワーウルフ達は魔王軍に襲われ、その半数以上を失っていた。俺の参戦でひとまずは勝利に終わった戦いは、だから喝采の一つも沸かなかった。


 悲嘆にくれる彼女たちに対して俺ができたことと言えば、墓を作りたいと言った彼女たちを手伝ったくらいだった。


「ありがとう……すごく、感謝している」

「これくらい気にするな。ただ穴を掘っただけだ」

「違う。助けてくれたことも含めてだ」

 彼女はその毛に覆われた手で涙を拭い、端正な顔をこちらに向けて、言った。真正面に立つと、大体俺と同じくらいの背か。


「お前の、名は?」

 その顔には、先ほどまでの悲嘆に暮れていた姿はない。単に強がっているわけでもない。それはそう……絶望の中に一筋の希望を見つけたかのように。


「ブルーダラク家当主、カイ・ブルーダラクだ。」

「……カイ、お前に会えて、本当に良かった」

 少女は、その端正な顔に子供みたいな笑みを浮かべて。


「これでもう、私たちは安心だ!」

「おっ、おいっ!」

 その笑顔のまま、抱きついてきたのだ。


「ああ良かった! お前がリーダーになってくれれば、あいつらももう怖くない!」

「ま、待て! 勝手に話を進めるなっ!」

 そう、この少女に何故か『つがいになってくれ』と迫られているのだ。


「どうして俺がお前のつがいになることになってるんだ! なると言った覚えはない」

「大丈夫だ! お前は私たちの誰よりも強い。そして私は群れの中で一番強い女になった! だからお前は私のつがいだ!」

「だ、だからな……」

 話をしているようで、話がかみ合っていない。抱きつかれて柔らかい胸を押し当てられて、その綺麗な顔を本当に嬉しそうに綻ばせているのを見て……いやまあ、悪い気はしないんだが。


「どうしてっ……俺は旦那じゃねえんでしょうかっ!」

「べ、ベーオウ、ややこしくなるからそういうのは後でな」

 こんな状況を羨ましいと思われるのも分かったから!


「お前は耳も変だし尻尾もないが、ちゃんと獲物を仕留める牙はある! 顔も綺麗だ! だから自信を持っていいぞ!」

 この少女は少女で困惑する俺をどうとらえているというのか。


「俺はお前たちのリーダーにはならない。お前のつがいにもだ」

「何でだっ!?」

 拒絶されると思っていなかったのか、少女は本気で驚いていた。

 う、ううむ、クールで端正な顔立ちに騙されがちだが……さてはお前ポンコツだな?


「名も知らぬ女を妻にするほど酔狂ではない」

「私はベーゼルン・クーナ! 良かった! これでお前は私のつがいだ!」

「だ、だからな?」

 ど、どうしよう。俺こういう手合いとの会話は慣れてないぞ? ど、どう対処したらいい?


「クーナ、俺はこの近くに城を持つ吸血鬼だ。魔王軍と敵対していて、お前の言う『あいつら』からは狙われているんだ」

 先ほどのオーク達も俺を認識していた。俺の存在が魔王軍の末端にまで知れ渡っているのだ。

 不名誉なあだ名はともかく、これからは本格的に奴らと事を構えることになる。


「俺についてくれば、魔王軍から常に襲われる立場に……」

「何言ってるんだ。もう狙われているぞ?」

 あ……うんまあ、そうだな。

「あいつらオークを強くするために強い女が欲しいらしい。ふざけるなって噛みついたら襲い掛かってきた。だからもう敵対している。今更お前と一緒になっても同じだ」

 突然正論で返されると言葉につまるな。


「だから、な?」

「な? じゃなくて……こういうのは、その」

 どう、言葉にしたものか。


「お互いを、もっと知ってからだな、その」

「……旦那って意外にそういうの気にしますよね」

「意外ってなんだ意外って」

 このくらい普通だ、とベーオウに返す間もなく……。


「私じゃ、ダメか?」

 ぎゅむっと、胸をグイグイ押し付けられる。


「……あのな」

「私には分かる。お前、私に興奮してくれてるんだろ? ここ硬いし」

 やめて。それはその……男の子だからさ。


「……私なら、いいぞ?」

 頬を赤らめちょっと色っぽい声で囁く。何を、とはさすがに聞かない。


「俺がどうしてもつがいにならない、と言ったら、どうする?」

「……」

 少女は、いや、クーナはその質問には答えなかった。


 彼女は言った。俺がいれば安心と。

 では、俺がいなければ?


