第33話 圧倒的な実力差

 こちらの動きを見切られている。


「次は腕の一本くらい貰ってくぜ」


 避けても意味がない。受けるには力不足。であれば、やることは決まっていた。


 音もなくガンガロの背後へ迫っていたプランがナイフを閃かせる。敵の死角からの完璧な奇襲だった。


 しかし、ガンガロはまるで後頭部に目がついているかのように、それをかわした。


「今のは惜しかったぜ。だが、駄目だ。クロイスって言ったか? お前の目線が俺に教えてくれたのさ」


 自分がぬかっていなければ仕留められたかもしれない。敵の言葉にクロイスは明らかな動揺を見せた。


「それも駄目だぜ。敵の前で隙を見せるなんざ――」


 ガンガロは言葉を切って、巨剣を盾のように構えながら大きく横へ飛んだ。その刀身を槍の矛先が滑り、火花を散らす。


「ちっ、完璧な奇襲だと思ったんだがな」


 ぼやくヒエラルドは槍を構え直す。入れ替わるようにしてプランがフレアスの槍を弾いた。


 多対多の戦いに、それぞれが別個で戦うというルールはない。まずは味方の数を減らさないことが重要なのだ。


 数では一人分勝るクロイスたちだが、実力では言うまでもなく相手の方が上。それと渡り合うためには立ち回りで勝らねばならない。二対一の状況を作り出すことができる以上、それを利用しない手はない。


 クロイスは自分の頬を叩いた。自分は素人なのだから、と開き直る。いくら他の勇者候補や魔物の経験を食らったとはいえ、足りないものばかりだ。たくさんミスをするし、できないことの方が多い。


 だから、悔いるのはほどほどにする。いつまでも落ち込んでいたら、仲間にもっと迷惑をかけてしまう。そうならないように、反省はしても引きずらない。一度したミスをまた犯さないように努力する。


 ヒエラルドとスイッチするつもりだったが、彼はソフィアの方を顎でしゃくった。彼女が苦戦しているから、そちらへ行けと言っているのだ。


 プランへ目を向けると、彼女は華麗な身のこなしで見事に槍をさばいている。倒すという選択肢を端から捨て、フレアスをその場にとどめることに全力を注いでいた。


 クロイスが駆けつけるのと、ソフィアが限界を迎えるのはほぼ同時だった。


 ハーレットの逆袈裟に振るわれた一撃で剣を弾き飛ばされたのだ。無防備になった彼女へ返す刀で金色の剣が袈裟に振り下ろされる。間一髪のところで割り込めたクロイスがハーレットの剣を受け止め、押し返した。


「おっと、クロイスは意外と力があるんだね。まさか、押し返されるとは思わなかったよ」


 クロイスは応えなかった。決して油断のできない相手だからこそ、会話に応じて向こうのペースに乗せられたくない。


「大丈夫?」


「貴様などいなくとも…………と言いたいところだが、助かった。貴様が相手をしろ」


 ソフィアはハーレットを憎たらしげに睨んだ。


「悔しいが、私の剣はあれに通用しない。手の内を知られているようだ」


「ご名答。僕は君の師と手合わせしたことがある。ソフィアと名乗るから、まさかとは思っていたけれど、剣を交えて確信した。君のことをとても心配していたよ。もしも旅の途中で出会ったら『早く帰ってこい』と伝えるように言われていたけれど、皮肉なものだね。僕たちが引導を渡さなければならないなんて」


 目を伏せるハーレットは心の底から悲しんでいるように見えた。


 その真摯な態度から、話が嘘ではないことを理解したのだろう。ソフィアはハッと息を飲む。だが、彼女は首を振って感情を追い出した。


「安心するといい。婆さまにはちゃんと私から報告する。ここを出た後でな」


「まだ心が折れていないのは賞賛に値するけれど、クロイスに代わったところで何も変わらないよ? ソフィアが君たちのパーティーの最大戦力なんだろう?」


 悔しいが図星だ。ソフィアが勝てない以上、現状では誰も敵わない。それでもソフィアは吠える。


「確かにな。だが、私が貴様の仲間を片付けてしまえばいいだけのこと」


「言っておくけれど、僕の仲間はそんなに柔じゃないよ」


 言ったそばから、プランの悲鳴が届いた。ついにフレアスの矛が彼女を捉えたのだ。腕を深く切られている。動きが鈍った彼女へと怒濤の連撃が放たれるも、光の障壁がそれを防いだ。セラリアの魔法だ。


