第37話 水着を買う①

「りょーすけ! りょーすけったら!」


「ああ?」


 花火大会の翌日。

 早朝から外で俺を呼ぶ声が部屋に響いてきた。

 俺は誰だよと思いながら、ベッドからのっそりと起き上がると、そのまま自室のカーテンを少し開け、窓から外を確認する。


「いつまで寝てんのよ!」


 タンクトップにデニムのショートパンツと少し無防備じゃないだろうかというような格好をした舞が自分家の庭で仁王立ちをしながら俺を眺めている。


「いつまでって……まだ朝の十一時だろ」


「何言ってんのよ? もう昼でしょ!」


 俺にとってはまだ朝なんだけどな……。

 

「んで、何の用事なんだよ……」


 俺は眠た気な目を擦りながら、下にいる舞にそう問いかける。

 すると、よくぞ聞いてくれたみたいな顔をして人差し指で俺をビシッと差して、


「今から買い物に行くわよ!」


「…………は?」


「は? って、何よ! な、何か文句でもあるの!?」


「文句しかないんだが……」


 なんで俺がお前の買い物に付き合わされなきゃならないんだよ。一人で行け。


「つ、つべこべ言わずにさっさと準備! じ、じゃないと、花火大会のときにりょーすけに襲われたってみんなに言いふらすからねっ!」


 舞が顔を赤くしながらそう言う。


「お、お前それは酷くねーか?! 助けてやったのにそれはないだろ!」


「そ、それは…………とにかく来い! 準備しろ!」


「駄々をこねる子どもかよ……」


 ということで、仕方なく……非常に仕方なくではあるが、舞の買い物に付き合わされる羽目になってしまった。


「よし……りょーすけに可愛い水着を––––」


「なんか言ったか?」


「な、ななな何も言ってないわよバカっ!」



 すぐさまに準備を済ませた俺は、必要最低限のものだけを持って家を出る。


「男のくせに遅くない?」


 玄関を出ると、そこにはいつもの舞がいた。

 昨日はいかつい男に絡まれたりして、大丈夫かなと少しは心配していたが……なんかバカみたいに思える。


「どこがだよ。無理やり起こされて十分くらいで準備して来たあたり、むしろ普通の男より早いと思うが?」


「そうだね、普通の男より取り柄というものがないあたり早くて当たり前か」


「喧嘩売ってんのか?!」


 なんなんだよ。今日の舞は……いつもより刺々しくないか?

 とりあえず舞が歩き始めたので俺もその横を歩く。


「そんで、今日は何を買いに行くんですか?」


 ぶっきらぼうに尋ねる。


「そうだね……来週は早坂と海に行くことになってるよね?」


「まぁ、メールではそんな話になってはいたが……」


 実際あーちゃんとはそれ以降、連絡を取っていない。

 ただ単に俺が連絡を取っていないというだけで別に連絡がつかないというわけではないが、今日か明日あたりにでも日程の打ち合わせなりをした方が良さそうかもしれない。

 舞は、どこか恥ずかしそうにもじもじとしだす。


「そ、その……今日、あんたを呼んだのはね、み、水着を選んで欲しくて……」


「水着……?」


 反射的に舞の方に顔が向いてしまう。

 舞の顔は若干赤くなっているように見えた。


「なんで俺が……?」


「だ、だって、他に男の子なんていないでしょ!」


「まぁ、たしかに……って、ん?!」


 今更ではあるが、あることに気が付いてしまった。

 海に行くという話なんだが、俺とあーちゃんと舞だけだよな? 男一人に対して、女二人ってどういうことなんだ? ちょっとしたハーレムってやつか?!

 ––––心が踊るな!

 某特撮ヒーローのようなセリフを思い浮かんでしまったが、その通りだ。

 このどこにでもいる平凡な俺にとうとう春が……。


「り、りょーすけ、いきなりどうしたの……なんかキモいんだけど」


 気がつけば、俺はニヤけてた。

 それを見た舞はドン引きしているかのようで、俺から少し距離を取っている。


「あ、す、すまん。わざとじゃないんだ!」


「わざとじゃないって……ますます意味が分からない」


 たしかに……舞の言う通りだ。

 とにもかくにも今の空気を変えなければいけない。

 

「で、話は戻るんだが、水着を買うのか?」


「うん、前の水着はサイズが、ね?」


 サイズ? 

 俺は舞を改めてまじまじと見るが……さほど変わらなくないか? 身長もだけど、胸だって成長––––


「って、イったああああああ?! 急に何すんだよ!」


 なぜか足の甲を思いっきり踏まれた。

 まだ舞の履いている靴がスニーカーっぽいものだったからよかったけど、これがヒールとかになってくると絶対に粉砕骨折していたかもしれない。それくらいの強さだった。


「別に。なんか失礼な視線を感じて、イラっとしたから」


「…………」


 まったくのその通りだったため、俺は何も言い返すことができない。

 

「と、とにかくだな、水着は買わなくてもいいんじゃないか?」


「は? 何言ってるの? 水着にも流行っていうものがあるの! それに乗り遅れた古いものを着ていたら恥ずかしいでしょ!?」


「はぁ……」


 少し自意識過剰やしやせんかい?

 いちいち人の着ている水着を見ている人なんてそうそういないんじゃないか?

 そんなのナンパ師とか変態くらいだろ。

 女子の美意識というものがまったくもって理解できん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る