 彼女の父親は無残に撲殺された。母親はゴブリンどもの毒ナイフに全身を刻まれて泡を吹いて死んでいた。次に襲われた時、そうなるのは……。


 つがいだなんだと言っているが、結局これは、そういう話なのだ。


「カイは、きっとそうしない。じゃなきゃ、最初から私達を助けない」

「情報が欲しかっただけかもしれないぞ」

「……考えてなかったけれど、たぶん、そうじゃないと思う」

 理屈も何もなく、ただまっすぐ俺を見て、彼女は笑みを浮かべた。


 ……ああ、本格的に参ったぞ、これ。


「つがいになるって言ってくれなきゃ、この手を離さない」

 そうしてよりぎゅっと俺の腕にしがみついてくるクーナ。ああ、何というか、子供のダダみたいな感じになってしまったな。

「……」

 綺麗な顔立ち、素直な笑み。紺色のウルフヘアから伸びる、獣の耳。胸もそこそこあり、スタイルもいい。

 こんな美少女からつがいになってくれなんて言われて、本来なら、それは喜ばしいことかもしれないが……。


――


 そんな状態が続いて今に至るわけだ。

「いくら粘っても、俺は首を縦には振らんぞ」

「……」

 クーナは結局俺を離さないし、残ったワーウルフ達も残らず城についてきてしまった。ややこしくなるから城の外で待機させているが……ここまで強引についてきた割には、あっさりとそこは引き下がったな。


 彼女たちは基本群れで行動するらしい。一番強い雄と雌のつがいが、その群れを率いるリーダーとなる。ここは普通の狼と習性は一緒だな。

 つまり彼女が俺につがいになってと申し出た時点で、俺は自動的にその群れのリーダーに収まったらしい。リーダーの言う事は聞く、と。まあ素直で助かったよ。


 ……いや、つがいになるって認めてないんだが。


「どうしたら、つがいになってくれる?」

 ぎゅっと、握る手と声に不安を滲ませながら、クーナは俺を見た。


「……俺がリーダーになれば、危険から遠ざかると思っているのだろう」

「? うん」

 コクンと首を縦に振るのが可愛い。背丈は同じでも、こうしていると本当に子どもの相手をしているようだ。


「残念だが、俺をリーダーにしても、そうはならない」

「何言ってるんだ? カイ、お前の強さなら、あいつらも怖くないぞ」

「……常に起きているのなら、約束できるのにな」

「?」

 そう。強制睡眠という弱点がある限り、俺はお前たちを、絶対に守ってやれるなどと言えないのだ。


「カイ、寝ている間が心配だっていうなら、皆で交代で見張ろう!」

「いや、そういうことじゃなくてだな」

「そういう事でしょう? 兄さん」

 俺がなおも言葉を詰まらせていると、思わぬところから声が。


「マリエ……」

「状況は分かりました。全く、バカ力のくせに女の子一人振りほどけないのはどういう事なんですか?」

 コツコツと行儀のいい靴音を立て、俺の妹は苦笑交じりにそう言った。

「別にいいんじゃないですか? 彼女達ワーウルフを受け入れるくらい。今のところ戦力の補充は必須ですし」

「いや、それは……そう、なんだが」

「カイさん、もしその子がつがいだなんだのって言わなかったら、普通に受け入れてました?」

 続いてティキュラも。さっきとは違って、ベーオウの話を聞いたからか随分落ち着いた様子で。


「あ、いや……古ゴート族や他の皆がいいと言わなければ受け入れるつもりはない」

 ワーウルフと古ゴート族、言ってしまえば狼とヤギだ。トラブルが起こるのは目に見えているしな。


「……はあ。抱えるものが増えて面倒になるとか考えないんですか? 兄さん」

「何を言っている? そんなことを考えたりはしないが」

「やっぱり、カイさんは素敵です」

 マリエははあとため息をつき、ティキュラは何故かニコニコしている。ど、どうした一体?


