母さんの元へやってくるかもしれない「その日」に備えて俺は体力作りを始めた。

体重を絞り、筋トレをし、看病に全力で取り組めるようにした。

大丈夫、仕事も順調だし、貯金も続けてる。

頑張っている俺を誰かが後押ししてくれるかのように家庭も円満だったし、何より、母さんが健康そのものだった。

うるさいくらいだったが、まあ、ありがてえな。


これで「その日」が来ても大丈夫だ。

もう前みたいに我慢させなくていい。

最高の医療を受けさせてやるぜ。



そんな絶好調なある晩、夢を見た。



母さんと話している夢。

前回の痩せ細って悲しい顔をした母さんだった。


「母さん、なんで、そんな痩せてんだ?」

「わかってるでしょ。それよりも、お前に謝りたいと思ってね」

「なんだよ」

「そんな不安そうな顔しないの。まったく。お前はいくつになっても心配性なんだから。そういうところはお父さんそっくりだね」

「うるせえな。それより、なんだよ」

「お母さんがね、ほら、アレしたときあるでしょう」

「アレって?」

「ほら、アレよ。なんていうかな、苦しくなくなったとき」

「ああ、死んだとき?」

「そう、そのとき。お前はあの日の夜にお母さんに付き添ってくれようと準備してきてたでしょう?」

「そうだよ。二日前の晩がおじさん、一日前の晩はおばさんだったから、あの日は俺が付き添うつもりだった。会社にも早めに上がると伝えてあったし、家にもそう話してたし。本でも読んで起きてようと思って買ってあったしな」

「部屋は消灯しないといけないから本なんか読めないよ。馬鹿だね、お前は。読みもしない本なんて買って。その本は読んだの?」

「読んでない」

「ふふ、お前らしい。いつも思いつきで動くんだから。もっと計画的に動きなさい。守らなきゃいけない立場になったんだからね」

「わかってるよ、うるせえな。なんだよ、謝るどころか説教しに来たのか」

「違う違う。お前見てると、どうしても言いたくなっちゃって。違うんだよ。お前さ、あのとき、おじさんおばさんだけ付き添わせてってお母さんのこと怒っただろう」

「そりゃそうだろ。それなりに準備してたし。まあ、俺は付き添わせてもらえなかったな、とちょっと残念だったんだよ」

「それだよ。それを謝りたかったの」

「なんで? もう一晩くらいいれなかったの? そんなに体が辛かった?」

「まあ、それもあるんだけどね。それよりも、お前に悲しい思いをさせたくなかったんだよ。やっぱり苦しいからね、体が痛いし、息はできないし。ときどき、グーっと苦しくなるときがあってね。そういうときは我慢できない。泣きたいくらい苦しいんだよ。そんな姿を見せたらお前のことだから一緒に泣いちゃうんじゃないかと思ってさ。お前の泣き顔を想像したら、もう駄目だった。お母さんを恨むかもしれないけど、見せられない、と思った」

「そっか」

「だから、あのときは、ごめんね。お母さんも久しぶりに一緒にいたかったんだけど」

「そんなのいいよ」

「無駄なお金を使わせちゃったし、寂しい思いをさせちゃったね」

「もういいって。子供じゃないんだから」

「そんなこと言って。お前、口調が子供の頃のに戻ってるよ。ふふふ、お父さんが乱暴な言葉遣いを嫌っていたからね」

「戻ってねーよ。ずっと俺は俺なの」

「ふふふ、はいはい」

「その話をするために来てくれたのかよ」

「そうだよ。だって、ずっと気になってたんだもん。お前に悪いことしたなあと思って。可哀想だったね」

「ちょ、おい、さわんな。頭とかさわんなくていいから」

「久しぶりで嬉しいよ。あー、話せてよかった。元気でいるんだよ。家族を大事にしなさいよ」

「わかってるって。ホントにうるせーな。もう二度と出てくんな」


あ、そんなこと言ったらダメだ。本当は俺も嬉しかった。

そう言おうとした瞬間、目が覚めた。

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