第9話 夢現(2)

「ラティー!!」

彼女の名を叫びながら、バーンはすぐさま立ち上がって駆けだした。

「え!?」

彼女も振り返る。

まるでスローモーションのように、ゆっくりと白い車が彼女を跳ね飛ばした。

キキーッと急ブレーキを踏む音が響く。

フロントには血痕と一緒に蜘蛛の巣状にガラスが割れた跡がついていた。

彼女の身体は車にワンバウンドするような形で、地面に叩きつけられていた。

「ラティ!!」

バーンが駆け寄ったときには、彼女はもう虫の息だった。

彼女の身体を抱きかかえた。

ぐったりとしていた。

手からも、頭からも血が流れているのがわかる。

白いパーカーがべっとりと血に染まっていくのがわかった。

バーンは頭の中が真っ白だった。

なぜ彼女が、こんな目に遭わなくてはならないのか!?

それでも、彼女はバーンの顔を見ると微笑もうとしていた。

「バー…ン、あ…の景色……覚えてる?」

「ラティ、」

「また、行き…たいなぁ。連れ…て……」

彼女の身体から力が抜けた。

思いっきり身体を揺すりながら、彼女の名を叫んだ。

(違…う!? ラティは…死んでいる。こんな事が起こるずっと前に…

何かが…おかしい? 何が!?

彼女は本当にこうして逝ったのか!?)

彼女の身体を抱きながら、頭のどこかでそれを否定する声がした。

『冷静に考えろ!』と誰かが叫んでいた。

(俺は…こうして彼女を見送ったのか!?

どこで?

ちがう。ここじゃない。彼女は俺が殺したも同然だった。

事故じゃない。桜が咲くような季節じゃない。あれは、確か、冬の…

それに、もう1人ここにいたはずだ。

……誰? もう1人……)

「臣人……!?」

その言葉を発した途端、抱きかかえていたはずの彼女の身体がサッと音もなく砕け散った。

今まで見えていた周囲の風景も色をなくした。

グレーから、闇色へとあっという間に変わっていった。

薄墨色をした桜の花びらが両手のひらに舞い落ちた。

それもどんどん色を失い、最後には墨色一色になってしまった。

そして彼の周りを取り囲むように、桜の花びらが風に舞っている。

バーンは立ち上がった。

(ここは現実じゃない。幻覚だ)

彼は相手の精神攻撃に、すっかりはまっていたことを悟った。

(いつのまに…!? 術が発動した気配がない。…とすれば、)

自分が立っている場所が光を放ち始める。

彼を中心に金色の眩い光があがった。

(術でないならば、もしかして……)

彼は、オッド・アイの持ち主。

左眼は生来の青、右眼は金色。

普段は青いカラーコンタクトをしているため、そんなことはわからない。

大きな法術を使うとき、右眼は、コンタクトをつけていたとしても下の金色が透けて見えるくらい色が変わっていることがあった。

今が、まさにその時だった。

「Ol Sonuf Vaorsagi Goho Iada Balata. Lexarph, Comanan, Tabitom. Zodakara, eka; zodakare oz zodamram. Odo kikleqaa,piape piaomoel」

周囲に直径5メートルほどの六芒星にも似た魔法陣を敷いたのだ。

呪文の詠唱が始まると、あたりの闇が少しずつ薄れていくのがわかった。

(ここは、あの場所だ。あの…樹齢千年の『墨染めの桜』が立っている土手…)


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