第44話 旅行⑤

「あいつら遅くないか?」


 お土産やちょっとした夜食を買いに行ったついでに、どのくらいか館内を探検して帰って来たのだが、部屋にはあーちゃんと舞の姿が見当たらなかった。

 時間帯的にはもうすぐで九時を回ろうとしているところ。

 一体こんな時間帯まで何をしているのやら……。


「まぁ、ここ旅館だし、二人一緒にいると思うから大丈夫でしょ」


 わざわざ探しに行く必要もなさそうだし、案外館内にあるカフェとかで話し込んでいるかもしれない。

 俺はお土産と夜食が入ったビニール袋を卓上の上に置くと、夜食だけを取り出し、お土産をボストンバッグの中にしまい込む。

 お土産は特に迷うことなく、万人ウケしそうなバウムクーヘンにした。

 

「旅行も明日までか……」


 一泊二日の旅行。

 思っていたより、すごく短い。例えるなら、小学校の修学旅行みたいかな?

 やっぱりワクワクしていた分、時間が経過するのが早く感じてしまう。いつもはそう感じないのに。

 とりあえず夜食であるサンドウィッチを手に取ると、包装を開け、片手にペットボトルのお茶を握りしめながら一人寂しくムシャムシャと食べる。

 大勢の利用者が宿泊する旅館だから、夜とか少しうるさいかなと覚悟はしていたのだが、意外と静かだ。

 部屋の中は俺が食べている咀嚼音しか聞こえない。

 やがてサンドウィッチを食べ終えると、歯磨きをしに室内の洗面所へと向かう。その間、あーちゃんと舞は帰ってくる気配はなく、歯を磨く音だけが室内に大きく響いた。


「……寝るか」


 ほどなくして歯も磨き終えた俺は、特にやることもない。

 押入れから布団を取り出すと、机を隅っこの方にどかし、部屋の角の方に布団を敷く。

 このあと、あーちゃんと舞もこの部屋で寝ることを考えると、二人からなるべく離れた方がいいだろう。

 だけど、幼なじみで同年齢の女子と同じ部屋に寝るということを考えただけでもなんというか……語彙力がなくなるけど、ヤバい。

 

「べ、別に俺とあいつらはそんな関係になるわけないし……」


 一瞬変な妄想をしてしまった自分をぶん殴りたい。

 ––––何夢を見ちゃってるんだよ俺。そうなるわけないだろ!

 俺と二人のどちらかが恋人になり、将来的には家庭を築いていくという妄想……非現実的だ!

 俺は布団を敷き終えると、部屋の明かりを消す。

 そして、午後九時半を過ぎたあたりで俺はすぐに深い眠りへとついた。



「すっかり遅くなっちゃったね」


「まぁ仕方ないんじゃない?」


 カフェで舞さんと長らく話し込んでしまい、スマホで時間を確認したら午後十時半過ぎ。ここまで時間が経過していたなんて気づきもしませんでした。

 私と舞さんは音を立てないように廊下を歩き、宿泊している部屋の前に到着します。


「もう寝ちゃってますよね?」


「たぶん。りょーすけ意外と寝るの早いからね」


 私はそっと部屋のドアを開けます。

 すると、中は真っ暗です。やはり舞さんが言っている通りもう寝ている様子です。

 ドアを少しばかり開けたところで、私は音を立てないようにそっと中に入ります。舞さんも同様です。


「とりあえず……豆電球にしますね」


 私は小声でそう言うと、暗い部屋の中でスマホの明かりだけを頼りにスイッチを探して豆電球にします。

 豆電球が着いた瞬間、辺りがぼんやりとしたオレンジ色の光が広がります。

 りょーくんは部屋の角にすやすやと規則正しい寝息を立てていました。


「ち、ちょっと……」


「いいじゃないですか。舞さんだってりょーくんの寝顔見たくないですか?」


「そ、それは……見て、みたい、かも……」


「ですよね? 舞さんも早くこっちに来てください。今しか見れないですよ?」


 私と舞さんはりょーくんが寝ている布団に足音を立てないよう気をつけながら、そ〜と近づきます。

 そして、側まで近づいたところで腰を下ろします。


「可愛い。舞さんもそう思いませんか?」


「う、うん……」


 いつもはかっこいいりょーくんではありますが、寝顔となると子どもみたいに可愛いです。ずっと見てられます。


「舞さん」


「ん?」


「りょーくんって昔から変わっていないと思いませんか?」


 舞さんは急に何を言ってるんだ? というような顔をして私を見つめています。


「私、りょーくんとは小学校に入学する前に離れてしまったからその後のこと知らないんです。舞さんが前に言っていた通り、私には小学校から高校一年生までの間を知りません」


「それを言うならあたしだってそうだよ。りょーすけとは小学校からの付き合いだから、それ以前のことは知らない。逆に訊くけど、小学校以前のりょーすけはどうだったの?」


「今とほとんど変わらないですよ。優しいですし、あえて変わったところを言うのであれば、容姿ぐらいです」


 私はそう言うと、クスッと笑ってしまいました。

 そんな私を見ていた舞さんは唖然とした顔をしています。それもそうですよね。いきなり笑い出すんですから。


「急に笑ってしまってすみません。でも、逆にすごいと思いませんか? 昔からほとんど変わってないって思うと、なんだかおかしく思えちゃって」


「たしかにそうよね」


 舞さんも小さくクスクスと笑い出します。

 

「でも、りょーくんの良いところってそこじゃないですか?」


「まぁ、りょーすけは何もかも平凡だしね。唯一良いところって言ってもいいんじゃない?」


「そうですね」


「そうよ」


 そして、私たちは再びクスクスと笑い合います。

 幼なじみだからこそ分かる、りょーくんの良いところがこれだけっていうのもどうかとは思いますが……。

 やがて笑いが収まると、自然とりょーくんの寝顔に目線が逝ってしまいます。


「そろそろ寝ましょうか」


 私はスマホで時間を確認します。もうすぐで午後十一時です。


「そうね……もう遅いし」


 そう言うと、舞さんは少し名残惜しそうな顔をしながらも、先に歯を磨きに洗面所へと向かいます。


「私も歯を磨こうかな」


 舞さんと同様に名残惜しさはありますが……もう少しだけ……。

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