「旦那らしいですね。まあ俺たちゃキレイどころが増えるのは大歓迎でさあ」

「……別に、誰もかれも受け入れるなんて考えているわけじゃないぞ」

 俺の力を知ってすり寄ってくる輩は多い。だから俺は、そういうのに十分注意して……。


「困っている相手を放っておけないっていう考えがもうダメなんですよ」

 え、ダメなの?

「ダメじゃないですよー」

 マリエはため息をついて、ティキュラは嬉しそうに表情を綻ばせる。何なんだもう。


「安心しろカイ! あいつらなら、お腹が減らなきゃ食ったりしないから!」

「減ってても食うなっ!」

 同じくニコニコしているクーナに思わず突っ込む。いやマジで食うなよ!?


「でもまあ、つがいだなんだのと兄さんの正妻面されるのは気に入りませんから、ひとまずは部下ってことにしたらどうです?」

「それは同感です」

 こっちもニコニコしながらクーナをけん制する二人。いやまあ、半分くらい照れ隠しかもしれないが。


「……ひとまずは、それでいいか?」

「カイの部下? いいぞ」

 そうして少女は手を離す。ほう、思ったよりあっさり……。


「じゃあ、よろしくな、クーナ」

「よろしく、カイっ!」

「うおっ!?」

 そう言って、また抱き着いてきた。


「えへへ、つがいになったからには、一緒に頑張っていこうな!」

「は?」

「え?」

「へ?」

 俺とマリエとティキュラの声が絶妙にハモる。


「……話聞いてました? あなたは兄さんの部下なんですよ?」

「知ってる。部下は命令を聞く奴って事だろ? リーダーの命令は勿論聞くぞ」

 あれ? なんか、話が絶妙に食い違ってる?


「だからつがいでも、何の問題もなく部下だぞ?」

「いやいやおかしいですよっ!? 何でカイさんがあなたのつがいなんですか!?」

「カイの言う事聞いたんだから、私の言う事も聞くべきだ」

 あれ、何か突然まともな論調で切り返してきましたよこの子。


「だからカイは、私のつがいだ!」

「納得できませーん!」

 ティキュラの声に、じゃあ離さないと再び元の状態に戻ってしまうクーナ。お、おい、どうするんだこの流れ?

「旦那、代わってくだせえ」

 ま、真顔で言うなベーオウ、本気で返す言葉に困る。


「皆さんー、歓迎の準備できましたよー?」

 と、そんな流れを断ち切るように、独特のちょっと間延びした声が。


「ミルキ・ヘーラ? いや、そんな用意など頼んでいなかったが」

「あら? 御当主様ならそういう流れにするんじゃないかと思ったんですが」

「もうっ! 大当たりだよミルキィ! 変なのが増えた!」

 ティキュラが尻尾ブンブン振りながら、現れたちょっと背の高い彼女にまるで文句を言うように叫ぶ。ミルキ・ヘーラもあらあらとほほ笑むあたり、本当に仲良くなったなと感じる。


 というか『ミルキィ』か……可愛いな。後で呼んでみよう。


「か、カイ様……その、大丈夫ですか? 噛みついたりしませんか?」

 そうしてミルキ・ヘーラの後ろからおずおずと現れるアンリ。ああ、やっぱり古ゴート族からすると警戒するよな。


「さっき食べないように伝えた。というか、やっぱり嫌か?」

「え? あ、いや……いえ、そのお気遣いだけで大丈夫です。カイ様の選んだ者たちなら、大丈夫でしょう」

 だ、大丈夫かな? そんな全幅の信頼置いてもらっているような所悪いけれど、正直まだ彼らの事をあまり知らないぞ?


「俺からもちゃんと言い含めて……」

「た、大変ですぜー!」

 と、またもやまたもや流れを遮るようにレッサーオークが……やれやれ、今日は本当に退屈しないな。これほど密度の濃い一日というのも珍しい。


 今度は一体何だ?


「魔王軍の奴らが攻めてきましたっ!」

「……何っ!?」


 そう、この慌ただしく忙しい一日は、これからの長い長い戦いの始まりに過ぎなかったのだ。


 俺達と魔王軍の、小競り合いの日々の。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ25名

従者:ベーオウ

同盟:大魔王と交渉中

従属:なし

備考:再び魔王軍の襲撃(?)





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