第21話 狡猾と婚約

「復讐なんてしたって、お父さんとお母さんは帰ってこない。そんなこと分かってるの。でも、私はどうしてもあいつを許せない。前にね、酒場でたまたまあいつに会ったの。下心丸出しで言い寄ってきたから、チャンスだと思った。けど、もし、私の両親を殺した罪を感じていたなら、許そうと思ってた。けどね、あいつは忘れてたの。だから殺そうとしたけど、急な任務とかでいなくなっちゃった。それからずっと探して、ようやく見つけたの。ここなら仲間の数は限られてる。ようやく私にも運が巡ってきたと思った」


 辛そうな表情で語っていたプランは、言い終えると苦笑した。


「失敗しちゃったけどね。……って、何言ってんだろ私。誰にも話すつもりなかったのにな。焼きが回ったかな」


「ぶらんじゃん!!!」


「わっ、な、なに!?」


 押し倒さんとばかりに迫ったセラリアは、逃れようとするプランの両手を握り、鼻頭が触れるほど顔を近づけた。その表情は涙でぐしゃぐしゃで、ボロボロこぼれ落ちる滴が二人の手に降りかかる。


「なんで君が泣いてるの……」


「だっで、だっで……うぅ……」


「ほら、勇者になるんでしょ? しっかりしなさい」


 セラリアがプランを励ます側だったはずなのに、すっかり立場が逆転していた。


 「尊い……」と涙する変態のことは無視して、クロイスは口を開く。


「プランが辛い思いをしてきたのは分かった。けど、だからって許す気にはなれない。あそこで死んでたかもしれないんだから」


 二人の表情が曇る。セラリアも見捨てられた側なのだが、彼女には他人を恨むという機能が備わっていないのかもしれない。


「でも、もしあそこでプランに裏切られてなかったら、今、僕はここにいないとも思う」


 そのとき、きっと喰鬼の力は目覚めなかっただろう。ろくに剣も使えない素人が身一つで生き延びられるはずがない。


「恨んでいるし、感謝もしてる。だからって、もう同じことはご免だ」


「私もだ、プラン。可愛い少女に刺されるというのはとても刺激的だが、身が持たん」


 ソフィアがそれを真顔で言うものだから、プランは噴き出した。


「二人とも、馬鹿だね。それじゃまるで、私が……」


「仲間ですよ。私たちは仲間です」


 断言するセラリア。プランは飲み込んだ言葉を言い当てられて動揺しているのか、上ずった声で言う。


「そんなわけないじゃん。どうやったら私が君たちの仲間になるの」


「クロイスとパーティー組んでいるんですよね?」


「それは物資を奪い取るためで……」


「パーティーは解消したんでしょうか?」


「それは……」


 普通に考えれば、裏切った時点で自動的に解消だ。そんなものをパーティーと呼ぶことはできない。だが、解消は明示的に行われたわけではない。であれば、まだパーティーは成立している。


 セラリアの言うことは屁理屈だ。しかし、こじつけができてしまう時点で彼女は譲らない。


「この先を一人で行くことは現実的ではないと思います。生き残るためには私たちと行動を共にする方が、プランさんにとってメリットがあります。使えるものは何でも使う。それがプランさんの生き方なんですよね」


「生き残れるのは四人なんだよ?」


 プランを含めればパーティーは五人になる。つまり、最終的には一人を切り捨てなければならないのだ。


「それはそのときになってから考えましょう。まずは生き残ることが先決です。それに、五人で生き残る方法があるかもしれません」


 国王の発言から考えて抜け道はないだろうが、彼女の発言には一理ある。四人で行ったとして、途中で死んでしまえば意味がない。


 それならば生存確率を高めて最後まで生き残った方が合理的ではある。誰を切り捨てるかを決める地獄の選択は待っているが、逆に言えば、四人は生きて帰れるということでもある。


 セラリアは口にしなかったが、そもそも五人とも最後まで生き残れるとは限らない。だからこそ、切り捨てるという議論を今しても無意味だ。


 そのことを誰もが理解しているのだろう。言葉にする者はいなかった。


 パーティーがまとまりかけていた中で、一人浮かない顔をしているクロイス。生き残るための最大の難関がすぐ先に待っていることを言わなければならない。


 どのタイミングで言い出すべきか悩んでいたところ、ヒエラルドが声を掛けてくれた。


「どうしたんだよ黙り込んで。プランが仲間になることに反対なのか? まあ、騙されてない俺が言うのもなんだが……」


「いや、そうじゃなくて…………今後のことについて、言わなきゃいけないことがある」


 クロイスの口調から重々しい空気を感じ取った四人は静かに耳を傾けた。


「プランの話に出てきた、ゴルドレッドなんだけど…………このエリアの出口で僕たちを待ってる」


「それって……」


 絶句するプランに、クロイスは頷いた。


「あいつらに勝たないと、僕たちは先に進めない」


 実際に対峙したクロイス以外の二人は、その言葉に表情を暗くする。


「そんなにヤバい奴なのか?」


「私が二人いれば、真っ正面から戦っても勝てるだろう」


「……それはヤバいな」


 ソフィアが二人もいたら色々な意味でたまったものではないが、実力的に彼女を上回るというのは絶望的だった。


 クロイスとヒエラルドを合わせて彼女に及ぶかどうか。仮にそれで実力が拮抗したとしても、敵にはあと三人いる。プランはまだしも、セラリアは支援系なので戦うことはできない。


