第7話 過去-4

過去-4

 

 

2014/10/01

 

「夕のヤツ、遅いな……」

 

 昼休みの屋上でアイスを食べながら、独り言を呟く。

 いつもは遅れるとき、または来ないときは、一言のメールが送られてきてたが、今日はそれすらない。

 ……まぁ、単純に送るのを忘れたか、なにかしらで忙しいかのどちらかだろう。

 屋上から外をぼんやりと眺める。

 外周部に近付き過ぎると、教師に見つかる恐れがあったが、たまにはこうすると、高いところから色とりどりの景色が見えて、気分が良い。

 ここからだと、学校のほぼ全体が見渡せて、昼休み始まったばっかなのに、もうグランドで部活の練習を始めている奴らも見れた。

 

「……ん?」

 

 下に向けていた視界に複数の女子が入る。

 ただ、その女子達の雰囲気が暗い……というよりキナ臭い。

 ある一人の女子を囲うように移動していた。

 まるでその女子を逃がさないかのように。

 そして、その囲まれている女子は

 

「……夕?」

 

 あいつ、何してるんだ?

 その女子達は校舎の裏側に辿り着くと、そこで足を止める。

 そこは地上からだと人目がつかない場所だった。

屋上からだと丸見えだが。

 

「こんなところまで連れ出して、何の用だ」

 

 夕は特に何も言われずに付いてきていたのか、周りの女子達に目的を聞く。

 その女子達は夕の質問に答えなかった。

 だが

 

「中原、あんたさぁ。最近調子に乗ってない?」

 

 目的がわかり易過ぎるセリフを吐いてきた。

 

「……」

 

 俺は目を細める。

 最近、夕はクラスに友達ができたと言っていた。

 今まで、周りに隙を見せなかった夕が。

 つまり、それは周りのクラスの人間と関わるようになった、ということであり、そして、それが気に食わない人間も出てきた、ということなのだろう。

 

「「はぁ……」」

 

 地上と屋上で、俺と夕のため息が重なる。

 幸いなのか不幸なのかはわからないが、俺のため息は向こうに届かなかったようだ。だが、夕のため息は勿論周りの女達に聞こえている。

 女共の雰囲気が、一層悪くなる。

 

「……」

 

 ここからでも、何かしらのアクションは取れるだろうが、いかんせん距離がある。

 向こうの声が、聞き取り辛いときがあるため、正確に状況を把握できるか怪しい。

 ……一瞬でも目を離すことに少し躊躇したが、今は牽制の段階だろう、俺は夕のところに向かうことにした。

 

 

 3分後。

 俺は夕が女に囲まれている場所に辿り着いた。

 すると、すぐに女共の一人……なんか、やたら偉そうにしてるゴリラみたいな女、恐らくこの群れのボスの声が聞こえてきた。

 

「あんた、伊野(いの)君に色目使ってるの、見ていて気持ち悪いのよ」

 

 うわっ、予想の一つではあったが、マジでそういう理由かよ。

 姿は見せないまま、死角となる校舎の壁に体を寄せる。

 

「?伊野君に色目なんて使ってないが?」

 

 純粋に疑問に感じているのだろう夕の声が届く。

 

「はっ。あんたこの前、伊野君と楽しそうに話していたじゃない」

 

「……ああ、そんなこともあった気がするが、君が言った通りに会話していただけだぞ?」

 

 ……夕はこの前、友達ができたと言っていた。

 それはつまり、今まで周りに張っていた警戒を取り除く、または程度を下げたということなのだろう。

 そして、本来、夕は見た目も性格も良い。

 実際、三ヶ月前は、それで柄の悪い先輩に絡まれていたぐらいだ。

 声をかけたくなるクラスの男がいてもおかしくない。

 

「はっ、伊野君に話しかけてもらえたから、って調子に乗んなよ」

 

 そうだそうだと囃し立てる声が聞こえる。

 ……こいつら、小学生か?

 伊野とやらは知らないが、その男に夕は言い寄られていて、このボス女はその伊野が好きなのだろう。

 くだらない嫉妬だ。ただ、向こうは数が多い上に、夕のクラスメイトだ。対応を間違えたら、余計面倒くさいことになるだろう。

 ……そして、男に関する嫉妬で絡まれてるこの場面で、男の俺が出てくるのは、状況を悪化させる可能性が高い。

 もし、暴力が振るわれそうになったら、割り込むつもりで、今は様子見るしかないか。

 ……どうでもいいけど、間違った選択ではないと思ってるが、女の喧嘩を隠れて見ているだけって、めちゃくちゃカッコ悪いな、俺。

 

「……もしかして、それを言いたかっただけなのか、飯田(いいだ)さんは?」

 

 飯田というらしいボス女に対し、呆れたように夕は問いかける。

 

「……チッ」

 

 夕の余裕な態度を見て、ボスゴリラは舌打ちをする。

 

「私はあんたに、もう二度と伊野君に色目使うなって言いたいんだよ」

 

「そもそも一度目が無い」

 

 夕はきっぱり訂正する。

 

「何こいつ、ムカつく」

 

 取り巻きも口を開く。

 ただ、中身はゼロだ。

 

「あんたさ、男何人囲めば気が済むわけ?」

 

「なんのことだ」

 

「上谷のことだよ」

 

 俺の名前が出てきた。

 

「あんた、上谷を懐柔させたあと、次は伊野君ってわけ?この売女」

 

 ……

 俺は壁から体を離す。

 

「なぁ、飯田さん」

 

 夕がここで一段と大きな声を出すから、俺の足はつい止まる。

 

「さっきから、あなたは何がしたいんだ?」

 

「何って、あんたが生意気だから」

 

「あなたは自分で自分の価値を貶めたいというわけか?」

 

 夕がボスゴリラの言葉の上からセリフを被せる。

 

「え?」

 

「私が今受けているこの状況を、誰にも話さないと思うか?」

 

「……」

 

「それとも、あなた達はこんな脅迫まがいのことを常に行っていて、落ちる価値はもう存在しないのかな」

 

「……そんなわけないでしょ。私は部活の期待のホープなのよ」

 

 口では否定するが、ボスゴリラの声は震えていた。

 

「ああ。図星か」

 

「……っ」

 

 ボスゴリラが顔を歪める。

 

「ま、そんなことはどうでもいい」

 

 自分でボスゴリラに無価値と断じときながら、それをどうでもいいと言う夕。

 

「問題はこれからの話だ」

 

「これから?」

 

「あなたがもし、このままうるさい脅しを続けるなら、このことを色んな人にバラす」

 

「……」

 

 空気がピリつく。

 

「暴力で怖がらせる、というのも一つの手だろうが、少なくとも今はやめといた方がいいだろうな」

 

 だが、夕は変わらず余裕のある態度のままだ。

 

「……なんで」

 

 ……このゴリラ共は気付いているだろうか。

 

「なぜって、あなた達が私を教室から連れ出したところを何人も見ているからさ。勿論、伊野君も」

 

「……ッ」

 

 自分達が夕のペースに乗せられ始めていることに。

 

「もし、あなた達に連れて行かれた後に、私がおかしな状態になっていたら、あなた達は周りからどう見られると思う?」

 

「……」

 

 犯人が、このゴリラ達ということは明白だ。

 

「わかってくれたようで、良かった」

 

 ……本来なら、元々みんなの前で連れ出さなきゃいい話だったのだが、このゴリラは数で押せば夕が屈すると思ったのだろう。

 なんとも単純な思考の持ち主だ。

 だから、夕の言葉ですぐ揺れる。

 

「それと、もしこの先、あなたが私にこのようなことを二度としないと誓ってくれるなら、面倒にならない程度に、少し助けてやってもいい」

 

「え?」

 

「私が伊野君に、あなたのことを勧めておこう」

 

「……本当?」

 

「ああ。先にも言ったが、面倒にならない範囲でだがな」

 

「……」

 

「あなたには二つ選択肢がある」

 

 夕が二本指を立てる。

 

「伊野君と付き合える可能性を0にする選択肢と、伊野君と付き合える可能性を手に入れる選択肢。あなたはどちらを選ぶ?」

 

「…………」

 

 飴と鞭の選択を迫られたゴリラ共はジッと悩むようにその場で固まる。

 ……こんな陰湿な女、協力してもらっても、どうせ可能性はゼロなのに。

 

「……本当に協力してくれるんだろうね?」

 

「ああ」

 

「……そう。なら、そうしてもらうわ」

 

 ボスゴリラはこちらの方に向かって歩いてくる。

 俺は適当な物陰に隠れる。

 

「行くわよ」

 

 取り巻き共も慌ててボスゴリラについていき、その場を去って行った。

 ……

 夕に声をかけようと物陰から出ようとしたら

 

「悪い、優夜。待たせたな」

 

 先に夕に声をかけられた。

 

「……気付いていたか」

 

「うん。屋上を見たら、優夜がこっちを見ていたのがわかった」

 

 ……気付かれてるかもと思ってはいたが、その段階でもう気付いていたのか。

 俺は夕の方に近付く。

 

「アイス、要るか?」

 

 俺は自分の口にアイスを入れながら、夕に一本アイスを差し出す。

 

