第4話 体育祭の準備③

 ムカデ競争の練習は、放課後にちょくちょくと行われていた。

 先日の説明会で後からになって知ったのだが、どうやらムカデ競争は同学年他クラスと合わせて六人で一チームらしい。

 そんな大事な説明を担任から受けてはいないが、この際はどうでもいいだろう。別に知ったところでやる競技なんて変わらなかったと思うしな。

 あの体育館にいた連中を考えると、俺らと組むクラスは自然と舞たちのクラスになる。

 今日も五、六限目に行われた全体練習を終え、その場で解散した後、俺はあーちゃんと結花をテントの下に残し、一人体育館教官室へと向かう。

 そこには各種競技に使う道具類が置かれており、放課後は自由にそれらを使って練習をしてもいいことになっている。

 これまでの練習成果としては、まぁまぁな上出来。さすがにガチ勢には負けるだろうが、このままいけば二位も夢ではないかもしれない。

 家に帰ったら何を食べようか……献立を考えながら教官室に入ると、ちょうど川口さんと遭遇した。


「げっ……」

「いきなりその反応は何ですか? 失礼じゃないですか!」


 川口さんは眉間にしわを寄せる。

 たしかに出合い頭にこの反応は失礼だったかもしれない。

 でも、分かってくれ! 無意識的に反応してしまうんだ!

 というのも、最近になって校内にとある同人誌が流布され、ちょっとした話題になった。

 その同人誌はいわゆる……BL本。題名が『俺のマイ・プリンセス!』だったような気がする。

 別にBL本くらいなら流布されたっていい。俺には関係ないことだし、BL好きな腐女子が勝手に盛り上がるだけだからな。

 だけど、昨日の放課後の校舎屋上。誰もいない中、そのBL本を実際に作者である川口さんから見せてもらったのだが、表紙に描かれていた人物に既視感を覚えられずにはいられなかった。

 一人の体躯のいい男が細身で男の娘みたいな子をお姫様抱っこしている。

 まぁ、多少なり見覚えがあるのも気のせいだよなと思いつつ、一ページ目をめくって見た。

 すると、そのページには登場人物の紹介的なことが書かれていて、そこにはなぜか俺と結花の名前が記されている。

 俺はこの瞬間にすべてを悟った。

 だからその後のページは見ずにすぐさまばらばらに引き裂いてやった。

 少しやりすぎたかなとは思ったりしたが、勝手にBLのネタにされた挙句、実名でストーリを書くとかどうにかしている。せめて、名前だけは変えろ!

 自作のBL本を目の前で破かれた川口さんは泣くだろうかと少しは覚悟していたのだが、意外にもあっけらかんとした表情を浮かべ、


『お気に召されなかったようですね』


 と、まさかのポジティブ思考! 俺までがポカーンとしてしまったわ。

 と、こんな出来事が以前にあったのだが……そんな川口さんは懲りずも俺と結花を題材にしたBLのネタ探し。

 以前俺が破り捨てたあのBL本は、腐女子の中で結構評判が良かったらしく、第二弾を書く予定らしい。

 こいつのせいで結花と一緒に居る時、校内の腐女子たちからどんな目で見られていることやら……。


「それで川口さんはなんでここにいるんだ?」


 俺は謝ることをやめ、話を強引に変えた。

 本人の許可もなしにBLを書いているんだ。俺が謝る必要なんてないだろ。むしろ被害者だし、俺の方こそ謝ってほしいくらいだ。

 川口さんは手に持っていたものを胸当たりまでの高さに持ち上げる。


「これを取りに来ていたんです」

「ムカデ競争に使う道具か……。別に川口さんは取りに来なくてもよかったのに」

「いいえ、いつも神崎くんたちに持ってきてもらっているのでせめて早く終わった時くらいは私たちが取りに行こうって決めたんです」


 川口さんは小さく微笑む。

 これまで初めて会った時から何度か顔を合わせるたびに思うけど、川口さんっておしゃれしたら絶対に可愛くなると思う。

 顔のパーツ自体も悪くはなく、逆にいいし、全体的に整っている。

 髪型やメガネを外し、コンタクトに変えれば、あーちゃんと舞に並ぶ美少女になれると思うんだけどな。

 なぜそうしないのか……。自分に自信がないからなのか、それとも別な理由であえて地味な恰好をしているのかはわからない。

 まぁ、かと言って、個人の悩みに足を踏み入れるつもりはさらさらないけどな。

 そうやって、強引的に悩みを引き出すという行為自体、本人のためにはならない。


「神崎くん……」

「ごめんムリ」

「え、ちょっ! 私まだ何も言ってないですよ!」

「何も言わなくても何が言いたいのか、こっちには分かってんだよ」

「じゃあ、私が何を言おうとしたか当ててくださいよ」

「BLのネタにしたいんですけどぉー、最上くんとの進捗状況はー、どうなっていますかぁー? とか、そんなところだろ……」


 俺は川口さんの声真似をしてやった。我ながらに特徴を捉えていて、似ていると思う。

 そんな俺を見ていた川口さんの目は汚物でも見ているかのようなものになっていた。


「なんですかそれ?」


 声に若干とげが含まれているように聞こえる。


「何って、川口さんの声真似だけど? 結構似ていたと思うけどな」

「どこがですか!? 全然似てないですし、私そんなぶりっ子みたいな喋り方してませんよ!」


 どうやら川口さんはお気に召されなかったようだ。

——おっかしいなぁ……。似ていると思ったんだけどなぁ……。

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