過去と出会う日



「ぐっ、が、ああああああっ!?」

「ほう、なかなかやるじゃないか」

 地面をえぐり、思いっきり引っ張られつつも、その男、ガルーヴェンは耐えてみせたのだ。


「並の奴なら千切れている所だ」

 実際、奴には数十トン単位の負荷がかかっているはずだ。だいたい戦車運搬車をくらいの力は込めている。

「ば、かな!?」

 周りの混乱の中、風に乗ってジャギュアのそんな声も届く。

 どうやら無礼な態度への仕返しくらいはできたらしい。


「うおおおー! 流石旦那っ!」

「カイさんがんばれー!」

「きゃー! カイ様ー!」

 周りの声援が、大魔王に支配されていた空気を徐々に塗り替えていく。さっきまで王様気取りで接待を受けていた男は、あっという間に完全アウェー状態だ。


 ああそうとも、これはお前たちが繋いだ戦いだ。

 あいつらにたった二人で乗り込んできたこと、存分に後悔させてやれ。


「ぐっ! ぞおっ! なめんなああああああああああっ!」

 しかし、ここでガルーヴェンの纏う覇気が一段回厚さを増す。

「うらあああああああああああああっ!」

 ずるずると引きずられる流れを止めて、そこで踏ん張って見せたのだ。


「……凄いな」

 正直、ここまで抵抗されるとは思ってなかったぞ。

 俺の魔法耐性は、俺に触れているものにも影響を及ぼす。この鎖、そしてその先のガルーヴェンにも。


 つまりこれは魔法ではない。純粋な腕力だ。


「大したものだ」

「なめてんのかくそがあああああああっ!」

 さらにさらにその覇気を、燃える怒気で上書きする。筋肉は膨れ上がり、奴の血管は大地を走るマグマのように赤く光る。

 地面の割れはさらに広がり、その力の大きさを、周囲に伝えて……。


「ならここからは、

「ッ!? ふ、ざけてんんじゃっ! あっ!? なっ! ぐああっ!?」

「ばっ、バカなッ!? そんなバカなっ!?」

 ベーオウに事前に予告していたしな。

 俺は鎖を片手から小指に持ち替えて、くいくいと、針をかけた魚を引っ張るように奴を弄ぶ。


「てっ、めっ!? なん、でっ! ぐおおおおああああああああっ!?」

「なっ、何をしているっ!? ありえんっ! こ、こんなことあり得んっ!」

 顔を青くして叫ぶジャギュアに、俺の仲間達も歓声を……と思ったが、何故か皆彼以上に青い顔をしているような。


「だ、旦那……俺だって小指は流石に比喩だと思いやしたぜ」

「お前まで引くな」

 審判の位置にいたベーオウの言葉に思わずそう突っ込んでしまう。味方にまで引かれちゃ流石に俺だって傷つくぞ? 綱引きだけに。いや上手くないが。


 筋骨隆々の大男が俺のような細いガキに力負けしている。まあ確かに奇妙な図だろう。だが前にも言った通り、俺達上位の吸血鬼の本体は『血』なのだ。筋肉の量など目安にならん。