「うん、貰う。ありがとう」

 

 夕はアイスを受け取ると、袋を開け、それを口に咥える。

 二人揃ってアイスを咥えながら、何も言わずに、校舎裏の壁に寄りかかる。

 そうすると、夕はすぐに口を開いた。

 

「さっきは手を出さずに、見守ってくれてありがとう」

 

 ……俺が変な気遣いをしていたのはお見通しか、こいつ。

 

「あ、でも、一回出てこようとしていただろ、君」

 

 ……もしかして、途中から声を一段と大きくしたのは、俺をその場に留めさせるためかと思っていたが、やはりそうだったようだ。

 というか、なにもかもバレバレだった。

 

「だって、あいつら、クソムカつくし……」

 

「小学生か君は」

 

 夕は小さく笑う。

 

「でも、ちょっと嬉しいかな」

 

「何が」

 

「私のために怒ってくれたこと」

 

「……当然のことだろ、それ」

 

「ふふ。そうか」

 

「ああ」

 

 俺は口を大きく開けて、アイスをかぶりつく。

 

「それにしても、災難だったな、夕」

 

 あんなゴリラ連中に囲まれて。

 

「確かに少し面倒だったが、その分良いこともあったからな。問題ない」

 

「良いこと?」

 

「これ」

 

 夕が手に持ってるアイスを振って見せる。

 

「アイスを振るな。溶けかけてるところが落ちそうだぞ」

 

「おっと。そうだな」

 

 夕は慌てて落ちそうなところを齧る。

 ……そういえば

 

「さっき話で出た伊野とやらは、どんな奴なんだ?」

 

「……気になるのか?」

 

「そりゃあ、それがさっきの面倒ごとのキッカケの奴なんだろ?気になるさ」

 

 ……真実ではないが、嘘でもない。

 

「伊野君は爽やかなスポーツマンって感じだな。実際どこかの運動部に所属していたはずだし」

 

「仲良いの?」

 

「さぁ。だが、最近事あるごとに話しかけられるな」

 

「ふーん……」

 

 ……俺にとって、あまり愉快な話ではないが、俺が口出す話でもない。

 ただ、夕がそいつに好意を寄せているのかどうかが知りたかった。

 ……俺と夕は仲が良い。

 これは自惚れでは無いと思う。

 俺と夕は友達だ。

 そして俺は、夕を友達としてだけでなく、異性として好きなのだが、夕からは友好の感情を持たれているとしかわからない。

 俺は人から見て、お世辞にも魅力的な男とは言えない。

 だから、夕から好かれている自信なんて、とてもじゃないけど持っていなかった。

 

 

 今日も一緒に帰るため、夕の教室に向かう。

 教室に辿り着くと、もうD組のHR終わっていた。

 教室内を覗き、夕の姿を探す。

 ……見つけた。

 そこには、夕と昼休みに見かけたゴリラ女と知らない高身長の男の3人で何かを話していた。

 今日昼にボスゴリラと交わした約束を果たしているのだろう。

 ……廊下で待つか。

 教室のドアから離れようとすると

 

「よう。中原待ち?」

 

 知らない男から声をかけられた。

 いや、知らない男では無い。

 こいつは三ヶ月前も同じように声をかけてきた。

 

「そうだけど」

 

「へぇ」

 

 それだけ言って、男は立ち去ろうとする。

 

「おい、待てよ」

 

 その男を呼び止める。

 

「何?」

 

「今言った通り、夕を待っていて暇なんだ。暇なら少し付き合え」

 

「へぇ。上谷、暇だからって知らない人とお喋りしたがるような社交的な奴だったんだな。意外だ」

 

 ……確かにコイツの言う通り、本来だったら、暇だからってこんな奴を引き止めたりなんかしない。

 ただ、D組の生徒に聞きたいことがあった。

 

「お前はそう思ってる相手に二回も声をかけてきたのか?」

 

「あれ。前も声かけたの、覚えてたの?」

 

「野次馬根性発揮する奴自体は珍しくないが、お前みたいに堂々としてる奴は珍しいからな」

 

「野次馬っておい」

 

「間違ってないだろうが」

 

「そうかもしれないけどさ、もっと言い方が……」

 

 男はブチブチと文句を言っている。

 

「菅野翔平(すがのしょうへい)」

 

「あ?」

 

「俺の名前。これで、お互いが名前を知っていることになったから、俺達は知り合いということだ。だから、俺はもう野次馬じゃない」

 

「あ、そう」

 

 どうでもいい。

 俺は聞きたいことがいくつかあるだけだ。

 

「夕って、よくクラスメイトに声を掛けられるのか?」

 

 まず、一つ目。

 ただ、それを聞いた野次馬改め菅野の目が光る。

 

「それは男で、って意味か?」

 

 菅野は質問に質問で返してくる。

 ……聞く相手を間違えたかもしれない。

 他に聞ける相手などいないが。

 

「……まぁ、そうだ」

 

「だったら、確かに9月の頭頃から増えだしたな。ま、これは男女関わらずだが」

 

「じゃあ、なんでさっき男かどうか聞いたんだよ……」

 

「興味本位」

 

「そうかよ」

 

 適当に流す。

 次の質問をしよう。

 

「夕って、このクラスに好きな奴いるのか?」

 

「直接的だねぇ。居ないと思うよ、中原の内心とか俺が知るわけないけどな」

 

「そうか」

 

 じゃあ、次の質問

 

「夕に特定の仲良い男子はいるか?」

 

「質問攻めだな、おい」

 

 菅野は笑う。

 

「ま、面白いからいいけどさ。で、その質問はD組に限ってるよな?」

 

「……逆に聞くが、D組以外で、居るのか?」

 

 それは意外で、盲点だった。

 

「……」

 

 菅野は黙ったまま人差し指を俺に向ける。

 

「そういうのはいい」

 

 俺は菅野の指を手で押さえる。

 

「で、居るのか?」

 

「うーん。特に思い付かないな」

 

「そうか」

 

「で、上谷はそれを聞いてどうしたいわけ?」

 

「別に。ただ気になっただけで、どのような答えが返ってきたところで、俺が何かしら行動するつもりはない」

 

「へぇ……」

 

 菅野は訝しげな、それでいて面白がっている視線を向けてくる。

 

「『この浮気者っー!』ってやらないの?」

 

「それ、昼ドラの女役のセリフじゃねぇか」

 

 俺は呆れる。

 

「それに俺と夕は付き合ってないから、浮気も何もない。そんなことは、どうせお前も知ってるだろ」

 

「ま、そうだけど」

 

 菅野はニヤニヤ笑っている。

 

「でも、中原のこと、好きなんだろ?」

 

「……言いたくない」

 

 こいつにそんなことまで答える義理なんかない……というより、この野次馬根性上等野郎にそんな事をはっきり答えたら、後々面倒くさいことになりそうな気がした。

 

「あらら。俺達友達でしょ?」

 

「どうしてそうなったんだよ……」

 

 今のやり取りで友情が湧くと考えるとは、なんとも不思議なヤツだ。

 

「えー。俺達の友情に免じて、色々質問に答えてあげてたのにー」

 

「適当抜かすな……」

 

 絶対こいつ自身が楽しんでいる。

 今だって、ニヤニヤ笑いを隠そうともしない。

 それに

 

「じゃあ、友情の証明として、一つ、上谷が気になるであろう話をしてあげよう」

 

 こちらが聞いていないことも喋り出す。

 

「中原に声をかける奴は増えてはいる。お前のおかげだな」

 

「は?俺のおかげ?」

 

「そりゃあ、中原がお前とつるむ様になってから、日に日に中原から棘が取れていって……って、そんな話をしたいんじゃない」

 

 菅野は額に手を当て、首を振る。

 

「話を戻すけど、中原に声をかけてくる連中は増えたんだよ。あいつは綺麗だし、『話しかけるな』オーラ全開なのに、率先して損な役回りを受け持ったり、色んな人を手伝ったりしてたからな。友人こそ居なかったが、結構好感持ってる奴が元々多かったってことだ。そして、特に声をかけるようになったのがあいつ」

 

 教室内で夕とゴリラと背の高い男の方向を顎で指す。

 

「名前は伊野武(たけし)っていう、サッカー部だ」

 

「へぇ」

 

 部活の情報、必要なのだろうか。

 

「中原も追い払ってはいないみたいだし、危ないんじゃない?」

 

 菅野はニヤついた笑みを浮かべたままだ。

 

「どうなんだろうな」

 

「あれ、思ったよりドライな反応」

 

「まあ、な」

 

 ……昼休みのとき、俺は夕が伊野って男を好きな可能性はあるのではないか?と思ったが、冷静に考えてみると、同性にまだ付き合っていない自分の好きな異性を紹介するとは思いにくい。

 俺が杉原に夕を紹介しなかったように。

 そして今、夕はゴリラ女に伊野を紹介している。

 だから、夕があのサッカー部員を好きな可能性は高くないだろう。

 

「なんだか、焦ってるのか余裕なのかわかんないなぁ」

 

「わからなくて当たり前だろ。お前が俺の内心を知るわけないんだから」

 

 菅野が先程言ったセリフを少し変えて返す。

 