「貴様ああああああああああああ」


 怒号を上げながらソフィアはフレアスへ駆けていく。その鬼気迫る表情に圧倒されたのか、フレアスは下がって距離を置いた。


「ひっ、ば、化け物……」


「私のプランをぉぉぉぉぉぉ! よくも傷物にいいいいいいいいいいいいいい! 絶対に殺す!!!」


 不純極まりない動機ではあったが、善戦しているのでよしとする。その間に退いたプランはセラリアの治療を受けている。


 ソフィアの鬼のような連撃。彼女の刃がフレアスを捉えるものの、傷をつけたそばから回復されてしまう。エイレンの魔法だ。セラリアが至近距離でしか回復魔法を使えないのに対して、彼女は遠距離で使用できる。つまり、敵は回復のためにいちいち下がる必要がない。


「人が変わったみたいだね……」


「あれが本性だから……」


「フレアスってかなり臆病だから、ちょっと分が悪いかな」


 面食らっているハーレットに、クロイスは心底同情した。初対面であんなものを見せられれば唖然とするのは当然だ。そして、だからこそ今が好機だった。


 クロイスは身を低くして一気に距離を詰める。胴を狙った横薙ぎ。


「確かに驚いたけれど、だからといって隙を作るほど未熟ではないよ」


 ハーレットはこともなげにそれを防いだ。それでも鍔迫り合いになればクロイスの方が強い。


 押し込もうした瞬間、突然剣が軽くなった。身体全体を使っていたため、バランスを崩してしまう。咄嗟に片足を前に出して体勢を整えようとしたところを、突如衝撃が襲った。容易く押し返され、続けて放たれる剣技にクロイスは防戦一方となった。


 ハーレットは剣が交わる瞬間に一歩下がり、インパクトの位置をずらしたのだ。そのせいでクロイスは意図せず一歩進ませられ、足運びで重心が浮いたところを狙われた。


「クロイスは剣の扱いにあまり精通していないみたいだね」


 剣に関して自分がハーレットに遠く及ばないことは重々承知していた。先ほどの駆け引きも理解はできるが、実践などできない。


 これで迂闊に攻め込めなくなった。だが、問題はない。クロイスの勝利条件は時間を稼ぐことだ。ハーレットの攻撃を凌ぎ続ければいいだけのこと。


「って、思っているのだろうけどさ」


 最初は見えていた剣筋が、徐々に霞んでくる。その速度は一撃を追う度に苛烈さを増し、クロイスの防御が追いつかなくなっていく。


「僕の剣はそんなに甘くないよ」


 クロイスの直感が次で切られると告げる。避けることも防ぐことも叶わない。一度切り崩されれば、あとは一気に流れを持って行かれてしまう。それはすなわち死を意味していた。


 刹那の思考をかなぐり捨てて、クロイスは自らの直感に付き従う。防戦では凌ぐことができないのならば、あえて前へ出る。


 先のハーレットと同じではない。力が刃に乗り切る前に受けることで、傷を浅くする。あわよくば剣で受け、被害をゼロにする。その賭にクロイスは勝利した。


 剣戟の音とともにハーレットの目が見開かれる。クロイスは勢いのままに体当たりをして彼を突き飛ばした。


「おっとっと。まさか、今のを防がれるとは思わなかったよ。普通は見えなくなった攻撃を嫌って距離を取るのだけれど。そうしたら、あと一撃で首を落とせたのにね」


 背筋が凍る思いだった。選択を間違えていたら、その瞬間に死んでいた。見切っていたわけではない。たまたま運がよかっただけだ。だからこそ、二度目はないだろう。

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