「体内で血を圧縮させ、超スピードで循環させているんだ。今俺の中に渦巻いている血は、木星の嵐程度には猛っているさ」

「さっぱりわかりやせんが、旦那が桁外れにやべえって事だけは伝わってきやす」

 うんまあ、それでいい。

 要するに俺と綱引きさせたきゃアラレちゃんでも連れて来いって話だ。


「最後だ。耐えられたら褒めてやる」

「うがっ! このっ! ざけんじゃっ!?」


 ここからさらに、力をかけるケタを、


「うぐあああああああああああああああああっ!」

 ガルーヴェンのひときわ大きな叫びと、大地の悲鳴。そして……。

「ッ!?」

 バキイイイイイィンッ、と甲高く響いたのは、鎖のはじけ飛ぶ音。

 それで、この綱引きは決着した。


「お、おお……」

「すげえ……」

「じ、地面が、こんなに」

「だ、大魔王っ!」

 一瞬の静寂の後、周りからは時間が戻ったかのように次々声が。


「は、あっ……」

「……本当に、大したものだな」

 綱引きを開始する前はその鎖の長さ、およそ十メートルの距離にあった俺達は、大体三メートルほどの間で視線をかわす。

 俺の位置は変わらず、相手だけを引っ張って……けれど、その差を詰め切れずに。


 つまり、耐えきられたのだ。

 この男、耐えきったのだ。


「はっ……はははぁーっ! やるじゃねえかおめえっ!」

 痛むのであろう。片腕を押さえているものの、それでも奴は威勢良く吠えた。


 ……いや、素直に感心するぞ。

 例え大妖怪であっても、この力に耐えられるとは思えない。吸血鬼は勿論、どんなモンスターが相手でも今ので押し切れると確信していたのだ。


 この男は、そんな予想をあっさり上回り……。


「ちぃーーーーーっとばかし、油断しちまったぜ!」

 形の上だけでも、吠えてみせた。

 ……ああ、そういう強がりの仕方は、嫌いじゃない。


「ならまあ、手加減はいらねえな、おめえになら……」

「っ!? だ、大魔王っ! それはっ!」

「うるせえっ! このままやられっぱなしよりマシだろうがよおっ!」


 そう言って……さらにさらに一回り、そいつは力を……。


「なっ、に!?」

「仕切り直しだぜ吸血鬼っ! 鎖は切れちまったし、あとはまあ、素直にやりあうしかねえだろうっ! ああっ!?」

 ビリビリと、いや……同じような覇気ではない! 先ほどまでとは比べ物にならない覇気に、俺は晒され……。


「おめえになら見せてやるよっ! 俺の本当の力をっ! 姿をっ!」

 こいつっ……!

 本当の姿を、いや、力を、隠していた!?


 奴の体の、その周囲に沿って巨大化するように、まるで星を分厚い大気が覆うように、覇気があふれ出る。もはやそれは、人の形をかたどった何かだ。

 これは……いやっ! 流石にこれはヤバい!


