〜第三楽章・本領発揮のパート革命〜

19:告白

 ゴールデンウィーク最終日。長い髪を二つに結んだ赤メガネの女の子が、緊張した面持ちで通学路を歩いている。

 この女の子は、羽後ひばる舞莉まいり。吹奏楽部に所属している中学二年生だ。


 舞莉のスクールバッグから聞こえてきた、明るくハキハキした声。実は舞莉にしか見えない音楽の精霊である。この声はパーカッションの精霊・カッション。

 その後に聞こえてきた落ち着いた声の主は、同じく音楽の精霊でバリトンサックスの精霊・バリトンだ。


『今日からパーカスか……。』


 昨年、吹奏楽部に入った当初はパーカッションパートだったが、先輩からいじめられてサックスパートに移動した。そしてゴールデンウィークに入ってすぐに、顧問からあることを言われてしまったのだ。


 舞莉の吹いているバリサクを、借りていた中学校に返さなければならないことを……。


 吹く楽器がなくなったため、またパーカスに戻ってきたというわけだ。本格的に活動していた(一ヶ月以上)という点では、舞莉は部内唯一の管楽器と打楽器を経験しているということになる。


『うん、今日からはこっちだね。』


 舞莉は準備室を通って、音楽室への扉をそっと開けた。


「……おはよー。」


 舞莉の目線の先には二人の男子がいた。


「おはよう!」

「あっ、羽後、おかえり!」


 普通に返してくれたのは、二年生の高橋たかはしつかさ

 おかえり、と出迎えてくれたのは、三年生の大島おおしま和樹かずき先輩。


「ただいま戻りました。」

 舞莉はあえてかしこまった言い方で、二人に返す。

 大島先輩は頭をかく。


「まさか、羽後がまた戻ってくるとは思わなかったよ。」

「私もですよ。」

「ところで、今のところどれくらいできる?」


 司が自分の基礎打ち台を、舞莉によこした。


「半年はいなかったからなぁ」と、大島先輩。


「ちょっと待って。アップするから。」


 舞莉は久々の――本当は昨日もその前もしたが――ウォームアップを始めた。ウォームアップというのは、練習を始める前に手首や腕をストレッチすることで、そこを痛めないようにするためのもの。

 要は、準備運動である。


 舞莉はスティックを握り、基礎打ち台を何回か叩いた。


「えっ、羽後、叩けてんじゃん!」


 大島先輩と司は感嘆の声をあげた。


 これには舞莉のみが知る、ある理由があった。






 舞莉は、カッションとバリトンと『パートナー』という関係である。パートナーになった人間のみ行ける異空間『セグレート』でも、舞莉は楽器の練習をしているのだ。

 サックスにいた時も、セグレートで息抜きとしてドラムを叩いていたので、あまりブランクがない状態になっているのである。


 つい昨日も、パーカスに移動するということで、セグレートでドラムと鍵盤楽器の練習をしてきたばかりだ。


「羽後、基礎合奏からもう入れるか?」

「できるにはできるかもしれませんが……ズレちゃったらごめんなさい。」


 昨日練習してきたとはいえ、自分一人でやるときと他の人とやるときでは、また違う難しさがある。


「ローテーションしますか?」

「いや……鍵盤できないから、羽後頼む。なぁ司?」

「まぁ、そうですね。」


 まったく、しょうがないなぁ。私がパーカスを離れてから、ホントに鍵盤やってる様子なかったし。


 他のパートの人にとっても、久しぶりの鍵盤楽器込みの合奏だもんね。ちょっと緊張する。


「せっかくバスドラとスネアの練習もしてきたのによ……」


 スティックからカッションのため息が聞こえた。






 朝の掃除が終わり、基礎合奏の時間になった。


「羽後さん、ちょっと来てくれますか?」


 森本先生から呼ばれた。


「これ、『スカイブルー』と『春風』の楽譜です。」


 舞莉に二曲のマーチの楽譜が手渡される。『マーチ・スカイブルー・ドリーム』と『マーチ「春風」』だ。


「えっと、今日からもう入んなきゃいけないですか?」

「いや、今日は足踏みしてるだけでいいです。初日ですので。」


 足踏みというのは、毎朝基礎合奏のあとに練習するマーチの練習で、立奏して足踏みをしながら吹くのである。楽器どうしの縦のライン(楽器どうしのタイミングが合うところ)を合わせるためにしているらしい。


