(ハードスクラブルfor the)ハイ×クロス×ブリッ×ダー

gaction9969

●atone-00:発端×ローズクォーツ


 目の前の「獲物」は、少し出鼻を挫かれたみたいな素振りを見せた。


 土肌むき出しの地面に四肢を貼り付けるようにして突っ張ったまま、夕暮れ近い濃いオレンジ色の光を受けてなお「白銀」と認識できるような、そんな見事な毛並みを膨らませ逆立てたまま。


 呼吸は不規則に荒くなっているし、見上げねめつけてくる凶悪そのものだった朱色の瞳も、先ほどまでの獰猛さ100%内包、みたいな感じとは違って、少しの怯えとミックスされたようなそんな色あい……ブレを見つけることが出来るくらいにまでなっている。いや、それは私の錯覚かもだけど。でもとにかく。


「……」


 私の初撃が、効いたことは確か。なら今一歩、間合いを詰めて畳みかける……常套。でも最善であることは確か。だろうか。いや待って、焦ってもいいことないってのは、さんざん煮え湯飲まされてるから、そろそろ理解するべきことでしょうに。


 私は身体に指令を飛ばすと、腰を浅く落とし、左手を牽制するように前へ、でも不要な力が入らないように極力脱力ラフなままで。逆に右手は掴んだナイフと一体化するように……手首がそのまますげ替えられたかのように、適切かつ揺るぎない握力をもって腰の脇辺りで保持する。刃先は目指す目標へ、最短距離で結ばれるように。


 彼我距離はこちらからすると「大股3歩」くらい。曖昧アバウトな掴み方だけど、その方がこの身体を操るには何となくしっくりくる。私は少し視点を落として目標を視界の上隅ギリギリのところに置いておく。右から来るか、左から来るか、それとも真っすぐ私の懐まで突っ込んでくるか。その全てに即応できるように。


 普段から、私がしがちな「上目遣い」……でも周りの人たちからは「え何かした?ごめん」と無駄に謝られるほどに殺伐としたその威力高い系の視線振りは、こういう時には頼れる能力スキルである……哀しいほどに。


……集中しよう。


 跳躍して上から、というセンも考えなくはなかったけど、それなら御の字。走られるより速度は無いだろうし、放物線を描いての直線移動であれば数段読みやすい。


 毛並みの色とコントラストを醸すような真っ黒な牙を剥きだし唸り声と共に威嚇を続ける「白銀」。先ほどまで垣間見せていた怯えの感情は、もう己の中に押し込み消し去っているようだ。真っすぐな「戦闘気配」とでも言えばいいのか、目の前の私に集中し、落ち着いて出方を見計っているように見える。


 でもおそらくは私の方が忍耐力は上だ。このまま陽が沈むまでこの態勢でいてもいい。案の定、早々に痺れを切らした相手方はいきなりの行動へと移っている。ゆらりとその毛並みの一部が微妙に揺れ動いた。かと思うや、


「……!!」


 裂帛の気合いみたいな短い吠え声だけを残し、「白銀」は左足を一歩踏み出す。ものの、その踏み込みは逆方向への反動付けに過ぎなかったみたいだ。思わず右方向へと振った私の視界の正に左方向ぎゃくへと、その姿は残像も残さず消えている。


 しくじった、と思うより先に、私は右脚に軸を移動させて左へと向き直ろうとする。でも、それよりも当然速くにしなやかに疾駆してきた「白銀」の漆黒の牙が、私の首元目掛け迫ってきていたわけで。


 でも。


「!!」


 水平に目の高さまで掲げた左腕を、その口の中まで真っ黒な「白銀」の鼻先へと突き出す私。間近で一瞬、逡巡らしき光をその目に宿したその獣は、それでも優位に立てると見てとったか、その差し出された「餌」に思い切り喰らい付いていった。


 けど。


「!!」


 骨が砕けたかのようないやな音は、「白銀」の口内から発せられたものであって。こいつ……やっぱり学習してない。噛みついた「モノ」に逆に牙を折られる……自分の身に起こったことに脳での理解が追いついていなさそうなそいつの左脇腹には私が繰り出していたナイフの切っ先が既に滑り入っており。


 次の瞬間、その臀部へと抜けるようにして軌道は描かれている。体内から黒いねばついた体液のようなものをひとかたまり、自らの後方へと爆ぜさせながら、


「……」


 「白銀」は顎の力だけで私の左腕にぶら下がったまま、絶命したようだ。私はナイフをぞんざいに振って汚れを適当に飛ばしてから背中のホルダーに収めると、カラ手となった右の手指を使って、その骸を外そうと試みる。


 が。だった……


 いきなりの埒外の衝撃に、操縦席コクピット内の私の体は、座ったままの姿勢で結構な跳躍をかましてしまう。あっるぇ~、やっぱり私にはまだ細かい制動は難しいみたいぃぃ……


 人型の「鋼鉄兵機こうてつへいき」。体高約10メトラァ(註:1メトラァは1.001メートルに相当する)の体躯は、頑丈なる希少金属……「鉄」で出来た装甲に隈なく鎧われているので外部からの衝撃にはほぼほぼ耐えられるものの、いま自らやってしまったように、「顎」を揺らされる一点を(自らの拳で)綺麗に撃ち抜かれたりすると、「内部」への衝撃はただならないものがあるわけで。


 ふわり浮いた体が、1ビョゥン(註:1ビョゥンは1.002びょうに相当する)ほどの滞空時間をもってして、次の瞬間、お尻から硬いシートへと落着していく……


「!!」


 衝撃で、目が覚めた。


 ベッドからカーペット敷きのフローリングまでダイブしていた。お尻から。じんわり痛みが敏感デリケートな所に広がっていくのを寝起きの真顔でいなす他は無い私……寝相が悪いのは自覚してたけど、高校生にもなってこれじゃああかんよね……


 でも、いい感じの夢だった……私も自在に「鋼鉄兵機」を操って華麗に戦ってみたいものだわ……朝から夢の続きを反芻するかのように、現実感の欠片もなさそうなことを思い浮かべてしまうのだけれど。


 ガッコ遅れるよぉぉぉぉぉ、との階下からのママの声に、慌てて寝間着スウェットを脱ぎ始めて仕度を開始する。遅刻とかしちゃうのは、何より目立ちたくない私にとって最悪な事象であり。でも朝ごはん抜いちゃうとお昼前には確実に頭も体も停止フリーズしちゃうからなあ……トースト咥えて走る? やだ何かそれ新しい出会いがありそう……


 どうにも妄想気味に走ってしまう大脳アタマを何とか切り替えると、姿見の前で制服ジャケットの襟元をきちんとする。映っているのはあまりに特徴の無い平々凡々な顔ではあるけれど、洗顔くらいはして髪くらいはきちんと梳かしていこう……20秒くらいで。


 慌ただしいながらも、何とも地味な私の生活が今日も始まる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る