第二章 銀の弾丸、命の価値

差し出す体、その血の味



「仲間?」

 城の地下牢。

 その奥、暗がりが支配するこの空間で。


 少し変わったラミアの少女は、確かにそう言った。


「は、はい! わ、私の仲間……友達を、助けてください!」

 震える声で、けれどその瞳に、強い意志をたたえて。


「彼女の仲間も襲ったのか?」

「えっ!? い、いえいえっ! コイツの他になんて誰もいやせんで」

 俺は彼女にではなく、隣に立つレッサーオークのベーオウに聞くが、ベーオウは何が何やら分からないと首を振る。


「ち、違います。私が襲われた場所の、その先に村があるんです。そ、そこが人間に、襲われていて」

 何だ、ベーオウ達オークに襲われたという話ではないらしい。

「人間たちはすごく強い武器を持っていて、皆で戦っても、全然、勝てなくて……」

 ふうむ。人間たちに、武器……か。


「事情は分かったが、人間はお前を捕まえたりはしなかったのか?」

「わ、私! 助けを求めるために離れてて……でも助けを呼ぶ前にオーク、さん、達に捕まって」

「おい」

「えええええっ!? い、いやそのっ、知りやせんで……」

 これまたベーオウはバツが悪そうな顔を浮かべる。

 この場合はベーオウ達に非はな……いやあるか。そもそもこいつらこの子を邪な理由で攫ってきたのだった。


「そ、そのっ! あなたの、吸血鬼としての強さを見込んで! どうかお願いしますっ!」

 少女は切羽詰まった声で首を垂れる。褐色の、華奢な上半身をふるふると震わせながら。


「……」

 さて、どうしたものか。

 この世界で、俺はある程度の情報を得ることはできた。だがそれだけではこの世界で生きていくには当然足りない。


 今一番足りていないのは、この世界との『繋がり』だ。


 俺の弱点である強制睡眠は、どうしたって俺自身が無防備になる。寝ている間、俺を守ったり、かくまってくれたりする仲間は必要だ。

 そういう意味では目の前の少女を助け、彼女の仲間と繋がりを持つことは、少なからず俺へのメリットになる。恩を売る、というやつだ。


 だが、それは裏を返せば……。


「……おい、ちょっと待てや嬢ちゃん」

「ベーオウ?」

 と、そこでベーオウが、一歩彼女の前へ。


「助けを呼びに行く途中なら、これからとっとと呼びに行きゃあいい。旦那はあんたを解放した。あんたはもう、自由だ」

「そっ! それ、は……」

「アテなんてもん、最初からありゃあしないってわけかい」


 ベーオウの言葉に押し黙る少女。


「あんたの仲間の村、助けを呼びに行くアテもないくらいの弱小勢力だろう? それなのに旦那にわざわざ人間と敵対する危険まで冒して助けろって言うのかい?」

「ッ!」

 少女は痛い所を突かれたのか、何か口を動かそうとするも、言葉は続かない。そう、一番の問題点はそこなのだろう。


 人間と敵対する。

 それは、この世界を二分するほどの一大勢力と真っ向から対立することを意味するのだ。


「それにあんた、助けを呼ぶために離れていた、だって? アテのない仲間を探すためにかい?」

「わ、わた、し……」

「あんたが今差し出せるのはせいぜいその身一つだ。だが生憎だな。旦那には、あんた程度の女は勝手に寄ってくる。あんたも、折角拾った命を無駄に捨てるこたぁないんじゃないか?」

 ベーオウは口が回る事回る事。こちらはお前なんかいらない、お前の事などお見通しとうそぶき、落としどころまで用意して少女に突きつけていく。


 交渉上手、というのはこういうのを言うのだろうな。相手の逃げ道を塞いで納得しやすい場所へと誘導していくのだ。いつも従えオアダイを突きつけている俺からすれば少々耳が痛い。


