第5話 財政施策

 そろそろランドルフがノースウォール城に着いたころだろうか。ロイは執務室で書類の山に埋もれながら白髪の老将を思い浮かべた。


 ランドルフが到着する前にウルフレッド第二王子が降伏してしまうかもしれない。


 そうなったら尻尾を巻いてマシューデル第一王子の軍から逃げ、国境を固めつつ第一王子と交渉になるだろう。


 ランドルフ軍を出した理由をあちらが見抜けないはずがないが、戦火を交える前ならば交渉の余地があるし、防衛戦となれば西のフィアットから援兵を引き出せないこともない。それでも多少の領土の割譲は免れないだろうが。


まずいのは第二王子が粘った挙句、ランドルフもろとも殲滅されること。


 そうなればマシューデル第一王子にとって我らナプスブルク軍は謀反者に加担した悪の国家ということになり、彼らは大義名分の下この王都に殺到するだろう。


 軍の指揮ができる我が国唯一の将軍であるランドルフとその兵たちを失ったあとではこれを防ぐ手立てはない。その場合フィアットもこちらを見捨てるだろう。


 だがそれよりも避けなければならない事態がある。


 それは傍観に徹しこの内乱が早期に集結してしまい、勝者となったどちらかに攻められること。


 大陸の南端にある王国が一つになれば連中が次に狙うのは北に隣接するナプスブルクだ。

 こちらの倍以上の国土を持つ王国の軍勢が、後顧の憂いなく万全な状態で進軍してくるとなると現状手の施しようがない。それだけは避けなければならない。


 だから今動くべきだ。


 今ならば数百の援軍でも劣勢のウルフレッド第二王子ならば必要とする。


 決戦に負けた以上ウルフレッドが勝つのはおそらく不可能。だが堅城と謳われたノースウォール城さえ守り抜ければ、ナプスブルクにとって南の防壁として機能し続けてくれる。


 勝つ必要はない。だが負けてはいけない。時間を稼ぎ内乱を長引かせることに意味があるのだ。


 そうする内に最低限自衛可能な兵力を整えられれば次の手に繋げられる。

 牙を向けられる前に、こちらが牙を磨がねば。せめて相手が手を突っ込むのをためらう程度の牙を。


 本当に嫌気がするほどこの国はギリギリだ。


ロイはふぅとため息を吐いた。


 圧倒的に不足しているのはやはり金だ。今の財政状況では大した兵力を養えない。フィアットからの支援金を武装に回すことはできない。トンネル開通事業が頓挫すれば裏切られたと感じたフィアットとは即座に開戦となるだろう。そうなれば必敗。


とすると、軍資金を得るためには国民から徴税するのが手取り早い手段。


 しかし国民は搾り取れるだけの金を持っていない。持っていない物は取りようがない。


この国の王族からこれ以上金を巻き上げるのもできれば避けたい。


 彼らを追い詰めれば必ずこちらの寝首をかきにくる。その時は監視役のグレーナーやマルクスあたりがあちらに寝返るだろうことは容易に想像できる。そうしている間にやはり隣国に攻められれば私は終わりだ。


「ロイ、また難しい顔してる」


部屋の中で遊んでいたはずのアビゲイルがいつの間にか側に寄って顔を覗き込んできた。


「……お金が欲しくてね、アビー」


「俗物よのぉ」


「どこで覚えたんだ、そんな言葉」


「お城の人たちからだよ。ロイのこと、俗物だって」


「まあ、間違っちゃいないさ」


 自分がこの国の人間に受け入れられていないのは当然だ。


 だからこそ目に見えた実績を出さなくては。彼らが形だけでも従う素振りを見せている間に。さもなければ自分は葬られるだろう。この娘も同様だ。猶予はあまりない。


 ロイは目の前の報告書の山から一枚取り出しては、目を通し続けた。それを見たアビゲイルはむすっと顔を膨らませる。


「セラステレナ領アミアンに新領主着任するも混乱収まらず、各地で暴動が発生。北が本格的にこちらに目を向けるのも時間の問題だな。北辺のヤオメン共和国で奴隷階級出身者が議員に当選。王宮の野良犬騒動鎮静化……まだやってたのか」