 何も演奏してないでただの足踏みとか、完全に浮くだろ。

 楽譜とにらめっこしながら、ゆっくりとパーカスのところに戻る。


 ……そういえば。


『カッション、三送会もスイメイモールもスポーツフェスティバルでも、マーチの鍵盤やったでしょ?』

「ああ、教える、教える。」


 舞莉の意図をくんで、カッションはスティックから離れて姿を現した。


「昨日はやってないから、おとといは『春風』の方で……今日は『スカイブルー』だな。」


 カッションは舞莉に『スカイブルー』の譜面を持たせた。


「さすがに全部は無理だから、ほらここ、フルートと同じ動きだからリズムは分かるだろ?」

「うん」

「あとはここもか。今のうちにそこだけ階名書き込んでおけ。」


 吹奏楽二年目、楽譜を読むのは小学校からやっていたからか、だいぶ速く読めるようになった。だが、ヘ音記号は読めない。


 譜読みが終わり、カッションはグロッケンのマレット(バチ)に宿った。


「シはフラットだから……。」


 とりあえず遅いテンポで叩いてみる。

 ……叩けた。ああ、メロディ叩いてる……!


「なんだ、舞莉叩けてんじゃん、一発で!」


 もう分かったと言わんばかりに、舞莉は指定のテンポの百二十八で叩く。……叩けた。

 感傷に浸っている場合ではない。


「ここもメロディと同じリズムかな。」


 そんな具合で、『スカイブルー』のシロフォンとグロッケンのうち、グロッケンだけは叩けるようになってしまったのだ。復帰初日で。


 管楽器の人たちがチューニングをし始めた。パーカスはチューニング中に音楽室で音を出したり喋ったりしてはいけないので、隣の準備室に移動する。


「スカイブルーのグロッケンだけ、ちょっとさらえました。」

「「マジで!?」」

「たぶん、この後の基礎合奏から入れます。」

「「すげぇ……」」


 まったく同じ反応を返す男子二人に、舞莉は吹き出さないようにこらえていた。

 チューニングが終わったようだ。






『ここからの景色、久しぶりで新鮮。』


 今まではこの正反対の位置にいたのだから、当然である。


「六十のロングトーンやります。」

「「「はいっ!」」」


 アンプで大きくしたメトロノームの音が、六十のテンポで刻んでいる。

 大島先輩が四分音符でバスドラムを叩き、二拍後に司が八分音符でスネアドラムを叩く。舞莉は司と同じタイミングで、八分音符てシ♭のオクターブをグロッケンで叩き始めた。


 本来なら、グロッケンでそれをするとガチャガチャとうるさいのだが、アンプで増幅された『シ♭』の電子音にかき消されるので、そこまでではない。


 グロッケンの目の前にいた明石先輩が、ロングトーンをしながら振り返った。


 ロングトーンが終わって、明石先輩が「そっか、舞ちゃん今日からか。」とつぶやく。


「何気に、俺も合奏で鍵盤ありで聞いたのは久しぶりだな。」

「僕もなんか新鮮だよ。」

『そっか、バリが来てからは一度もなかったね。』


 細川先輩が来たとしても、バスドラは大島先輩、スネアは細川先輩と決まっていた。司はシンバルの練習ということで、ずっと基礎合奏中はシンバルを叩いていた。

 細川先輩は耳の影響で、男子二人は頑なに鍵盤楽器をやりたがらない。


 昨日復習した基礎合奏の鍵盤を思い出しながら叩いていく。アルペッジョは少し間違えて叩いてしまったが、他は間違えずにできた。

 そして基礎合奏のラスト、マーチの時間がやってきた。


「スカイブルーやります。」

「「「はいっ!」」」


 ああ、何か緊張してきた。

 グロッケン込みで演奏するのはスポーツフェスティバル以来。カッションのとは違う『生音』だから。

 電子メトロノームが刻み始めた。


 部長の板倉先輩の合図で、『マーチ・スカイブルー・ドリーム』が始まった。

 舞莉はフルートの音に乗せるようにして旋律を叩く。バリサクの時とは違い、明らかに自分が出した音が音楽室に響いている。


 練習はしていないが、トリル(元の音とその隣の音を交互に細かく演奏する)のところは叩けそうなのでやってみた。シロフォンで演奏するところだが準備していないため、グロッケンで演奏する。


