第2話  登校とクラスメイト

 四月の下旬。


 家のそばの電柱に寄りかかり、もうすっかり散ってしまった桜の木を眺めながら、僕は幼馴染がくるのを待っていた。




 真新しい制服のブレザーと肩にかけた鞄の重みには、まだ慣れていない。




(今日もいい天気だなぁ…)




 ぼんやりとそんなことを思っていると、隣の家の扉がガチャリと鳴るのが聞こえた。




 ちらりと入学祝いに買ってもらった腕時計を見ると7時半ジャスト。キッチリしている彼女らしい、いつも通りの登校時間だった。優しげな声色で家の中に向かっていってきます、と声をかけながらも、目線ですぐにこちらに気付き、駆け寄ってくる。




「みーくん、おはよう」




 笑顔で彼女―霧島綾乃は挨拶してくる。僕もすぐにおはよう、と返すが彼女の呼び方には内心苦笑するしかない。


何度もそう呼ぶのはやめてほしいとは言っているのだけど、幼い頃からのあだ名はすぐ変えるのは難しいと言われて、高校一年の今日まで引きずってしまっているのだ…彼女の泣きそうな顔に負けたわけでは断じてない。うん、そうに違いない。




「湊、綾乃、おっはよーう!」




「渚ちゃん、おはよう」




「痛っ!」




 挨拶を交わしている僕達のところに二人目の幼馴染、月野渚が合流してくる。


 挨拶がてらに背後から背中を叩かれため、ちょっと痛い。




「ちょっと力強いよ、渚…」




「あはは、ごめんね」




 パシンと両手を合わせて謝ってくる渚。胸も少し揺れ…ごほんごほん




「まぁいいよ、じゃいこっか」




「うんうん、いこいこー。でも湊さ、いっつも最初に家出てるよね。男の子なんだから可愛い幼馴染に起こしてもらいたいとか思わないの?」




 渚が茶目っ気の混じった笑顔で聞いてくると




「あ、それ私も思ってた。お弁当も自分で作ってるし」




 綾乃はジト目でこんなことを言ってくる。世話好きな彼女はどうも所謂幼馴染のお約束ムーヴに憧れを抱いているらしい…それが嫌だから、早起きしているのだけど。




「人に迷惑かけないのは当然でしょ、高校生になったんだしさ」




「湊は浪漫が分かってないなー」




 渚がやれやれと首を振り、隣で綾乃が楽しそうに微笑む。


 僕―水瀬湊を含めた幼馴染三人の、子供の頃から続くいつも通りの朝の風景だった。






「みんな、おっはよーう!」




 1年B組のドアが勢いよく開けられる。それと同時に渚の大きな声が教室内に響いた。振り返ったクラスメイトたちが笑顔で集まってくる。まだ入学して1ヶ月も経っていないのに彼女はクラスメイトの心をガッチリ掴んだらしい。さすが根っからのリア充JK、と僕は内心舌を巻いていた。




「おはよう渚ー」「綾乃さんもおはよう」「湊くん今日も可愛いねー」




 流れで僕と綾乃も挨拶され、それを返していく…別に僕は可愛くはない、ちょっと中性的な顔ってだけなんだ。だからさりげなく髪を撫でるなんてしないで欲しい。私よりサラサラだー、なんて声はキコエナイキコエナイ




 内心溜息をつきながら窓際にある自分の机に向かう。そこには既に先客がいた。




「うっす、湊」




「おはよう、圭吾」




 僕の席に座る友人、国枝圭吾くにえけいごが笑いながら席をどけてくる。中学時代からの友人は高校デビューとやらでやや短めな髪を茶色に染めていたが、彼の端正な顔によく似合ってると思う。やっぱりイケメンは得だ。




「でも茶髪ってあまりインパクトないよね、この学校そこら辺緩いから他のクラスにもチラホラいるし」




 前の席に座っていた友人、前原健人まえはらけんとがからかうように言う。眼鏡の奥の瞳が意地悪そうに笑っていた。




「いや、俺も派手に金髪でいこうと思ってたんだけどさ。ヤンキーみたいで嫌だって幸子に怒られちゃったし。なにより中学でガチの金髪美少女見ちゃってたからなー。被ったら絶対負けるじゃん…」




 そういいながら圭吾は視線を渚へと向けた。僕もつられてそちらを見る。


 クラスの中心で綺麗な金色の髪が、笑顔とともに輝いていた。

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