「ベーオウ!」

「すっ、すいやせん旦那っ! 流石にこれは想定外ですっ! 戦わずに力を示すってつもりが、こんなっ!」

「分かった! あとは任せろ! 全員自分たちの身を守ることを優先しろっ!」

 今度は俺も落ち着いてなどいられず叫ぶ。周りはその覇気だけでこれから何が起こるか予感したのだろう。大慌てでさっきの倍は距離を取る。


 ああ、ここまでとは……予想していなかったぞ。


「死ぬなよ、吸血鬼」

「……お前こそ、我を失って皆を傷つけるなよ。殺すぞ」

「ははっ、いいねえっ! ちっとはやる気出たかっ!?」


 やれやれ。

 久しぶりの張り合いがいのありそうな相手にワクワクしているなんて、俺も大概おかしいな。


「じゃあ……いくぜっ!」

 ガルーヴェンはその覇気を膨らませ……いや、まるでその覇気を形にするかのように、巨大な姿に。


「これは……変身、えっ!?」

「ハァーハハハッ! 俺に切り札を切らせるたあなっ! 約束通り褒めてやるぜ!」


 声が瞬間的に野太くなり、三メートルの距離が、その大きな足の一歩で埋まってしまう。


 大地を踏みしめる大きな足。

 体の半分近くはある長い尻尾。俺を見下ろす、ナイフのようにずらりと並ぶ歯。


 流石は大魔王、と、思いかけ……。


「ハハハッ! 伊達に地を統べる暴君ジオ・タイラントなんて呼ばれちゃいねえんだよっ! この地竜の姿なら、俺の全力が出せるぜっ!」

「ティッ……」

「どうしたどうしたぁっ!? まさかここに来てビビったなんて言わねえよなあっ!? 吸血鬼っ!」

 いや、何というか……これから壮絶なバトルみたいな空気の中申し訳ないんだが……俺には別の事が気になって仕方がないっていうか……。


「ティラノ、サウルス」

「……あ?」


 俺は一言、変身した大魔王を見て、口にした。


「てぃ……なんだそれ? 俺様は地竜だって言っただろ? まあ、まだ見つかってねえ珍しい地竜らしいんだけれどよ」

「いやだって、その姿、恐竜……」

 どこからどう見ても、だ。

 恐竜図鑑で何度も見たさ。ああそう、お前に憧れない男の子なんていないんだ。


「す、凄いっ……生きてる、ティラノサウルスっ……!」

「……おい」


 あ、あ、やばい。ちょっと、さっきとは違う意味で興奮してきた。


 その肌は鱗のような、或いは鳥の足のような皮膚に覆われていて、最近は羽毛恐竜なんて言われるように鳥の羽が生えていたなんて言われているけれど、コイツにはそんなものはなくて、見た通り、物凄く巨大なトカゲといった姿で。

 色は、頭部は黒っぽく、胴体は濃い緑と茶色のグラデーション。大魔王の服装が反映されているのか? いや、まさかこれが実際のティラノの色!?


「さ、触っていい? あ、違う、触ってもよいか?」

 い、いかん、口調が崩れる。だって……だって格好いいから。

「おめえ、まさか……」

 ガルーヴェンも俺の変化に戸惑いつつ、俺の言動から、一つの結論に至ったようで。


「俺の事……いや、この地竜のこと、知ってるのか!?」

「えっ?」

 この意外な展開が、俺達の闘争の決着となるのだった。


――


「ジューキャクアモクテタヌラカモクカルノサウルスルイ? なんのこっちゃ? さっぱり意味が分からねえぞ?」

 俺は城の図書館から恐竜図鑑を引っ張り出してきて、変身を解いたガルーヴェンの前で読み上げている。


「つまり大型二足歩行のグループの、硬い尾を持つ肉食恐竜という意味だ」

 図鑑の絵を見せながら、さらに説明を続ける。

「この種は地球上で繁栄した陸上生物の中でも、最も大型化した肉食獣と呼ばれている。大きな目と長く細い頭を持ち、ジュラ紀から白亜紀、所謂恐竜の時代を席巻した、まさに陸の支配者と呼べるグループだ」

 ちなみに、かの有名なティラノサウルスは意外にもこのグループではない。コエルロサウルス類と呼ばれる本来は小型獣脚類の仲間だ。彼らは長い期間をかけて大型化し……いや、この話はまた今度にしよう。


「ギガノトサウルス……それが、俺の名なのか?」

「ああ」

 そう、正確にはティラノサウルスではなかったのだ。


 大きいがティラノと比べ全体的に細身で、杭のようではなくナイフのように切り裂くことに特化した歯。そして手の指が三本(ティラノは二本だ)。


 骨格が分からないので細かくは判別できないが、恐らくはギガノトサウルスの仲間である、と推測した。


「これは……珍しい竜族をまとめた書物なのですか? 皆翼が無いようですが」

 ジャギュアも興味深そうに図鑑を覗く。というかこの世界の竜は基本翼があるのか?


「はえー、こんなのが城の中にあったんですねえ。荒らしてる時には気づきやせんでした」

「紙に綺麗な絵が描いてあるんですね。本、というのは噂では聞いたことがありましたが」

 ベーオウや他の皆も身を乗り出して覗き込んでいる。その口ぶりから、大半は本を見るのも初めてのようだ。


「……で?」

「ん?」

 大魔王ガルーヴェンは、一見横柄に、けれどその目は真剣に、俺に問うてきた。


「俺の……俺の仲間は、どこにいる? どこに行けば、会える?」

 そう、子供が初めて恐竜という存在を知った時のような質問を。切実な声に乗せ。


「……残念ながら、生きた彼らに会うことはできない」

 現実世界あっちでは当たり前の事実を、俺も少し申し訳なく思いながら告げた。

「俺のいた世界……地球では、彼ら恐竜は絶滅してしまったからな」

「……」


 ガルーヴェンは、じっと図鑑の絵を見つめていた。


 この図鑑は子供向けではなく、どちらかというと学術色が強い。復元されたイラストも載っているが、大半は化石の写真と、その大きさや特徴を事細かに説明しているものだった。


