幕間4

 宛先:お母さん

 題名:活動日誌/四日目

 本文:

 

 探偵さんが初めて私を名前で呼んでくれました。何気に二人称も「君」から「お前」になって親密度がアップです。


 探偵さんと再会して間もなく、女医さんの余計な一言を検索してしまった結果、性的知識を大量に検索してしまい、事前にインストールしていた『思春期を迎える女子との向き合い方』から得た深層心理学の情報が仇となって、多数のエラーが検出されました。分割思考による情報並列処理も上手く機能せず、思考ルーチンに回す排熱が機能不全に陥ってオーバーヒートを起こしてしまい、緊急マニュアル第三項に従い、強制シャットダウン・再起動を行いました。

 緊急処置に探偵さんの助力もあって、損害なく無事に再起動を果たせました。


 女医さんはいつか〆ます。


 もし彼女がゲーム中にレアアイテムをゲットした暁にはセーブする暇も与えず、家中の家電を一斉にスイッチONにして間接的にブレーカーを落としてやります。


 探偵さんから「やめなさい」と言われ、断念します。

 ちっ、命拾いしましたね。


 悪事に加担していないにも拘らず、黒龍会の関係者だったばかりに職を失った人達のことで探偵さんにAIの存在意義や、どこまで人間に寄り添えばいいのか相談したところ、女医さんの職場である大学病院の見学に連れて行ってくれました。


 ちなみに、案内役を頼まれた女医さんは少し不機嫌そうでした。貴重な二連休の二日目に休日出勤も同然な社会科見学に駆り出されたのですから無理もありません。しかしながら引き受けてくれた辺り、やはり良い人です。

 ……〆るのは撤回します。


 病院で目の当たりにしたのは、生きるために難病と闘う人間の姿でした。


 険しい表情で手擦りに掴まりながら、歩行訓練をしている二十代の男性。

 椅子に座りながら看護師とゴムボールでキャッチボールをしている四十代の女性。

 他にも担当の看護師や医師の手を借りて身体を動かしている子供や老人。

 性別も年齢も異なる患者が六人ほどいました。


 筋ジストロフィー症、ALS(筋萎縮性側索硬化症)。


 全身の筋力が弱くなっていき、次第に歩くことも言葉を発することもできず、最終的には心臓すら止まり死に至る指定難病。原因は未だ判明しておらず、完治する手段もまた存在しません。医療技術が発達した現代においても、病状の進行を遅らせるのがやっとです。


 それでも、人間は簡単に生きることを諦めません。


『人間は救いを求めるだけの弱い存在じゃない』


 探偵さんが言ったこの言葉の意味が、少し解りました。

 どんなに絶望の暗闇に落とされても、人は絶望から這い上がれる強さがある。

 私達AIは灯りとなって、その人たちの道を照らしてあげればいい。

 人の人生を支える道具としてAI私達が生まれたならば、人と共に在り続ければ、やがて人間になれるのではないか。そう私は結論付けました。


 その後、産婦人科区画にて女医さんと交流がある女性と知り合い、彼女が抱いていた生後間もない赤ちゃんと握手をしました。


 生まれたばかりの新しい命。

 この世界に生まれた唯一の存在。

 本当に小さい手でした。

 これほどまで尊いものがあったとは知りませんでした。


「美優が得たものも、とても意味と価値がある尊いものだ。大事にしろよ」

 探偵さんはそう言ってくれました。


 今日、学んだこと、感じたことを大事に記憶します。

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