「はは。確かに」

 

 菅野は楽しそうに笑う。

 そこまで会話して、俺はある可能性に気付いた。

 

「お前もしかして、夕のこと好きなのか?」

 

「そんなことない」

 

 即答だった。まるであらかじめ用意していたかのように。

 

「いや……」

 

 菅野は笑いながら首を振る。

 

「今のはちょっとわざとらしかったな、うん」

 

「少しな」

 

「でも、好きじゃないのは本当なんだ。ただ、少し気になるだけ。鉄仮面美少女優等生が、イケメン不良とつるむ様になったら、段々周りに笑顔を見せるようになっていった……って、気にならない方が無理だ」

 

「堂々と俺に突っ込んでくるのはお前ぐらいだけどな」

 

 というか夕の鉄仮面美少女優等生はともかく、俺のイケメン不良ってなんだオイ。

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「というか、お前、夕にもこういう話持ちかけてないだろうな」

 

 菅野はキョトンとする。

 そうしたかと思えば、ニヤリと笑う。言わなきゃよかった。

 

「ま、中原とはこんな話しないよ。友情云々は冗談だとしても、こういう話は男同士でするもんだろ?」

 

「……そうかもな」

 

「というか、話持ちかけたの上谷の方じゃないか」

 

「……ああ、そうだったな」

 

 素で忘れていた。

 

「優夜!」

 

「あ?」

 

 視線を声の元である教室内に向ける。

 夕が俺に気付いたようだ。

 

「じゃ、またな」

 

 菅野はそう言うと、俺の返事を待たずに素早くその場から去っていった。

 ……ま、いっか。

 

「じゃ、私はもう帰るから」

 

 夕がゴリラ女と伊野に別れの挨拶をしている。

 

「じゃあね」

 

「さようなら、中原さん」

 

「ああ」

 

 別れの挨拶を済ますと、俺のところに夕は小走りで向かってくる。

 

「優夜、待たせてすまん」

 

 夕は俺のとこに辿り着くと、まず謝ってきた。

 

「大して待ってないから、気にするな」

 

「そうか。ありがとう」

 

 俺と夕は並んで、廊下を歩き始める。

 

「でも、声をかけてくれても良かったんだぞ?」

 

「話してる最中だったみたいだから、待とうと思って」

 

「……というか、実を言うと、声をかけて欲しかったんだ」

 

「え?」

 

「昼の約束通り、伊野君と飯田さんを引き合わせたのは良いが、脱するタイミングを逸してしまってな。彼らには悪いが『優夜早く来ないかなぁ』って考えてたぐらいだ」

 

「……まぁなぁ……」

 

 頭の中でシミュレーションする。

 人目につかないところに人を呼び出して、数人で囲って脅しつけるボスゴリラ女と一緒に放課後の教室で談笑する。

 ……俺なら1分でギブだろう。

 

「なんというか、お疲れ様……」

 

 それしか言葉が出なかった。

 

「ありがとう」

 

 いつもの明るい夕の笑顔だが、珍しくそこに疲れの色が見えた。

 ……ホント、お疲れ様。

 

 

2014/10/10

 

 文化祭、一週間前

 

「えっと、上谷君、ちょっと今時間良い?」

 

 朝のHRが終わった頃、クラスメイトの女に話しかけられた。

 

「時間ならあるけど、わざわざどうした」

 

「えっと、私の名前ってわかる……?」

 

 何が言いたいんだこの女。

 

「八木瞳(やぎひとみ)だろ。連絡先交換しただろうが」

 

「はうっ」

 

「いきなり英語でどうした」

 

「え?……ああ、疑問詞のhowじゃなくて、上谷君が私の名前を覚えてくれていて、ビックリしたリアクションだよ〜」

 

「お前だって、俺の名前を覚えてるだろうが……」

 

 あんまり喋ったことは無かったが、全体的にノンビリした喋り方する奴として、覚えている。

 

「……」

 

 八木は無言でモジモジしている。

 

「で、何の用だよ」

 

 中々要件が切り出せない八木に対する親切心か、さっさとこの女との会話を切り上げて早く寝たいという睡眠欲か、自分でもわからないまま、八木に助け船を出す。

 

「えっと……」

 

 目が泳いでる。そんなに言いづらいことなのだろうか。

 今度は急かせず、じっと八木を見る。

 

「……よし」

 

 八木の腹は決まったようだ。

 口を大きく開ける。

 

「上谷君、私と文化祭を一緒に過ごしてくれませんか!?」

 

 すごい大声だった。教室中に聞こえるほど。

 

「……」

 

 俺は教室中を見渡す。

 そこに、こっちを見てニヤニヤ笑っている女子の集団がいた。

 ああ、どうせそうだろうとは思ったが、やっぱり

 

「……罰ゲームか、これ?」

 

 おかしいと思ったんだ。最近は多少マシになったとはいえ、学校にまともに来ることすらしない不良を誘うなんて。

 HR直後にどうでもいい俺という不良を誘うことで、クラス中の晒し者になるという罰ゲームなのだろう。

 ……いや、ターゲットは俺の方かもしれない。

 よくマンガとかである『本気にしたの?マヌケ〜』っていうヤツだ。

 ……いや、後者の線はないだろう。

 なぜなら

 

「……ふぇ」

 

 八木は半ベソだ。

 ……可哀想に。

 もしかしたら、この罰ゲームに乗ることが、一番八木にダメージが少なかったかもしれない。

 だけど、考えなしの俺はそれを口に出してしまった。

 だから、俺は

 

「お前、なんか困ってるのか?もし、手伝えることがあったら、手伝うが……」

 

 八木に自分は敵じゃないと伝わるように、なるべく優しげな声を出した。

 

「うわああああぁぁぁぁんんんん!!!!」

 

 八木が泣き叫びながら、走り去っていった。

 ……俺の気持ちは伝わらなかったようだ。

 八木はニヤニヤ笑いを浮かべてる連中のところに走っていく。

 何も自分をいじめてる奴らのとこに行く必要など無いのに……

 そして、その内の一人が八木を優しく抱き止め、なぜかその連中はこちらを睨み始めてきた。

 ……どういうつもりだ。

 俺も睨み返そうとした時、隣の杉原から

 

「最悪だな、君……」

 

 と、心底呆れる声が聞こえてきた。

 

「あ?」

 

 俺は視線を杉原に向ける。

 確かに俺は最善の行動を取れたとは言い難いが、次善ぐらいの行動は取れたつもりだ。

 それを、いくら杉原とはいえ、横から最悪とはなんだ。

 

「あんな一生懸命、君を誘いにきた子に、『罰ゲームか?』だなんて……」

 

 ……ああ、こいつわかってないのか。

 

「あのな……」

 

 と、杉原にいじめについて説明しようとした時、気付いた。

 周りからの視線に。

 それは、ゴミを見る視線だった。

 ……みんな、気付いてないのか?

 そんな、馬鹿な。

 だって、八木あんな風に泣いているのに――

 ……

 俺は生まれつき耳が良い。

 だから、八木と、八木を抱き締める奴の会話を聞き取ることができた。

 

『私、必死でがんばったのに、上谷君がぁ……』

 

『よしよし。あんたは頑張った。あんな男の言ったことなんか気にしないの』

 

『京子ちゃん、ありがとう〜。でも辛いよぉ〜』

 

『よしよし』

 

 ……

 …………

 ………………マジか?

 

「(なんで、八木は仲良くもない俺なんかを誘おうとするんだよ。意味がわからない)」

 

 俺は小声で杉原に聞く。

 

「(そりゃ、八木さんが、君みたいなワルぶってる奴が好みって話なんじゃないのかい?)」

 

 杉原も俺に合わせて声を小さくする。

 普段はバカみたいに声がでかいくせに、空気は読めるのが、杉原の良いところだ。

 

「(なんだ、そのどうしようもない好み!)」

 

 俺は小声で叫ぶ。

 

「(もしかして、中原さんもワルっぽい方なのが好きなのかな……?僕もついにイメチェンのとき……?)」

 

 杉原がこちらを見ずにブチブチと呟く。

 社交的に見えて、時々自分の世界に入って周りが見えなくなるところが、杉原の悪いところだ。

 こいつはもう使えない。

 俺は視線を八木の方に移す。

 八木と八木を抱き締めている女の声が聞こえてくる。

 

『あいつもさ、さっきまでは勘違いしてただけだからさ。もう一回行けば大丈夫だって』

 

『……本当?』

 

『大丈夫。私を信じて』

 

『……うん。もう一回言ってくる』

 

 そう言うと、八木は俺に向かって歩いてきた。半べそかきながら。

 そして、

 

「上谷君、私と文化祭を一緒に過ごしてくれませんか……?」

 