 どこかで気づいていたのだろう。

 生きた姿がほとんど描かれていないこの図鑑から、自分の仲間の辿った運命を。


「そうか……」

 ガルーヴェンは図鑑から目を離し、高い空を見上げる。今、彼は何を思っているのか。


 獣の姿を取るモンスターは、その元となる生物に高い親和性を感じるのだという。例えば猫娘が人間よりも猫の方とのコミュニケーションを好むといった風に。

 奴の口ぶりから、奴も自分のルーツとなる生き物を探していたのだろう。全身を変化させられるタイプは変化したままで生き続ける者も多い。あるいはずっと、孤独を抱えていたのだろうか。


 ガルーヴェンは自らを『珍しい地竜』だと名乗った。


 それはこの世界においても、彼が基準を逸脱しているという事。

 ドラゴンはいても恐竜はいない。恐らくはそんなところか。


「……」

 仲間を失うという感覚なら、俺もよく分かる。

 かつての俺の仲間にもう会えないと言われたら。例えそれが事実であったとしても、相応の痛みは味わうだろう。


「だからか」

 唐突な、空を見上げていたガルーヴェンの言葉に、周りの視線は集中して……。


「だからおめえは、俺の地竜の姿を見てはしゃいでたのか」

「わっ!?」

 そうして突然、頭をその大きな手でガシッと掴まれて。


「ふっ、ははははっ! そうかそうか、俺に会えてそんなに嬉しかったってワケか!」

「がっ!? や、やめろっ! 何をするっ!? 頭を撫でるなっ! こらっ!」

 強引にわしゃわしゃと、俺の髪をかき乱し始めたのだ。


「やっぱり俺の偉大さは滅んでも伝わるって事か。ふはははっ! 当然だな!」

「ええい放せっ! はなせっ!」

 整った俺の銀髪がぐちゃぐちゃにされていく中、俺の抗議の声などどこ吹く風と、この大魔王は高らかに叫ぶ。な、何だこの展開は!?


「帰るぞ! ジャギュア!」

「あ、は、はい……いえ、よろしいのですか?」

 ジャギュアもガルーヴェンの言葉の真意を測るように、そう問いかけるが。

「構わねえよ。元々力で従えるなんざ俺の趣味じゃねえ。ドラケルの野郎とやってることが同じじゃねえか」

 意外にも、逆に俺達にその心の内を見せて。


「酒も女も俺達だって負けちゃいねえってことを見せてやろうぜ」

 何故か、奇妙な対抗意識を抱いていた。


「つーわけだ吸血鬼。次は俺の仲間も大勢連れてくるからよ。覚悟してやがれ」

「……ああ。それは、楽しみだ」

 俺の仲間、か。

 先ほど自分と同じ種類の地竜を指して仲間と言っていたが、今の言葉には、その時の悲壮感は何処にもない。


 凶悪な顔を、この上なく嬉しそうに歪めていたのだから。


 ――こうして、朝の突然の訪問者は去っていくのだった。


「一時はどうなる事かと思ったが」

「ええ」

 ベーオウや皆と並んで、去っていく大魔王の後姿を眺めながら呟く。

「騒々しい男だったな」

 仰々しくも大魔王を自称するような男だ。その乱暴さもでかい態度も気に食わないが……まあ、認めてやらんでもない。俺の大好きなギガノトサウルスに免じてな。


「俺達が旦那だけに頼った奴らじゃねえって示せりゃ、交渉を有利にできると思ったんですがね。俺達がを考えてくれりゃあいいと」

 ベーオウの言葉に、俺もベーオウの手の内を知る。


「あいつらの言葉をそのまま取りゃあ、俺達はただの飯出し係ですし。魔王軍が攻めるまで放っておかれたところを考えりゃ、地理的にもここがそれほどの要所じゃねえのは分かりやす。それ以上の価値がある奴らだって認めさせなきゃあ、なんて考えてましたが」