「……」

 だが、どうかな? ベーオウ。


 人を見る目なら、これでも自信があるんだ。

 あの、湖面をたたえるような澄んだ瞳は、そうそうお目にかかれるものじゃない。


 この子はこんなところで、諦めるようには見えないな。


「……お願い、します」

 声の後、するりと、衣擦れの音が響く。


「なっ!?」

 少女は再び、裸になる。俺が渡したベストを脱いで。


「私には、今出せるものはこれしかありません。こんな、小娘の……でも、きっと……いつか、誰よりいい女になって、お返しします!」


 今度の声に、震えはない。

 静かな覚悟が耳に心地いい。


「だからっ! 私に、大切な友達を助けさせてくださいっ!」

「いいだろう」

「だ、旦っ」

 何か言いかけたベーオウを手で遮り、少女の顔を片手でくいっと持ち上げ……。


「ッ!?」

 ふむ、いい唇だ。

 柔らかい感触に、ほんのり鉄の味が混じる。吸血鬼にとっては御馳走だ。


 ……我ながら悪趣味な事だな。


「残りは成功報酬だ」

「え、えっ?」

「君が捕らえられてからもう一日経っている。残りは、助けが間に合った時にもらおう」

 顔を真っ赤にさせる少女にそう言って、俺はもう一度ベストを着せなおしてやる。


 力に屈服する奴は大勢いる。人間であるかどうかに関わらず、そういう輩は何人も見てきた。だが俺にとっては、そんな奴らは何人いようと餌以上の価値がない。


 俺の弱点は、文字通りいつでも寝首をかけることを意味するからな。


 だから俺が寝ている間……俺が力を失ってもなお、俺に与する理由や覚悟を持った従者が欲しいのだ。


 その固い決意は、やがて同じような心を持つ者を惹きつける。強い意志は、そうして繋がり、強固に、巨大に、何より輝く黄金の城のように俺を守ってくれる。


 俺はまず、この世界でそんな煌めく『城』を築かなければならないのだ。


 改めて目の前の少女を見る。

 不思議な光沢を放つ、下半身が緑の鱗に覆われた、幼い少女。

 白髪と、褐色の肌にまだ幼い成長途中の体つき。その青い瞳に強い意志と希望を宿す。


 俺は、この美しい少女が欲しい。


「だ、旦那っ! 旦那がつええのは百も承知してやすがっ、その、人間と敵対するってえのは……」

「知っている。あいつらは一人殺せば次の日は百人で復讐に来る。力が足りずとも、知恵を回し協力し、団結して必ず同族の敵を討とうとするだろう」

「な、ならっ!」

 どうやらベーオウは本気で彼女に諦めさせたいようだ。ベーオウの気持ちも嬉しい。だがまあ、主人である俺を舐めないで欲しい。


 その人間の世界を支配しようとしていた男だ、俺は。


「潤い」

「……へ?」

「あると掃除もはかどるぞ」

 ベーオウはぽかんとしたように俺を見上げて……。


「見逃すには惜しい女じゃなかったのか?」

「……あー」

 そのままため息とともに頭を抱えてしまった。


「旦那」

 そうしてややあり……。

「地獄の何丁目だろうと、ついていきやす」

「いい返事だ」

 流石は俺が従者と見込んだ男。


「え、あ、あの……」

「あー……悪かったな嬢ちゃん。俺は旦那のおまけみたいなもんだが、旦那が決めたからにゃあ俺も協力する。オークにとっちゃ、いい女を手放すなんて選択肢はねえんだった」


 その言葉に、とうとう緊張の糸が切れたのか、少女は思わずクシャっと顔を歪ませる。あーあ、ベーオウ泣かしたな。


「君の名は?」

「うっぐっ! ティ、ティキュ……キュラぁっ!」

「ティティキュキュラか」

「ティキュラですっ!」

 ティキュラ、悪いが泣くのはまだ早い。まだ何も、問題は解決してないのだからな。


「行くぞティキュラ。君の仲間を、友達を助けに」


 さあ、この世界で初めての冒険に出ようじゃないか。



<現在の勢力状況>

部下:なし

従者:ベーオウ(仮)

同盟:なし

従属:なし

備考:ラミア(?)ガールのティキュラと、彼女の仲間を助ける契約中





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