 うるうるした瞳で、先程と同じセリフを繰り返してきた。

 そして、その時俺は見逃さなかった。

 さっきまで、八木を抱き締めていた女がほくそ笑んでいるのを。

 ――ハメられた。

 あの女、俺が悪戯か罰ゲームに勘違いすることを予測してやがった。

 いや、そうなるように、こちらを見てニヤニヤ笑いを浮かべてたのかもしれない。

 もし、俺が最初から八木の言葉を本気に受け取っていたら、普通に断っていただろう。

 だが、八木が涙目で、周りから絶対零度の視線を向けられているこの状況で誘いを断るのは非常に困難だ。

 ……だが、そもそも、俺が『罰ゲームか?』という可能性はそんなに高くない。

 ただ、これはあそこにいる女が予測した、いや予定した複数の道筋の一つなのだろう。

 それを、あの女の勝利を確信した笑みで、理解できた。

 ……確か、あの女、京子と呼ばれていたな。

 名前どころか、顔すらおぼろげにしか覚えていなかったが、もうこれで覚えたからな、なんとか京子。

 

「……」

 

 八木は俺を涙目で見て、俺からの答えを待っている。

 ――俺は七月まで、このクラスには居ないものとして扱われていた。

 それは自分から望んだことだ。後悔など勿論、嫌だと思ったことすらない。

 だが、杉原を始め、色んな奴らと関わるようになって、そのうち何人かは友達と呼べる関係になった。

 俺に対して、嫌悪感剥き出しの視線を向ける奴はまだいるが、それも大分少なくなった。

 有り体に言えば、俺はクラスに居場所ができたということなのだろう。

 そしてそれを、不本意ながら、少し居心地良く感じていた。

 それを今

 

「すまん。もう既に約束した人がいるから、八木とは一緒に文化祭は過ごせない」

 

 自ら捨てた。

 

 

「……ドンマイ」

 

 一限と二限の10分休み。

 眼鏡坊主の田原にそう声をかけられた。

 

「そう言ってくれて、助かる……」

 

 俺は力なく笑う。

 

「いや、あれは上谷が最悪だったって」

 

 今村が引いた目でこちらを見てくる。

 

「他にどうしろって言うんだよ……」

 

「上谷の判断自体はそんなに悪くなかったと俺は思うぞ」

 

 田原は眼鏡をクイッとさせながら俺を庇う。

 おお、お前、そんな良い奴だったんだな……

 

「ま、それはそれとして、結果は最悪だったと思うが」

 

 ニヤリと笑いながら、そんなこと言ってきやがった。

 

「うるさい……」

 

 俺はもうそれしか言えない。

 ……一時限目の前、俺が誘いを断ったあと、結局八木は『そう……』って小さく呟くと、自分の席に大人しく座った。

 肩を震わせながら。

 ……大声で泣かれるのも堪えるが、これもこれでかなり堪えた。

 授業が始まってしばらくしてからは治ったようだが、周りからの冷たい視線は消えなかった。

 そして、今も。

 仕方ない。仕方のないことだわかっているが、

 

「はぁ……」

 

 ため息は、つい出てしまう。

 ……ため息をつきたいのは八木の方だと周りから聞こえてきそうだった。

 俺もそう思う。

 

 

 そんなことがあった日の昼休みで

 

「優夜、女子を一方的にボコボコに殴って泣かせたって話は本当か?」

 

「どこでどう歪んでそうなった」

 

 俺、鬼畜野郎じゃねぇか、それ。

 ……なぜか、ここである男のニヤニヤ笑いを思い出した。

 

「なぁ、それ言ったの菅野か?」

 

「うん。よくわかったな」

 

「菅野ぉぉぉぉぉ………………」

 

 あの野郎、ふざけたこと抜かしやがって………

 

「まぁ、菅野君から初めてこの話を聞いたときは冗談だと思ったが、優夜が女の子を泣かしたって話は複数の人から聞いたんだが、これ、本当か?」

 

「……ああ」

 

 俺は力無く頷く。

 

「……何があった」

 

「今日の朝のHRのあとで……」

 

 俺は何があったのか、説明した。

 

「……そうだったのか」

 

 夕はなんとも言えない表情だ。

 

「お前も俺を蔑めばいい……」

 

「そんなことできるわけないだろう」

 

 夕はちょっと困り顔だ。

 

「君、私との約束を守るために、誘いを断ったのだろう?それなのに、蔑むことなんてできない」

 

 夕は複雑な表情をこちらに向けている。

 

「確かに、お前との約束を守るためだが、お前のためじゃないから、気にすんな」

 

「……すまん。違いがよくわからない」

 

「俺がお前と遊ぶのを楽しみだから、交わした約束だ、って話」

 

「……」

 

「お前は付き合わされているだけなんだから、気にしなくていい」

 

「……」

 

 ……さっきから、段々と夕の機嫌が悪くなってる気がするのだが、気のせいだろうか。

 

「優夜」

 

「はい」

 

 つい姿勢を正してしまう。

 

「君はバカか?」

 

「……」

 

 機嫌が悪いというか、怒ってるような気がする。

 理由は全くわからないので、夕の言葉を否定することができない。

 

「私、君に誘われたときちゃんと言ったよな。『一緒に回ろう。きっと楽しいぞ』って」

 

 ……確かに、夕はそう言っていた。

 でもそんなのは所詮お世辞みたいなもので――

 

「なのに、さっき君はまるで私が嫌々付き合わされるみたいな言い方をした」

 

 ……

 

「私だって楽しみにしてるのに、ちゃんとそれを言えたのに、君はそれを無いものとして扱った」

 

 ……夕は怒ってる。

 そして、その中に

 

「私の気持ちを、無かったことにしないで欲しい」

 

 悲しさが見えた。

 ……

 

「ごめん」

 

 俺は謝ることしかできない。

 そして

 

「それで、ありがとう。俺なんかとの約束を楽しみにしてくれて」

 

 嬉しかった。

 夕がそう思ってくれていて。

 

「……うん」

 

 夕は頷き、柔らかい笑みをこちらに向けてくれた。

 

 

「ところで、件の八木さんというのは、どうういう人なんだ?」

 

 夕は噂の八木がどんな奴か気になったようだ。

 

「……のんびりした奴だよ。『のほほ〜ん』って擬音がめっちゃ似合う奴」

 

 そんな奴を泣かせてしまったのかと思うと、申し訳ない気持ちが大きくなるが、もうどうしようもない。

 

「君を誘った、ということは君と仲良いのか?」

 

「いや。知り合ってそこそこ経つけど、まだ数回しか喋ってない」

 

 本当、なんで俺なんかを誘ってきたのだろう。

 

「ふーん……」

 

「……?」

 

 このとき、夕は納得した表情……というよりもつまらない表情をしたのが、少し気になった。

 

 

2014/10/17

 

 文化祭前日。

 うちのクラスは準備に向けて、やらなきゃいけないことが3つある。

 まずはトランプやルーレット、菓子類などの備品購入。

 あと、看板などの装飾。

 そして、会場設置。

 俺は一番最後の担当に割り振られた。

 と言っても、前述の二つほどやることはない。

 ただ、会場の教室内にベニヤ板を運んで、スペースごとに設置するだけだ。

 

「……」

 

 近くに知り合いはいないので、無言で設置作業を進める。

 

「……ねぇ、あんた」

 

「あ?」

 

 クラスメイトの女に後ろから声をかけられ、振り返る。

 知っている顔だ。

 話したことは一度もないが。

 

「何の用だよ」

 

 なんとか京子だった。

 

「ちょっと話さない?」

 

「作業しながらでいいなら、別に良いけど」

 

 楔を刺して、ベニヤ板を立てる。

 

「というか、私の名前知ってる?」

 

 ……八木と話の切り出し方が同じだな、こいつ。

 もしかして、セリフの一つ一つこいつの指示……?

 ……流石にそれはないか。

 こいつはともかく、八木がそこまで腹芸ができるとは思えない。

 

「下の名前が京子ってことだけ知ってる」

 

「普通逆じゃない?」

 

「八木がお前のことを、京子って呼んでいたから」

 

「なるほどね」

 

 なんとか京子は納得顔で頷く。

 

「私の名前は式山(しきやま)京子。式山って呼んで」

 

「ああ」

 

「それで、本題だけど、なんで瞳の誘いを断ったの、クソ野郎?」

 

 この女、いきなり、ニッコリ笑顔でクソ野郎呼ばわりしてきやがった。

 

「お前だってあの場にいたんだから聞いていただろうが。約束がもうあるんだよ」

 

「そんなの、破ればいいじゃない」

 

「めちゃくちゃだな、おい」

 

「あの状況で瞳を断る方がめちゃくちゃよ」

 

 俺を見る式山の目は憎々しげだ。

 

「あの子を泣かせて……許さない」

 

「……あの事について、八木に責められるのは仕方ないと思うし、他の連中から冷たい視線を投げられるのは納得してるが、お前に責められる筋合いはない」

 

「なんでよ」

 

「お前、俺が二回目の誘いを受けたとき、笑っていただろうが。あの流れと空気、お前の仕込みだったんだろ」

 

「なんだ、気付いていたんだ」

 

「だから、八木が泣いたのはお前のせいでもあるだろうが」

 

「あんたが、断らなきゃいいだけの話でしょ」

 

「ホント、めちゃくちゃだなお前……」

 

 少し、いや大分呆れる。

 

「というかお前、恨み言言ってないで、なんか働けよ」

 

「ふん。贖罪の分、私の分まで働きなさい」

 

「本当なんなんだよ、お前……」

 

 予想以上にめんどくさい奴だな、こいつ……

 