 ベーオウは、恐らくはそんな自分の考えを笑い声と一緒に吐き捨てる。


「どうやら、そういう計算だけで動く手合いじゃなさそうですかねえ。いっそ清々しい野郎でした」

「あれは単に負けず嫌いの気分屋の我儘男だ」

 折角皆がお膳立てしてくれたのに、綱引きの勝敗はなあなあにされてしまった。

 ああいう手合いの自分勝手な我儘に付き合ってもきりがないぞ。振り回されるだけだ。


 それにベーオウの取った作戦は、間違っていなかった。


 もし俺が最初から力で奴らを蹴散らしていたら、こうはならなかっただろう。おかげで奴に俺以外の皆を一目置かせ、支配ではなく対等な付き合いを意識させ、ついでにガルーヴェンという男の心の一端を覗き見れた。


 大したものさ。俺はお前たちが誇らしいぞ。


「あ、カイさん。髪が乱れたままですよ」

 そうして見送りする中で、ティキュラがシュルっと傍による。

「カイ様、私たちが整えてあげますよ」

「ええ。ここは私もー」

 何故かそんなことを口々にして、俺の髪をわしゃわしゃとやり始める俺の愛しい少女達。


「いや、お前たち……整えてないだろう?」

「えー? そんなことないですよ」

「カイ様、どうぞお気になさらず」

「子供みたいに甘えてもいいですよー?」

 ……何か、あの大魔王に悪い影響を与えられたな、これ。


「いやあ旦那、相変わらずモテモテであぎぐがああああああっ!?」

 ベーオウもいつもと違って嫉妬ではなく余裕そうに笑っている。くそう、なんか悔しい。ベーオウの頭をにぎにぎしながら俺は複雑な思いだ。


「全く。いいか、俺は子供じゃな……」

「旦那ー!」

 俺が抗議しようとしたところで……いや、この和やかになりかけた雰囲気を破るように、鋭い声が飛んでくる。


 大柄な図体。そう、ギガントオークだ。


「あれは、城に残してきた奴か」

「た、大変ですっ! ちょっと来てくださいっ!」

 どたどたと駆けてくるその尋常ではない様子に、一気に緊張が広がる。


「どうした! まさか怪我人に何かあったのか!?」

「いっ、いえっ! 違うんです! し、城が突然、よ!」

 な、何? 城が叫ぶ?

「なっ、何言ってんだおめえ!?」

「ほ、本当なんだって! と、とにかくすぐ来てくだせえっ!」

 促されるまま、俺達は城へと帰るが……。


「うおっ!? 何だこりゃあ!?」

「ええっ!? な、何これ!? カイ様!?」

 ああ、うん……成程な。

「す、凄い音です……それにこの声、何を言っているのか。御当主様、これは」

「警報だ」


 城中に響くようにアナウンスが流れていたのだ。

 緊急事態、城の損壊率が20パーセントを越えました、とかなんとか。知らなければ城が叫んでいると表現するのも納得だ。


「補助管理プログラムを作動? 何のことだ?」

「だ、旦那、何言ってるか分かるんですかい?」

 ああ。当然だが、この世界でこの言葉が分かる奴は俺以外にはいないだろう。


「管理者は至急六階のコントロールルームへ、か。何が起きているかはまだ分からん。これから調べに行く」

 どたどたと皆を連れて階段を上がっていくと、六階の城全体を管理できる区画に誘導灯がともっていた。恐らくはそれに沿って進めばいいのだろう。


「か、カイさん、何だか不思議な所です」

「まだ私たちが知らない場所、結構あるのね」

 そういえばここは案内していなかったな。

 いかにも科学実験場のような雰囲気の区画だ。無機質なコンクリート地の廊下にガラス窓、現代科学が息づくような設備の数々。


 薄暗い廊下を誘導灯に沿って歩き、ロックされた扉をブルーダラク家の宝玉を使って一つ一つ開けていく。


「その宝石……そう使うんですかい」

 俺が宝玉を扉にかざしているのを見てベーオウが感嘆の声を漏らす。ああ、これがないと結構困るんだ。ベーオウが返してくれずに失くしていたら、俺は城中の主要区画の扉をたたき壊す羽目になっただろうから。