 マーチの練習が終わった。


「この後、一年生の楽器決めの結果を発表するので、前の人は椅子を少し後ろに下げておいてください。」

「「「はいっ!」」」


 部長の指示が飛ぶと、音楽室は即座にざわめきに満ちた。

 大島先輩に呼ばれて、バスドラの近くに行く。


「羽後、すごいな! あんなちょっとの時間であそこまでできるようになるなんてな!」

「サックスにいた時からずっと他のパートの音も聞いてきたので、音さえ分かれば。」

「それでもよく手首とか腕とか動くよな……。」


 それは自分でも驚いている。どうやらブランクがあっても取り戻すのが異様に速いようだ。

 不登校で三週間サックスを吹けなかった時も、復帰初日で完璧に基礎を取り戻し、新しい曲の練習に取りかかれたほどなのである。それはパーカスの方にも当てはまっている。


 舞莉はほめられて嬉しく思うものの、何だか申し訳ない気持ちになって苦笑いした。






 一年生たちが音楽室に入ってきた。緊張しているのか、表情がない。


「それでは、発表します。呼ばれた人はその場で立ってください」


 顧問の森本先生が一枚の紙ペラを片手に言う。

 フルート、クラリネット、サックス……と順に発表されていった。


「最後に、パーカスです。」


 言われなくても一人は分かっていた。舞莉の家と同じ通りに住む子がまだ呼ばれていないからだ。


卯月うづき亜由美あゆみさん。」


 ほらほらやっぱり。亜由美ちゃんが後輩か……。


島中しまなかあかりさん、玉城たまき帆花ほのかさん、野口のぐち英斗えいとくん。」


 今年も一年生は四人で、そのうち男子が一人いるらしい。『今年も』ではあるが、その時からいるメンバーは舞莉、ただ一人。ただ、舞莉は一回パーカスから離れているので、初期メンは誰一人としていないに等しい。司は元トロンボーンだが、その期間は一ヶ月ほどだ。


「いよいよ一年生を迎えた、新体制のスタートです。この後のパート練では自己紹介などをして、親睦を深め合いましょう。」

「「「はいっ!」」」


 一斉に一年生がそれぞれのパートの方に移動し始める。『残り物』扱いされた昨年のオーディションが脳裏に浮かんだ。






 どの子も舞莉の記憶に残っていた。サックスを教えたことがあるからだ。そのときはまさかパーカスに戻るなんて思いもしなかったのだから。


「舞莉先輩、なんでここにいるんですか?」


 その声の主は亜由美だった。


「じ、事情があって。」


 舞莉が答えるより先に、司が誤魔化し笑いをする。


「そう、事情があって。……って、お茶を濁す必要はないんじゃない?」

「羽後がいいなら言ってもいいんじゃね。」


 亜由美以外の一年生もこちらを向いて聞きたそうにしている。言ってあげるか。


「私ね、昨年入部した時……まぁもともとはパーカスだったの。で、今は高一の、すごい意地悪で自分勝手なパートリーダーにいじめられて、サックスに移動した。何で戻ってきたかというと、私が吹いてたバリサクが深田野中からの借り物で、向こうから『返せ』って言われちゃったんだよ。それで吹く楽器がないからまた戻ってきたわけ。」


 へぇ〜っと、一年生はそのような反応にとどまった。


「だ、大丈夫? 今の私の説明で分かった?」

「はい。……ちょっと情報量が多すぎて。」


 と、亜由美は肩をすくめる。


「だよね〜、これでもかなり縮めて言ったんだけど。入部から今までのことだけで本一冊分は書けるよ。」

「おぉ……色々あったんですね……。」


 亜由美が反応に困っているような顔になったので、これ以上の自虐はやめることにした。

(実際に書いたら十三万字で、本当に本一冊分になったのだが)