「それで、なんで断ったの?」

 

「さっき答えただろうが」

 

「なんで、先の約束の方を破らなかったって意味よ」

 

「……その約束が大事だったからだ」

 

「ふーん……」

 

 俺はベニヤ板を立てる作業を続けている。

 

「ね、その相手って、中原さん?」

 

「ああ」

 

「なるほどねー……」

 

 式山は俺が作業しているのを眺めている。

 

「これで最後の質問なんだけど、もし、あんたがまだ中原さんと約束してなかったら、瞳の誘いを受けた?」

 

「……」

 

 今まで喋りながらでも滞りなかった作業が、止まった。

 ……夕を誘う前に、八木から誘いを受けた場合か。

 …………

 

「……受けなかっただろうな」

 

 もし八木からの誘いに乗ったら、夕を誘えなくなる。

 

「あの、針のむしろ状態でも?」

 

「……ああ」

 

 俺は、夕のことが好きだから。

 夕と一緒にいたい。

 だから、もし仮に、俺が勇気を出す前に誘われたら、断るだろう。

 もし乗ったら、それは妥協したことになる。

 そんな妥協は誰に対しても失礼だ。

 それに、俺は絶対に諦めたくない。

 どんなに自分が魅力的な人間とは程遠くても、夕と一緒にいることを諦めたくない。

 夕に拒絶されるまでは、俺はがんばっていたい。

 だから、そんな諦めの選択はしないだろう。

 

「……」

 

 俺の言葉を受けて、式山は沈黙している。

 そうだろう。俺の言葉は酷く自分勝手で、八木に知られたら、八木を傷付けるものだ。

 先程の式山の友達想いもとい八木想いの言動を考えば、閉口ものだろう。

 なのに

 

「……これは、あの子には完璧に脈無しだね」

 

「あ?」

 

 式山の声は、なぜか穏やかだった。

 

「別に」

 

 そう言って、教室から出て行こうとする。

 

「どこ行くんだよ」

 

「あんたが居ないところ」

 

 教室のドアを閉めて、消えていった。

 ……今、文化祭の準備中なの、わかってないのかあいつ…………

 

 

2014/10/18

 

 文化祭当日。

 俺は開始時刻から店番だった。

 これは俺の希望だ。

 面倒なことは早めにまとめて終わらせよう、って考えだ。

 

「上谷君、ババ抜きでもやらないかい?」

 

 始まったばかりで客が来なくて暇なのだろう、隣の卓の杉原がババ抜きを誘ってくる。

 俺と杉原はトランプのコーナーの担当だ。

 俺達の仕事はここに客が来たら、ポーカーや大富豪などでもてなすことだ。

 ……実は今の今まで杉原が一緒の担当だと知らなかった。

 知っていたら、少し話が変わったのだが……

 まぁ、良い。どうせまだ来ないだろうし、杉原とババ抜きでもするか。

 その時だった。

 

「優夜。来たぞ」

 

「こんにちは〜」

 

 夕がクラスメイトの友達を連れてきた。

 

「おう。思ったより早かったな」

 

 俺は片手を挙げて応じ、その手でそのまま二人に席に座るよう勧める。

 

「楓(かえで)さんとまず始めにここに来ようと話になってな」

 

 夕は座りながら、答える。

 俺と夕は一緒に文化祭を回る約束をしたが、それはお互いに空いている時間での話だ。

 俺のシフトは既に夕に伝えてあって、友達と一緒にA組に行くとは言っていたが、思った以上に早かった。

 ちなみに、夕のシフトは15時から文化祭終了の16時までだ。

 ……役割は当日になった今でも、教えてもらっていない。

 

「松村(まつむら)楓でーす」

 

 夕の隣にいるチャラめな女子が手を振ってくる。

 

「上谷優夜だ」

 

 一言短く返す。

 

「それで何やる?希望あるか?」

 

「私は特にないかな。楓さんは?」

 

「私も無しー」

 

「じゃ、大富豪で良いか?」

 

「ああ」

 

「良いよー」

 

「……で、お前はどうする?というか何やってんの?」

 

 俺は無視するかどうか悩んだ隣のテーブルを見る。

 そこにはしかめっ面を作って机に足を乗っけている杉原(バカ)がいた。

 マジで何やってんだこいつ。

 

「……僕、いや俺はワルだ、話しかけてこないでくれ……」

 

「「「……」」」

 

 杉原は不良とは言い難い、見るからに大真面目な奴だ。

 それが机に足を乗せ、意味無くしかめっ面を作ってる光景はただただ不気味だった。

 夕と松村は、未確認生物を見るような目で杉原を見ている。

 鏡を見れば、俺も同じ目をしていたことだろう。

 その状態が数秒続くと夕がハッとして、俺に耳打ちをする。

 

「(なぁ、もしかして私と楓さんがここにいるのは都合が悪いのか?)」

 

「(そんなことない。むしろ居て欲しいけど、なんで」

 

 こんな怖い奴がいるところに、一人にしないで欲しい。

 

「(彼、私達が来た時から、あんなしかめっ面になって、机に足を置かなかったか?入り口に入った時点では、彼はそんなことしてなかったように思う)」

 

「(……そういや、そうだな)」

 

「(私達が来たのは、彼にとっては嫌なことなのだろうか……)」

 

「……」

 

 杉原は夕に気があったはずた。

 なのに、なんでこんな特殊な威圧行動に……って考えて、思い出した。

 一週間前、杉原は確かこんなことを言っていた。

 

『もしかして、中原さんもワルっぽい方なのが好きなのかな……?僕もついにイメチェンのとき……?』

 

 ……

 俺は夕から離れ、杉原に体を寄せる。

 

「(お前、もしかしたら、それでワルぶってるつもりかもしれないけど、今のお前は頭のおかしい人にしか見えないから、今すぐやめろ)」

 

「(ふふ。僕のワルっぷりに嫉妬してるのかい?これで中原さんの心を鷲掴みさ!)」

 

「(その夕の顔をよく見てみろ)」

 

「(え?)」

 

 杉原は変なしかめっ面をやめ、夕の方に目を向ける。

 そこには、申し訳なさそうにしている夕の姿が。

 

「……」

 

「(ウケてると思うか?)」

 

「(思わない)」

 

「(じゃ、やめろ)」

 

 杉原はしゅんとして、テーブルから足を下ろす。

 

「で、杉原も大富豪やるか?」

 

「うん……やる……」

 

 こんな小さくなった杉原を初めて見た。

 トランプをシャッフルする。

 

「……」

 

 夕と松村が気まずそうだ。

 そりゃそうだ。今の杉原の態度は、二人が来たことで落ち込んでいるようにしか見えない。それなのに、杉原は一言も発せず、下を見ている。

 仕方ないか……

 

「こいつ、不良っぽくなればかっこよくなるかと思ったんだと。でも、お前のは単に色んな意味で怖いだけだと言ったら、こうなった」

 

 結局俺がカバーすることにした。

 事実を暴露しただけとも言う。

 

「上谷君、なんでそれを言ってしまうんだい!?」

 

 元気になった。良かった。

 

「嫌ってる、って勘違いされるよりマシだろうが」

 

 俺は混ぜたカードを、自分含む四人に配る。

 

「中原夕だ。よろしく」

 

「松村楓だよー」

 

 夕と松村は納得の表情を浮かべ、杉原に向かって挨拶する。

 

「僕は杉原陽太です。よろしく……」

 

 杉原の声はいつも、うるさいうるさい小さくしろ、と思っていたが、いざ小さくなってみると、それはそれで不気味だ。

 というか、夕も今名乗った辺り、杉原の奴、まだ夕に声かけてなかったのかよ。

 ……まぁ、とりあえず、今は遊ぶ時間だ。

 ジャンケンをし、順番を決める。

 俺からだ。

 

「……じゃあ」

 

 まずは無難にダイヤの4

 

 

「ねぇ。私達のクラスの出し物って何か知ってる?」

 

 ゲームが進むと、松村が雑談を振ってきた。

 

「メイド喫茶だろ。確か夕もメイドをやるんだよな?」

 

 俺はカードを出しながら、なんでもないことのように言う。

 

「……!」

 

「え!?」

 

 俺は夕が付いた役職を知らない。

 もし、普通に質問したら、夕に阻まれるだろう。

 これは松村に仕掛けた雑な誘導尋問だ。

 夕は驚き、ついでにバカも釣れたが、問題は松村の反応だ。

 

「その手には乗らないよー。夕から上谷には言わないように口止めされてるからぁ」

 

「チッ」

 

 この手には乗らないか。というより夕、松村に予め口止めしてたのかよ。

 ……夕がこっちを睨みながら、カードを出す。

 

「……優夜、それを聞くのは反則だぞ」

 

「なんのルー……すまん」

 

『なんのルール違反だそれ』って言いたかったが、怖かったので、騙し討ちしようとしたのを素直に謝ることにした。

 ……それにしても、ここまで隠したがる夕の役職ってやっぱり……?

