ブルーローズのじゃじゃ馬

 グレイスが寄宿学校に入った経緯は、マリアのそれとは似て非なるものであった。


 グレイスは幼少の頃から男勝りの性格で、家臣の子息たちとともに乗馬や撃剣の鍛錬に参加することを好んだ。反面、高貴な女性の嗜みとされた祭事典礼詩歌家政については学ぶことすらいとう有様で、授業を抜け出して城下に出ることも一度や二度ではなかったという。


 長く伸ばせば絹の如くと称えられるであろう黒髪を男子のように短くまとめ、愛馬とともに野を駆ける彼女のことを『ブルーローズのじゃじゃ馬』と呼んだのは誰か。もちろん表だって口にする者はいなかっただろうが、当代においてもその異名は普及していたようだ。


 あるいは剣が全てを解決する戦乱の世であれば、あるいはグレイスが小領主の娘であれば、そのようなあり方も良しとされたのかも知れない。しかし、当時の大陸は陰謀渦巻く政争の時代であり、彼女は帝国に臣従する六王国の一つ、青薔薇の恩寵国の姫君であった。


 貴人の嗜みを知らず、はかりごとを知らず、ただ勇武のみを好む。そのような娘のことを、父である国王はかねて苦々しく思っていた。彼が帝室の後継者問題に積極的に介入するようになると、その思いは憎悪に変わり、娘がお忍びで参加した馬上試合で優勝したとの報を受けたときに爆発した。


処女賢王しょじょけんおう、十三の歳に父王より遊学を命じられる』


 正史にはごくごく簡潔に記されるグレイスのニマオモ寄宿学校入学だが、父王の勘気を買った結果、ほとんど追放同然に身を寄せたというのが実情だったようだ。

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