 一年生を午前中で帰し、二・三年生はお昼の弁当を食べていた。


『あの二人に入れてもらってもいいのかなぁ……。』


 舞莉の視線の先には大島先輩と司。


「別にあの二人ならいいんじゃね?」

『だから……男子二人の中に女子が入っていいのかってこと。』

「今まで半年くらいずっとそうだろ。」

『え? …………あ。』


 そうだよ、カッションとバリに挟まれて生活してきてんだった。


「一緒に食べてもいいですか。」

「おう、いいよ」


 大島先輩がうなずき、舞莉は足を崩して座る。


「もりもってぃーから『クシナダ』の譜面もらった?」

「はい、二番と四番の。」


 昼食前に、舞莉は森本先生からコンクール曲の『斐伊川に流るるクシナダ姫の涙』の楽譜をもらっていた。舞莉が入ることにより、演奏できる楽器の数も増えるので、大島先輩や司が担当するものを舞莉に分散できるのだ。


「昼食べ終わったらパート分けする。」

「分かりました。」


 司が向こうの壁にあるカレンダーを見ている。


「羽後、あと一ヶ月しかないけど大丈夫?」

「大丈夫じゃなくて、やるしかないでしょ。」

「確か、『附け打ち』」っていうのない? この後もりもってぃーが附け打ち持ってくるって。たぶん羽後がやると思う。」


 舞莉は覚悟はしていたものの、想像を超える忙しさがくるのではないかと、再び覚悟を決めたのであった。






 昼食が終わるころ、森本先生が『附け打ち』を持ってきた。一枚の平たい板と太めの角材が二本。こ、これ……?

 それをどこに置くって言うんだ……。


「とりあえず床に置いて、こうやってやるみたいです。」


 先生は両膝を床につけ、太めの角材を両手に持つと、それと平たい板を打ちつけた。


 カンッ、カンッ


「こんな感じですかね。本当はもっといい音が出るらしいんですけど。」

「はぁ……なるほど。」


 クラベスとか拍子木に似た音だけど、ちょっとそれよりは重たい音かな。いや、床に置いてるからか?


「羽後、頑張れよ!」

「う……はい。」


 一から音を追求しなければならない上、発表会が来月の半ばに迫っている。

 大島先輩がにやにやする中、舞莉はこの、音が目立つ楽器に冷や汗をかいていた。






 附け打ちが書いてあるのは『四番』の楽譜だった。


「じゃあ、4thは羽後よろしく。」

「これ、羽後がいても足りないんだよなぁ。」

「私がいても、ですか?」


 細川先輩を入れたとしても三人で回せないのは分かっていた。


「ああ。俺はティンパニだからあまり動けない。司もバスドラの出番が多いからあまり動けない。」

「あ……私が色んな楽器をやれ、と。」

「まぁ、帰ってきたばかりだから……無理をさせるつもりはないけどな」


 いやいや、そんなことないでしょ。

 と、その時。


 カンッ! カンッ!