「ま、別のルートを探せばいいんじゃねえの?」


「無理だよ。第三層の出口は一つしかない。ごめんなさい、私のせいで……」


 パーティーの雰囲気が一気に暗くなる。


 そんなときこそ、空気の読めない彼女は輝くのだ。


「憂うことはない。あなたのために私は本気を出そう。なに、簡単な話だ。私が二人分の働きをすればいい」


 最初から本気出せよ、という男二人の無言の視線に気づくことなく、彼女は自らの願望を一切の羞恥心なしにさらけ出す。


「その代わり条件がある。プラン、そしてセラリア。ここから出ることができたら私と結婚して欲しい!」


 目が点になる二人。プランに関しては初見だからか、助けを求めるようにクロイスの方へ顔を向けた。しかし、クロイスはただ頷くだけで手を差し伸べなかった。仕返しである。


「わ、私たち、女の子同士ですよ?」


 ようやく事態を飲み込んでアワアワしているセラリアは、耳まで真っ赤にしていた。対するプランは引きつった笑みを浮かべたまま停止している。


「性別など愛の前には関係ない。私は君たちを愛している」


 おそらく、ソフィアはすべての可愛い少女に同じ発言する。


「け、結婚となると、その…………じ、時間が欲しい、です」


「安心して欲しい。必ず私が幸せにする。だから、『はい』と頷いてくれればいい。それだけで私は強くなれる」


 ソフィアの魔の手から逃れようとするセラリアだが、有無を言わせぬ圧力に逃げ場を失っていた。もはやそれは脅迫だった。


 生きるためにはソフィアに本気を出して貰わなければならない。しかし、それには結婚する必要がある。


 断ればゴルドレッドに勝つのは絶望的。受ければ、一生を約束されてしまう。


 なんという狡猾さ。


 さすがと言うべきか、ソフィアは二度とないこのチャンスを絶対にものにしようとしている。その気概が彼女の濁りきった瞳からビンビン伝わってくる。


 セラリアはクロイスを一瞥した。そうして瞼をぎゅっと閉じる。次に開いたとき、彼女の瞳に決意が見えた。


『みんなのため』


 五人で最後まで生き残るために、彼女は自身を犠牲にするつもりのようだ。セラリアが諦めて頷きかけた、そのとき――。


「いいよ」


 口を開いたのはプランだった。彼女はソフィアに身体を預け、その頬に手を添えた。


「っ――」


「でも、私だけを見て欲しいの」


「プラン、だけを……」


「そう。ソフィアが他の女の子のことを考えてるなんて嫌なの。私だけを愛して?」


 プランが妖艶な上目遣いでソフィアを釘付けにし、その頬を撫でる。彼女が首元に息を吹きかけると、ソフィアは気持ちの悪い声を漏らした。


「こ、こんなところで、そ、それは、ま、まず、まず、い」


 鼻血を流しながら顔を朱に染めるソフィア。華麗な色仕掛けの手口に、男二人は絶句した。


「いいよね?」


「わ、わかった。すまない、セラリア。私は……私は……プランを選ぶ!」


「あ、は、はい。どうぞ……」


 涙すら浮かべ、険しい表情で下されたソフィアの決断。その言葉を残して走り去る背中へ、セラリアは呆気にとられながらも頷いた。


 クロイスは苦笑しながらプランに声をかける。


「あんなこと言って大丈夫?」


「まあ、なるようになるでしょ」


 もちろん、プランが結婚を承諾したのは嘘だった。他人を騙すなど彼女にかかれば朝飯前。いや、プランでなくとも可愛い少女であれば、ソフィアは無条件に信じるのだろう。案外扱いやすいかもしれない。


「心配してくれてるの?」


「いや、そういうわけじゃ……」


「じゃあ、責任取ってね?」


 怪しげな笑みを浮かべるプラン。クロイスはそれが意味することを察する。


「それって……」


 彼女の人差し指がクロイスの唇に触れ、続きは阻まれた。


「恥ずかしいから言わないでよ」


 潤んだ瞳に見上げられ、クロイスは顔を真っ赤にして顔を逸らした。


 その様子を、頬を膨らませて不満げに睨むセラリア。二人はそれに気づくことなく、唯一の目撃者であるヒエラルドは、泥沼と化した人間関係に頭を痛めるのだった。

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