幕間5

 ホテルに帰還した玲雄は、美優を連れて正面ロビーを堂々と歩く。誰もが美優を見るが、それだけだ。サイボーグ用の特殊手錠を掛けられた少女に対し、抗議や批判の声を上げない。

 この高級ホテルは従業員も警備員も獅子堂の関係者であり、大金を支払えない一般客の宿泊は断っている。

 つまり、ホテルそのものが獅子堂玲雄の根城となっているのだ。玲雄の性癖を知る者は、美優に対して興味と好奇、そして同情と憐憫の視線を送っていた。

 エレベーターで最上階に向かい、側近の男がスイートルームへ通じる扉を開ける。美優と玲雄が部屋に入ると一礼し、扉を閉めた。

 豪奢で広い部屋に居るのは、玲雄と美優の二人だけだ。

 玲雄は手錠を外した。

「さてと、二人きりになったところで早速命令だ。着ているものを脱げ」

「…………」

 あまりにも直球な命令に対し、美優は無言で返す。

「聞こえなかったのか? 服を脱げ、と言ったんだ」

 何も応えず、ただ黙って玲雄の顔を見つめる。

「……俺の命令は受け付けないってか?」

 ガイノイドの分際で、と思い通りに動かないことに腹を立てた玲雄は、テーブルの上に置いてあった果物ナイフを手に取る。ルームサービスでフルーツの盛り合わせと共にあったものだ。

「何なら、脱がしてやろうか?」

 近付きながらナイフの切っ先を向けると、美優は表情を変えぬままゆっくりとした動作で服を脱ぎ始めた。

「ふーん」

 急に素直に応じた美優を見て、玲雄は考える仕草をする。

 そして脱ぎ捨てた服を拾い上げると、

「……何を?」

 美優が、戸惑うような反応を初めて見せた。

「なるほどね。自分の身体よりも、服を切り裂かれるのが嫌で従ったのか」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ワンピースをひらひらとさせる。

「返してください」

 半裸の美優が手を伸ばすも、服を遠ざけられて空を切る。

「その反応からして、あの探偵に買って貰ったお気に入りとか?」

 美優の顔が強張った。図星だ。

 玲雄は愉快そうに、ますます笑みを深くする。

「こんな安物より良いものを買ってあげよう。これはもう要らないよなぁ」

 服にナイフの刃をあてがおうとする。

「やめてッ!」

 美優が平手打ちを放つ。だがその平手は、玲雄の頬の数センチ手前で止まった。

「無駄だ」

 服を捨てて突き出した腕を払い、美優の細い首を掴む。

「――『ロボットは、人間に危害を加えてはならない』」

 そのままベッドに押し倒し、馬乗りになった玲雄は美優の眼を覗き込むかのように顔を近付けた。

「知ってるだろ? アイザック・アシモフが提唱した『ロボット三原則』の第一条だ。大昔のSF作家が考えたアイデアが、現実のロボット工学にも影響を与えているなんてスゲェよなぁ」

 美優は玲雄を振り払おうとする。だがその思考とは裏腹に、腕が動かないどころか全身の人工筋肉もサーボモーターも沈黙している。本来なら美優の義体は成人男性の五倍ほどの出力を引き出せる筈なのだ。

「無駄だ。ここまで密着している人間を排除しようとすれば、自動的にリミッターが作動する。サイボーグ基本法で、全ての自律型AIを搭載した機械人形に備わった安全装置だ。例え自衛目的だろうと、俺を傷付けることなど不可能だよ」

 ブラジャーの中心に刃を入れ、軽く捻り上げる。ぷつんと千切れる音と共に、美優の白い乳房が外気に晒された。

「……肌の質感は人間に酷似しているが、隠れている部分はまさに人形だな」

 やや小ぶりだが形の良い美乳の頂点に、つんとした肌色の突起が僅かに浮いている。人間に備わっている筈の乳首も乳輪も一切ない、美優が人外の存在であると示すものだ。

「だが感触は……ぉお、生身のものと遜色ない」

「……っ」

 玲雄の手が乱暴に乳房を鷲掴み、堪能するように揉みしだく。触覚がないとはいえ、美優は不快に感じて僅かに顔を歪ませた。それがまた玲雄の嗜虐心を刺激する。

「さぁて、下の方はどうかな?」

 馬乗りになっていた体勢をずらし、美優の腹に膝と体重を乗せて動きを封じつつ、ショーツの両端をナイフで断ち切る。露わになった局部には――何もなかった。

「疑似性器なし、セックスドロイドとは違う仕様かぁ。少し残念だな」

 美優の下腹部をさすりながら、玲雄は邪悪な笑みを浮かべる。

「ッ!!?」

 美優は頭をハンマーで殴られたような衝撃を覚える。

「何故それを? と言いたげな顔だな。良いぞ、もっと色んな顔を見せてくれ」

 再び馬乗りになり、左手で美優の首を絞める。抵抗しようにも、玲雄の手を掴むことすら出来ない。玲雄は悠々と右手のナイフを逆手に持ち替えた。

「妹は俺の所有物だ。妹の作品であるお前も俺の物だ。だから、、知らない筈がないだろう?」

 ナイフの刀身に不吉な光が反射し、恐怖と焦燥感に駆られた美優は身をよじろうとする。

「無駄だ。助けを呼ぼうにもこの部屋は完全防音で、ネット回線は予め切断してある。お得意のハッキングも使えない」


 玲雄は大きくナイフを振り被り――


「生身の女を抱くのにも少し飽きてきたところにお前が現れたんだ。精々、俺を愉しませてくれよ、なぁッ!」


 ――勢いよく、振り下ろした。

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