 ……いや、過度な期待は禁物だ、うん。

 

「中原さん、メイドをやるのかい!?あ、パス」

 

「さあ」

 

 俺と夕と松村のやり取りの意味が理解できてない杉原は夕に質問するが、夕はそれを流し、意味有りげに笑ってる。

 これは、どう言う意味だろうか……

 俺は松村が置いたカードの上に重ねながら、考える。

 ……

 

「松村は何をやるんだ?」

 

 ぶっちゃけ興味は無かったが、この流れで松村に聞かないのは、失礼だろう。

 

「私、メイドやるんだー。時間としては夕と一緒かな。パス」

 

「そう」

 

「塩対応がキツイ!」

 

 あれ、結構丁寧に対応したつもりだったんだけどな、何が間違っていたのだろう。

 まぁ、当の松村が笑ってるから良いか。

 杉原がパスし、俺もパスしたので、一旦場が流れる。

 

「やった。あがりだ」

 

 夕は同時に二枚カードを出して、一番始めに抜ける。

 

「大富豪は夕か。せめて富豪は取りたいとこだな」

 

「僕はあと一枚だから、もうすぐあがれるはず……」

 

「……よし、こっち出そ」

 

 松村は、夕が出したカードの上にカードを重ねる。

 

「パス!」

 

 杉原は元気よくパスする。

 

「あがり」

 

 よし、富豪にはなれた。

 

「あー、貧民かー」

 

 そのまま場は流れて、松村が出して貧民で

 

「また、大貧民……」

 

 杉原が三回連続大貧民だ。

 俺はカードの山を取り、シャッフルし、みんなに配る。

 

「それでさ、メイド喫茶やるんだけど、うちでやるのは女子だけじゃないんだよねー」

 

「それってどういう……まさか」

 

「そう。男子もメイドやるんだよー」

 

 ……マジか。

 

「誰が得するんだ、それ」

 

「得っていうか、みんなで損しようって感じ〜」

 

「どういうことだ?」

 

「メイド喫茶が決まった時、一部……というか大多数の女子が『女子だけコスプレしなきゃいけないのはおかしい』って言い出してな」

 

 夕はカードを出しながら言う。

 

「ま、それを言い出したのは私なんだけどねー」

 

 松村がその上にカードを重ねる。

 

「へぇ……」

 

 D組の男共は、女子クラスメイトのメイド姿を見れるようになった代わりに、自分達もコスプレしなきゃいけなくなったわけか。

 

「優夜も同じクラスだったら、優夜のメイド姿見れたのにな……」

 

 夕が割と本気で残念そうな声を出すものだから、ビビる。

『男の俺がコスプレするなら、せめて執事だろ』って言いそうになったが、それを言ったら、いつか執事服を着る羽目になるような気がしたので、口には出さなかった。

 

 

「そろそろ客も増えてきたし、どっか他の所行かない?」

 

 夕達が来て40分近く経ったころ、松村が夕にそう提案した。

 

「そうだな」

 

 夕は周りに視線をやりながら、返事をする。

 

「じゃ、私達もう行くわー」

 

「おう。受付で飴玉もらってこい」

 

 ここで稼いだ架空の通貨は、受付で安い菓子と交換できる。

 

「……じゃあ、優夜。またあとで」

 

「……おう。あとでな」

 

 夕と松村は椅子から立ち上がり、出口に向かった。

 

「……」

 

「……お前、段々と口数少なくなっていたけど、どうした」

 

「なんで、僕、全然勝てないのかな、って……」

 

 杉原は何度か大貧民の座から脱出することができたが、明らかに一番大貧民の数が多かったし、なにより一回も大富豪になれてなかった。

 

「ああ、それか。そりゃあお前、最初にバンバン強いの出したら、弱いのしか手札に残らないだろ。それにお前、一枚しか手札残さないパターンが多いから、そしたら、他のやつは二枚出ししかやらなくなるからじゃないか?」

 

「……なんで、今まで教えてくれなかったんだい……?」

 

「悪い。お前のことそんなに気にしてなかった」

 

 夕達との雑談と、勝つことの両方に集中してたため、杉原に気を配るほど余裕が無かった。

 

「……酷い……」

 

 杉原はかなり落ち込んでいる。

 

「……ごめん」

 

 ……今度から杉原をもっと丁寧に扱おう。

 そう思った。

 

 

 十時半になった。

 もう俺の仕事は終わりだ。

 

「お疲れ様」

 

 次のトランプ担当の田原に労いの言葉をかけられる。

 

「おう。お前もがんばれよ」

 

 俺はそのまま教室に出る。

 そこには

 

「ここまで迎えに来てもらってすまないな」

 

「気にするな」

 

 夕がいた。

 さて。

 

「どこから回る?」

 

 

 夕と一緒に文化祭を回る。

 正直、一緒に歩いてるだけでも気分が浮かれる。

 いつも、帰りはこの廊下を一緒に歩くのに、今は帰るためでなく、二人で遊ぶために歩いている。

 意味合いが少し変わっただけで、感じ方は大分違った。

 

「なぁ、優夜。ここ行ってみないか?」

 

「ん?」

 

 地図を見ていた夕がある場所を指さす。

 

「おばけ屋敷か……」

 

 文化祭の十八番の一つだ。

 

「じゃ、まずそこ行ってみようか」

 

「うん」

 

 おばけ屋敷がある教室に向かおうとした時、近くから怒鳴り声が聞こえた。

 正確には、壁の向こうの教室からだ。

 ……ここは

 

「……すまん。優夜」

 

「わかってる」

 

 一年D組。夕の教室だった。

 

 

 俺と夕は教室に入る。

 そこには杉原とは違って、明らかな不良がそこにいた。

 

「おいおい。俺はメイドを見にきたんだぞ。それなのに男だけとかナメてんのかオイ!!」

 

 ……怒鳴ってる内容はともかく、その不良は体格が良いため、迫力だけは無駄にあった。

 

「ですから、うちは男もメイドをやるってコンセプトなので……」

 

「うるせぇなぁ、女出せや!」

 

 メイド服を着た男に怒鳴り散らす。

 

「……」

 

 夕は無言でその男に近付こうとするが、

 

「おい。お前の方がクソうるせぇよ」

 

 俺の方が早かった。

 

「なんだてめぇ?殴られてぇのか?あ?」

 

「そんなわけねぇだろ、馬鹿。警察呼ぶぞおい」

 

「いきなりサツ呼ぶ奴がいるかよ!つーか、呼んでも来るまでにお前をボコることはできるよなぁ」

 

「はぁ……」

 

 失うものがない馬鹿はこれだから困る。

 さて、どうしようか……

 

「……お前、まさか上谷か?」

 

「あ?だからどうした?」

 

 なんで見ず知らずのこいつが、俺の名前を知っている。

 

「なんで上谷がこんな学校に来てるんだ……?」

 

「なんで知り合い面で話し出してんだ、お前誰だよ」

 

「……そりゃ、覚えてないだろうな」

 

 不良の声が小さくなる。

 そして、よく見てみると、体が微妙に震えていた。

 こいつ、もしかして、俺に怯えている?

 ……ああ、こいつは俺が中学生の頃関わった奴なのだろう。

 このまま怯えて、逃げてくれたら幸いだが、こいつ、全身に力を徐々に入れていやがる。

 このままだと怖がったままこっちに向かってきそうだな……

 どうする……?

 ……いや、こういう場合は一つしか――

 そんな時だった。

 

「すまないが、お引き取りくれないだろうか?」

 

 その一触即発の状況で、夕が何気ない声で不良に声かける。

 それは、水を差すには絶妙なタイミングだった。

 不良の気迫が一気に削がれてるのが、目で見てわかった。

 そして、

 

「……女が出てきて、謝ればいいんだよ、謝れば」

 

 この不良から気迫が無くなれば、あと残ってるのは怯えだけ。

 

「……」

 

 不良は俺をチラリと見て、教室を出ていった。

 ふぅ……

 

「夕、ありがとな。助かった」

 

「こちらこそ、優夜のおかげで助かった」

 

 俺と夕は互いに顔を向け笑う……が

 

「だけど、危ないことはしないで欲しい」

 

 夕は心配そうな表情を浮かべる。

 やはりというか、なんというか、俺が喧嘩を始めようとしてたことに気付いてたみたいだ。

 

「……わかった。気をつける」

 

 喧嘩など、夕に心配させてまで、やりたいことじゃない。

 ……あの時はそれしか選択肢が思いつかなかったが、もっと上手くやるべきだったと少し後悔した。

 

 

「あ、ここに少しだけ寄っていいか?」

 

「うん?良いぞ」

 

 俺と夕はそのままメイド喫茶と化したD組の席につく。

 

「ちょっと喉乾いたからな」

 

「良いと思うが、ここの値段、ぼったくりだぞ?」

 

「自分で言うのか」

 

 夕も自分で言ってておかしかったのか、俺と夕はクスクスと笑う。

 

「ま、お祭りなんてそんなもんか」

 

「だけど、私の連れってことである程度安くはなるから、安心してくれ」

 

「そいつは良かった」

 

 注文するために近くにいたメイドに声をかける。

 いや、正確にはこのメイドに一言声をかけるために寄ったと言っても良い。

 なぜなら

 

「……だめだ。やっぱり笑っちまう」

 