「また危ないことするの?」


アビゲイルが不安そうな顔を向けてきた。危ないこと、とはこのナプスブルク乗っ取り、その一連の出来事のことだろう。


「お前のためだよ、アビー」


 そう言ってやると、アビゲイルはむふっと笑って目をそらす。


 そしてパタパタと足音を立ててソファに顔を埋めた。こうして見る分には、ただの無邪気な少女に見える。


 さて、やはり当面の問題である金をなんとか調達しなければならない。

 打てる手は一つある。それはこのナプスブルク北方のアミアン王国に対しての策だ。


 アミアンは近頃セラステレナ教国によって宗教併合されたということになっている。


 だが実態はそんな穏やかなものではないようで、元々王政に不満の大きかった民衆、特に貧困層にあたる者たちがセラステレナの扇動によって暴動を起こしたのが事のきっかけだった。


 国内が混乱する中セラステレナは人道と教義によって隣国の民に慈悲と平穏をもたらさんと叫び、アミアン国王に身の安全と引き換えに領土の明け渡しを要求。


 貧民は神とその慈愛を受け継ぐセラステレナ人を救世主のように夢想し、これを支持して到来を待つべく暴動は過熱化した。


 ついに国王は貧民に槍を突きつけられる形で退位を決め、セラステレナの軍勢がアミアンの街に進駐してきたというのが一連の出来事だった。


 これに反発したのが突然自らの権利と領土を奪われた貴族達とその配下の兵達であり、彼らはアミアン国内に散り散りとなってかつての自領を略奪してはどこかへ身を隠すことを繰り返す、山賊のような存在となっていた。


 つまりあの国は国土掌握を狙うセラステレナ軍、飢えた民衆、貧民の標的とされた富裕層、そして反乱貴族の泥沼の無法地帯となっている。


「金はある奴から奪うのが手っ取り早い」


ロイはニヤリと笑った。


「失礼いたします」


執務室のドアの向こうから声が聞こえた。アビーはその声を聞くと物陰に隠れてしまった。


「入りたまえ、グレーナー」


グレーナーは入室すると一礼をした。


「首尾はどうだ?」


「それなりに名のある傭兵団と契約できます。ただし規模は二百名程度が限界です」


「五百は揃えられないか」


「西のフィアットが軍備を増強しているのでこの付近での傭兵の価格が高騰しています。おそらくはセラステレナの南進を警戒してのことでしょう」


「アミアンの騒動が落ち着けば次は我が身と考えているんだろう。もっともそれはこちらも同じだが。それで、その傭兵団は使えるのか?」


「#血鳥団__けっちょうだん__#という傭兵集団で、頭領はグレボルト・カーマンという男です。新興の傭兵団ではありますが、三年前のアミアンとフィアット間での戦争ではフィアット側の将軍を討ち取り、軍を潰走させています」


「だからフィアットに雇われなかったというわけか」


「おそらくはそうでしょう。アミアンの地理に詳しいというのも使えそうだと考えました」


「わかった、契約しよう。すぐに動いてもらうぞ。グレーナー、君も正規兵五十名を率い彼らに同行するんだ」


「摂政、私は軍を率いたことがありません」


「構わないさ。君達の役目は傭兵団の監視だ。そのグレボルトとかいう男の耳元で戦利品をちょろまかさないよう小うるさく言い続けるのが仕事だ。五十名は君の護衛のようなものだ」


 グレーナーはこの男としては初めて困惑するような顔を見せた。


「つまり、アミアンで略奪を?」


「そう。反乱貴族軍、もしくはセラステレナ軍に扮して防備の薄い町もしくは輸送隊を襲撃し、金目の物だけ奪え」


「セラステレナ軍が黙っているとは思えません」


「いずれにせよ連中とは一戦交えることになる。国教の名の下に平和と慈悲による政治を謳っているが、実態は宗教を利用して国民を統制し領土を拡張させつづける覇権国家だ。いずれこちらに攻めてくる」


「しかし勝てますか」


「正面から対抗できる力をつけるためにも金がいるというわけだ。ああそれと略奪の際民衆を殺してはならない、これは徹底させろ」


「民衆にまったく被害なしとは行かないでしょう。傭兵団にそこまでの規律が保てるとは思えません」


「それでもだ」


「……承知いたしました」


「すぐに動いてくれ」


 グレーナーが退室してから、ロイはふぅとため息を吐いて窓際に立った。そして春先の温かい風を肌に感じながら南に思いを馳せた。


 あとはロッドミンスターに向かったランドルフがうまくやるかどうかにかかっている。勝てずともいい。だが負けてはならない。

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