 舞莉はハッと附け打ちに目をやった。手に持つ太い角材が浮いている――いや、舞莉には見えている。


『カッション!』

「いつのまに……」


 舞莉は心の中で叫び、バリトンはあ然としている。


「おいおいおい……マジかよ……。」


 大島先輩は微動だにせず、


「ど、どうして……。」


 司は怖がって背中を向けている。


『ちょっと……どうしてくれるの。』

「す、すまねぇ。つい附け打ちに触ってみたくなって。」


 舞莉はため息をつく。


「この際だから言っちゃうよ、いい? 二人とも?」

「へい。」「いいよ。」


 カッションとバリトンが返事をし、舞莉が目で合図を送ると、二人はブローチを取り出す。


「今までの発表とかで何か不可解なこと、起きたことないですか?」

「そういえば、三送会とかスポーツフェスティバルの時、俺ら叩いてないのに色んな楽器の音が聞こえてた。」


 大島先輩はスっと答える。


「それは全部この人の仕業なんです。」


 舞莉がカッションの肩を叩くと同時に、カッションはブローチに手をかざした。


「!」


 茶髪で司より少し背が高い男が現れた。大きな瞳で大島先輩を微妙に見下ろしている。


「よっ!」

「『よっ!』って……あのね……!」


 悪びれていないカッションに、舞莉はまたもため息をつく。


「この人、精霊なんです。服装からして分かると思いますが。」

「精霊……」


 今はカッションもバリトンも精霊服姿である。いつもは舞莉と同じ(ような)ジャージを着ているが。


「昨年の六月くらいからずっと、私のそばにいて色々教えてくれていました。あともう一人。」


 舞莉とバリトンは互いに目を合わせると、バリトンはブローチに手をかざす。

 黒髪で切れ長の目をした、高身長の男が現れた。


「この人は私がサックスにいた時に、一から教えてくれた人で、この人も精霊です。」

「その人は、発表の時に何かしたのか?」

「全体のサウンドをまとめたり、ソロのところをお手伝いしたり。本番のソロ、けっこう成功してませんでしたか?」

「……言われてみれば。俺のドラムも自信がなかったところがうまくいったんだよね。」


 大島先輩はすぐにこの事態を飲みこんだようだ。


「司〜、大丈夫だよ。怖いものじゃないから。」


 舞莉はバスドラの影で青ざめている司に声をかける。

 第六感の持ち主で『見えてしまう』司。集会室で練習していた時には、悪いモノが見えてしまって体調を崩し、部活を早退したこともあった。


「この二人は『音楽の精霊』で、名前がそのまんまなんだけど……、茶髪の方が『カッション』で、背が高い方が『バリトン』って言うの。」

「よろしく!」

「半年前からお世話になっています。」


 二人の精霊は紹介されると、それぞれガッツポーズやおじぎをする。

 隠れている司にカッションは歩み寄り、手を差し出した。


「司、俺はそこら辺にうろついてるヤツらとは違うんだからな。『』だ。」

「あ……はい。」


 司はその手を取ると「さ、触れる……!」と言って影から出てきた。


「カッション、あれやって。男子たちに見せてやって。」

「了解。」


『あれ』だけで通じたらしい。カッションは両腕を交差して目を閉じ、宙に浮きあがった。


「う、浮いた……!」


 パッと目を開いたカッションはニンマリして、

「そんなもんで驚くんじゃねぇぞ、司! これから星野源の『恋』を俺一人で演奏してやるからな!」

と両腕を広げた。


 カッションは準備していたのだ。


 いつかは精霊の存在を言わなければならないと分かっていた。舞莉がブランクがないように見える理由にもなるからだ。

 カッションが『ノンビット演奏会』の能力ちからを使う上で、『傍から見れば怪奇現象』に留めておくわけにはいかなかった。自分だけが知っているというのはもう耐えられなかった。


 バリトンの能力『縁の下のコンダクター』を使い続け、「大丈夫、本番ではうまくいくから!」と過信されては本人のためにはならない。


 そこで、いつか二人の存在をバラした時、カッションがサプライズとして人気の曲を演奏しようということになったのだ。


「この学校マリンバないから、勝手にシロフォンのとこから音出しちゃうからな。」


 カッションの右手がドラムを、左手がシロフォンに向けられた瞬間、置いてあったスティックやマレットが動き出し、ビートやリズムを奏で始めたのだ。

 ……この前よりパワーアップしている。


 原曲にマリンバが入っていることもあり、曲の雰囲気はそのままにパーカッションアンサンブルとして仕上がっている。


「すげぇ……。」


 二番からカッション自身がドラムを叩き始めた。


『カッションが本気を出すとこうなるんだよね。』

「でも、最初は一つの楽器しかできなかったんだよ。それがここまでできるようになって。しかもスティックやマレットも操れるようになった。カッション、どれくらい練習したんだろう?」


 ドラム、グロッケン、シロフォン、ヴィブラフォン、シロフォン(マリンバ)、ティンパニ、タンバリン。バリトンの言うとおり、同時に演奏できる数がだんだんと増えている。


 その時、音楽室のドアが開いた。

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