 そうして数分ほど進み……恐らくは区画の最深部へ、俺達はたどり着く。


「な、何ですかいここは」

「地面も壁もまっすぐ……不思議な箱がいっぱい」

「この、管みたいなものも何なのでしょう」

 皆が口々に部屋の様子に息をのんでいる。

 継ぎ目一つない床と壁、数々の電子機器、何に使うのか分からないパイプに繋がれた、一本の大きな柱。


「俺も、ここの存在は初めて知るな」

 ここは実験部も使っていた場所だ。

 場所から考えれば最重要の機密が眠る場所なのだろうが、それにしては、何のための場所なのかが分からない。ここまで誘導されたからには、何かあるはずなのだが……。


「あ、旦那! ここに文字が!」

 ベーオウは柱の傍に表示された文字に気付く。ベーオウは読めないのだろうが、それが目的のモノだった。

「ふむ、最終承認……管理者クラスの権限において、プログラムを実行しますか、か」

 実行、したらどうなるんだ?


「ど、どうするんですかい旦那?」

「……やってみないことには話が進まないな」

 何が起こるか見当もつかないが、少なくとも城の設備として有益なものなのだろう。


「少し離れていろ」

 俺は宝玉を使って認証を済ませ、この城の主であることを示すため血を装置に流し込む。この城独特の、吸血鬼にしかできない確認方法だ。

 ほどなくして、新たなメッセージが。


「我が君へ。あなたの進む先、千年万年、我らブルーダラク家と共に栄光あれ……か」

 浮かび上がった文字を読み上げていると、シューと何かが抜けるような音と、ゴポゴポと大きな水音が。


「一体何の音……ん?」

「おおっ!? は、柱が、剥けていく!?」

 ベーオウの奇妙な表現は的を射ていた。

 柱にかかっていた覆いが、円柱の側面を横に滑るように開かれて、中から白く光る巨大なガラス管が現れ……。


「み、水? なんか抜けてくみたいですが……ってうおおっ!?」

「な、何いっ!? 水の中に誰か入ってるぞおいっ!」

「ええっ!? ちょ、ちょっと何……ええっ!?」


 その姿に……いや、現れた相手に、俺は、思わず言葉を失った。


「は、裸っ!? 裸の女だっ!」

「ちょ、ちょっとオーク達! 見るなっ! 目閉じてなさいっ!」

「うおっ!? ちょ、やめろよお前ら! 分かったから!」

 レッサーオーク達が予期せぬ偶然に興奮しているのも、古ゴート族が必死にそれをなだめているのも、今は頭に入ってこない。


「か、カイさんもっ! そんなまじまじと見ないでっ……て」

 ティキュラの言葉が途切れたのは……恐らくは、俺の顔を見たからだろう。


 俺はまじまじと、目を見開いて、その裸の少女を見つめていた。

 いや、違う……。


「マ……」

 再びシューという音と共に、ガラス管が上にせりあがっていく。中の液体が全て抜けたのだ。

 目の前の、全身を濡らす裸の少女は、それに合わせてゆっくりと目を見開いていく。


 黒い髪に、雪のように白い肌。

 俺よりも少し身長は低く、未成熟な体は、けれど女らしい曲線とすらりとしたプロポーションは、誰もが美しいと認めるものだった。


 顔つきは俺よりも柔らかで、薄く引かれた唇は、すぐにいつもの笑みを作る。

 その少女は、俺の記憶と寸分違わぬ姿で、再び俺の前へ。


「マ、リエ……」

「……」

 吸血鬼の赤い瞳が、俺を見つめて。

「ごきげんよう、兄さん」


 そうして俺の妹は、この薄暗い部屋でにっこりとほほ笑んだのだった。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名

従者:ベーオウ

同盟:大魔王と交渉中……

従属:なし

備考:カイの妹との、再会(?)





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