 そこには野次馬野郎改めメイド野郎菅野の姿が。

 

「お前、メイド服結構似合うのな。はははは!!」

 

「上谷の笑いを取れたようで良かったよ」

 

 菅野は何かを諦めたような笑みを浮かべる。

 その表情もまた面白かった。

 

 

 俺と夕は店を5分ほどで、すぐ出た。

 たまたま見かけたメイド服の菅野に少し声かけたかっただけだ。

 それにここにはまたあとで来る。

 

「待たせて悪かったな。じゃ、行こうか、おばけ屋敷」

 

「うん」

 

 俺と夕は一緒に歩こうとするが、もう11時だ。廊下が人で溢れかえっている。

 ……

 

「……逸れそうになるし、手を繋がないか?」

 

 夕がそんなことを言い出した。

 俺は驚く。それは、俺がまさに言おうとして、だが勇気が無くて言い出せないことだった。

 俺の驚く様子を見た夕が

 

「やっぱり……」

 

「……」

 

 夕の言葉を最後まで聞くことなく、俺は無言で、だけど、ぶっきらぼうにではなく丁寧に夕の左手を、右手で取った。

 

「……ぁ」

 

「ほら、早く行こうぜ」

 

「……うん」

 

 俺と夕は手を繋いで歩く。

 夕がどんな顔しているか、俺にはわからない。

 今、夕の顔を見たら、俺の赤い顔を夕に見られてしまうから。

 

 

 数分歩くと、目的のおばけ屋敷に辿り着いた。

 もう逸れる心配はない。俺と夕はどちらともなく、手を離す。

 ……残念に感じているのは、気のせいだろう。

 俺と夕は看板を見上げる。

 そこには『恐怖!ドキドキゴーストパーク!!』と書いてあった。

 なんだこの隠しきれないB級感。(まぁ、学生がやってるので逆に正しいのかもしれないが)

 

「……一周回って、恐怖を感じるタイトルだな、これは」

 

 確かに。

 ただ、そこそこ繁盛しているようで、人も少し並んでいる。

 最後尾に俺と夕は並ぶ。

 

「夕ってこういう、ホラー系好きなのか?」

 

「ホラー系というか、スリルを感じるものが好きだな。ジェットコースターとか」

 

「ああ、なるほど」

 

 ああいうののドキドキ感は、確かに俺も好きだ。

 

「二名様ですか?」

 

 回転率が早いのか、そんなに長く話していないのに順番が回ってきた。

 

「はい」

 

 夕が答える。

 

「わかりました。では、二名様、地獄へご案内〜」

 

 暗い部屋の中に通される。

 

「……行こうか。」

 

「うん」

 

 

 二分後。

 

「……」

 

「……」

 

 俺と夕は暗闇の中の細い道を無言で歩いていた。

 このお化け屋敷に入って、俺達二人とも悲鳴どころか、最初の一言以外何一つ言葉を発さなかった。

 時々『ゔぁぁあわわわぉあ』って言いながら、幽霊だかゾンビだかの格好をした生徒が出てくるが、俺も夕もノーリアクションだった。

 夕はスリル系が好きだと言っていた。

 そしてそれはスリル系に強いってことでもあったのだろう。驚いてる気配が微塵も伝わってこない。

 俺の方は全く驚いていない……ということは無かったが、リアクションを取るほどでは無かった。

 わざとリアクション取るのも考えたが、それは楽しみ方として何か間違っている気がした。

 ……こんなんだから、夕に『変に律儀』と言われるのかもしれない。

 あと、このお化け屋敷のパターンが単調だというのもある。

 歩いてると、あからさまに怪しいところがあって、そこから人が出てきて、大声を上げる。このパターンだけだ。

 まぁ、お化け屋敷でこれ以外のパターンを求める方が難しいのかもしれないが……

 そうこうしてる内に出口が見えた。

 そこで道が二倍ぐらいの太さになっていたのが若干気になったが、そのまま出口に向かって真っ直ぐ道を歩く。

 道の半分ぐらい歩いて、あとはもう出るだけ。

 そう思った時だった。

 

「ゔわあぁぁあああ!」

 

 後ろから叫び声が聞こえてきた。

 その声で俺と夕は勢いよく振り返る。

 そこにはこちらに向かって走ってくるゾンビ(の格好をした生徒)が。

 ……ゾンビが後ろからこっちに向かってくるのかよ!

 今までのパターンとかなり外れてるかつ、気が緩んだ時にやられるのは中々怖い。

 と思ったのと同時に、

 

「「「「ゔあああわぁぁあわわあああ!!」」」」

 

 横の壁から複数のゾンビが出てきた。

 

「「え!?」」

 

 俺と夕の驚く声がハモる。

 そして、その追加されてゾンビ達もこちらに向かって、叫びながら走ってきやがった。

 俺は無言で夕の手を取り、出口に向かって走る。

 出口はすぐそこだったので、そのまま走り抜けた。

 俺と夕は手を離し、互いの顔を見る。

 

「……」

 

「……」

 

「……ははは」

 

「……ふふ」

 

 俺と夕は小さく、だけど体を震えさせながら笑い合う。

 

「最後のやつだけ、飛び抜けてビックリしたんだが、なんだあれ」

 

「私もあれにはびっくりした。つい大きな声を上げてしまった」

 

 俺達はクスクスと笑う。

 

「中々楽しかったな、これ」

 

「ああ。満足だ」

 

 言葉通り、夕は満足げな笑顔を浮かべている。

 俺も同じだろう。

 

「……じゃ、次のとこ行くか」

 

 だからと言って、廊下に突っ立ててもしょうがない。

 

「そうだな」

 

「……じゃ、ほら」

 

 俺はどうとも思ってない顔を作りながら、右手を夕に差し出す。

 夕は俺の手をジッと見つめて、

 

「……うん」

 

 照れ臭そうな笑みを浮かべながら、手を取った。

 

 

「すまん、そろそろ私のシフトの時間だ」

 

「もうそんな時間か?」

 

 俺と夕は、射的ゲームや茶道体験など、結構な数の店を二人で回った。かなり時間が経っていたのだろう。

 時計を見ると、14時半を示していた。

 確かに俺の感覚以上の時間が経ってはいたが、

 

「結構、早めに戻るんだな」

 

 確か夕の時間は15時だったはずだ。

 

「ああ。色々引き継ぎとか準備があるからな。優夜もちゃんと後から来るんだぞ?」

 

 役職は教えてくれてないのに、夕は俺に来るよう念押しする。

 ……ちょっと意地悪したくなった。

 

「さあ、どうだかな。もう疲れたし、自分の教室の控えエリアで寝てるかも」

 

「……………………」

 

「いや、冗談だから。ちゃんと行くから」

 

 こんなことで、夕の悲しそうな顔を見るとは思わなかった。

 夕のその表情を見たら、悪戯心など一瞬で折れてしまった。

 

「……絶対だぞ?」

 

「絶対行く」

 

 俺はいつもより力強く肯定する。

 

「そうか、良かった。じゃ、また後でな」

 

「ああ。後でな」

 

 夕は手を挙げて、D組の方に去って行った。

 俺はそれを見送る。

 ……

 さて、あと三十分、適当に時間を潰すか。

 

 

 50、51、52、53、54、55、56、57、58、59

 60

 15時になった。

 俺は一年D組のドアを開ける。

 教室内を見渡そうとするが、

 

「いらっしゃいませ〜……って上谷じゃん」

 

 その前にメイド姿の松村に声をかけられた。

 

「そういえばお前もこの時間にシフトって言っていたな。お疲れ様。それで、夕はどこだ?」

 

「ここまで清々しいと逆に気持ち良いわぁ」

 

「?」

 

「夕はまだ準備中だから、適当な席に座ってて〜」

 

「……わかった」

 

 松村の言ってることの一部がよく理解できなかったが、とにかく座って待つことにする。

 するとすぐに横で店員が止まる。メニューを取りに来たのだろう。

 俺は顔を上げる。

 そこには

 

「ご、ご注文をどうぞ」

 

 恥ずかしそうにしているメイド姿の夕がいた。

 ……

 …………

 ……………………

 

「……なんか言ってくれ」

 

「めちゃくちゃ可愛い」

 

 予想の時点で大分可愛いだろうと思っていたが、現物は想像の遥か上だった。

 

「そ、そうか?」

 

「ああ。元々綺麗なお前が可愛い服着てるんだから、めちゃくちゃ可愛いのは当たり前だろ」

 

 興奮して、いつもだったら口には出さないようなことも言ってしまう。

 

「ふふ。ありがとう」

 

 夕は、はにかむように笑う。

 

「この服可愛いよな。最初希望出したとき、色々不安だったが、実際着てみたら、大分良い感じだ」

 

 そう言いながら、夕はメイド服の長めのスカートを両手で摘んでその場で軽くひらめかせる。

 ……お前、そんなあざとい仕草をする奴だったか?

 そして、それが凄まじく可愛いんだが?

 ……あれ?

 

「お前、仕方なくメイドになったわけじゃないの?」

 

 さっきの夕の言い方だと、まるで自分から進んでなったかのようだ。

 

「……えっと、それは」

 

「夕は自分から立候補してなったんだよー」

 

 横から松村が口を挟んできた。

 

「ちょっと楓さん!?」

 

「クラスでメイド誰かやるか決めるときに、夕が小さく、でもはっきりと手を挙げたときはクラスみんな驚いたな〜」

 

 そして、言いたいだけ言って去って行った。

 

「……どうして?」

 

 俺は夕に問う。

 夕はそんなに乗り気では無かったはずだ。

 夕は視線を横にズラす。

 

「……君が言ったからだぞ」

 

「え?」

 

「いつもと違う可愛い格好をした私が見たい、って」

 

 夕は頰を赤く染めながら、そう言った。

 

「……」

 

 俺の顔が熱を持つのを感じた。

 確かに、俺はそう言った気がする。

 でも、それを夕が応えてくれるなんて――

 

「……ありがとう。可愛い夕が見れて、すごく嬉しい」

 

 想いをそのまま伝える。

 

「ふふ。期待に添えたようで良かった」

 

 夕は顔は赤いまま、こちらに嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 

 

 夕は俺から注文を取ると、奥へと引っ込んだ。

 

「なぁ」

 

「あ?」

 

 横から声をかけられ、顔をそっちに向ける。

 そこには

 

「……お前、自分のクラスに客として来てんのかよ」

 

 菅野が座っていた。しかも、一人で。

 

「俺の勝手だろ。それより上谷、お前は良い仕事をしたよ」

 

 菅野は夕が消えて行った方向を見ながら言う。

 恐らく、というか絶対夕がメイドのコスプレする動機を作ったことだろう。

 

「別にお前のためじゃねぇ」

 

「ああ、そうだよな。上谷、お前、良い仕事したから、そのままメイドの中原だけ残して、マジで爆死してくれねぇか?」

 

「物騒だなオイ!」

 

 いつもニヤニヤ笑い浮かべてるくせに、こんな時だけ無表情なのが一層怖かった。

 

 

 文化祭終了後、撤収作業は明日なので、HRを受けたら、すぐに帰路に着くことができる。

 そして俺はいつも通り、D組の前の廊下で夕を待っていた。

 ただ、俺が着いた頃にはもうD組のHRは終っていて、クラス委員の夕は文化祭実行委員と後始末について、少し話しているみたいだ。

 それも今終わったようだ。

 教室から夕が出てくる。

 

「優夜。待たせてすまん」

 

「短いし、大丈夫」

 

「良かった」

 

 当たり前だが、夕はいつもの見慣れた制服姿に戻っていた。

 メイド服の夕も可愛かったが、この制服姿の夕も良い。

 要するに、夕が可愛いってだけの話だった。

 

「じゃ、帰ろうか」

 

「うん」

 

 ただ、夕の服装が普段のものに戻ることで、いつもの日常に戻ったことを実感した。

 それは寂しいような嬉しいような、不思議な感覚だった。

 

「なぁ、夕。今日文化祭、楽しかったか?」

 

「ああ。勿論、楽しかった。優夜は?」

 

「勿論、俺もさ」

 

 そう、楽しかった。

 夕との文化祭デート。

 デートなんていうのは、俺の思い上がりかもしれない。だけど、俺はそう思って夕を誘った。

 そして、文化祭で回ってる最中に俺は夕に告白するつもりだった。

 文化祭といういつもとは違う非日常の中でなら、俺は言えると思ったのだ。

 でも、結局言えなかった。

 だって、怖かったから。

 今感じてるこの穏やかな日常が無くなってしまうのが怖かったから。

 そして、日常を守るために、告白しなかったことを、俺は後悔していない。

 そもそも告白して、何の意味があるっていうだ。

 傷付くだけじゃないか。

 今が幸せなら、それで良いじゃないか。

 ……ああ、でも。

 そんなこと言っていたら、一生告げることができない。

 今にも身から溢れ出そうな、この想いを。

 常に感じてるこの感情を。

 だから、いつだろうと同じことだった。

 

「夕」

 

「うん?どうした?」

 

 俺が夕を呼びかけて足を止めると、夕も俺に合わせて足を止めた。

 夕は俺に『どうした?』と聞く。

 だから俺は答えた。

 俺がずっと心の中で思っていることを。

 

「好きだ」

 

「え?」

 

 夕は上手く聞こえなかったのか、聞き返してくる。

 だからもう一度、今度ははっきり言う。

 

 

「俺は夕のことが好きだ」

 

 

 意味がわからない。

 この行為に何の理屈も無い。

 恐怖が無くなったわけじゃない。

 告白したら、今まで大切にしてきた夕と一緒にいれる時間が壊れると思ってるし、夕に俺の気持ちを知らせたことで何の意味も無いと思ってる。

 でも、どうしてだろう。

 伝えられずにはいられなかった。

 俺が持つこの衝動を。

 

「いつからかはわからない」

 

 もしかしたら、初めて会ったあの日から。

 

「お前のことをずっと考えるようになった」

 

 段々と夕を好きな気持ちが大きくなっていって。

 

「お前のことを愛おしいと思うようになった」

 

 夕に恋してるって気付くようになって。

 

「もう一度言うぞ」

 

 いつしか俺は好きな人に、俺の『好き』を伝えずにはいられないほど、『好き』が大きくなった。

 だから、言う。

 

「俺は中原夕のことが好きだ」

 

「……」

 

 夕は沈黙して、俺の目をジッと見ている。

 怖い。

 夕から拒絶の言葉が出るのが、怖い。

 でも、俺は目を逸らさなかった。

 俺の本気の感情を、夕に伝えたかったから。

 

「……」

 

 夕は無言のまま、俺の襟を掴み、そのまま自分の方に引き寄せる。

 そして

 

 夕は俺の口にキスをした。

 

 ……

 10秒ぐらい経った頃だろうか、夕が俺を離す。

 

「……私が今何考えているのか、わかるか?」

 

「さぁ」

 

「『いきなりキスをして、はしたない女だと思われたらどうしよう』だ」

 

「何言ってんだお前」

 

「……なぁ、優夜。さっき言ったことは本当か?」

 

「何が」

 

「私のことを好き、ってヤツだ」

 

「ああ。本当だ」

 

「それは友達として?」

 

「いいや。女として、夕のことが好きだ」

 

「そうか」

 

 夕は俺の目をジッと見つめる。

 

「優夜、言い忘れてたことがある」

 

「なんだよ」

 

「私は君に恋をしている」

 

 ああ。

 

「私も、君のことが好きだ」

 

 好きだ、夕。

 俺は夕の顎を持つ。

 そして、そのまま俺は夕の唇に自分の唇を重ねた。

 ……

 10秒ぐらい経っただろうか、俺の口を、夕の口から離す。

 

「なぁ、夕。俺が今何を考えているかわかるか?」

 

「さぁ」

 

「『いきなりキスして引かれてしまったらどうしよう』だ」

 

「何言ってるんだ君」

 

 俺達はほんの少し前にやったやり取りを繰り返す。

 そしたら、

 

「ははは」

 

 夕が笑い出した。

 

「なんだよ」

 

「いや何。さっきの君の立場になって、やっと君の気持ちがわかってな」

 

 夕はまだ笑ってる。

 

「好きな人からキスして貰って、すごく嬉しいのに、『はしたない』とか『引かれる』とか、本当『何言ってるんだ』って話だな」

 

 確かに。

 

「ははは。そりゃ、確かに笑えるな」

 

「だろ?」

 

 二人でクスクスと笑う。

 ……夕も俺のことを好きだった。

 そんなこと、あり得ないと思っていた。

 でも、夕は俺のことを好きだと、言ってくれた。

 ああ、嬉しい。

 本当に嬉しい。

 好きな人から貰う『好き』がこんなに幸せなものだなんて思わなかった。

 俺はもう一度キスしようとする。

 ただ、思った以上近くに夕の顔があった。

 鼻と鼻がくっつきそうだ。

 夕も俺にキスをしようとしたらしい。

 

「ははは」

 

「ふふ」

 

 お互いそれに気付き、鼻先1センチの距離で再びクスクスと笑い合う。

 そして、三度目のキスをした。

 

 

「あ」

 

「ん?どうした、優夜?」

 

「一つ言い忘れたことある」

 

「……なんだ?」

 

「えっと……」

 

 改めて言わなきゃいけないとなると、なんか照れるな。

 

「夕。俺と付き合ってくれないか?」

 

 夕は目を丸くする。

 

「……なんだよ」

 

「ふふ。君らしいな、って思っただけだ」

 

「なんだそりゃ」

 

「言葉通りの意味さ。というか、君が茶々入れたせいで答え損ねた。もう一回やり直せ」

 

「やり直すモンなのか、こういうのって」

 

「うるさい。もう一回言ってくれ」

 

「……わかったよ…………」

 

 構えてるとこにもう一回言うのは、さっきよりも更に恥ずかしかったが、言うしかない。

 俺は夕の綺麗な瞳をジッと見つめながら、告げる。

 

「夕。俺と付き合ってくれないか?」

 

 夕は俺の告白を聞くと

 

「ああ。勿論」

 

 ニッコリと嬉しそうに笑ってくれた。

 そして、俺と夕は恋人同士になった。

 

 

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