第16話 一緒に作ろう【3】


 姉の部屋に戻ってからは妙にテンションが上がって、掃除はサクサクと進んだ。

 洗濯物は部屋の中に設置してあった棒に干したんだが、これは使い方これで合ってるのか?

 というか、これだけで収まる感じではなかったので残りはハンガーラックに干す。

 これだけ干しても下着は手をつけていないので、姉の洗濯物の溜めた量についてはお察しだ。

 次に風呂とトイレを掃除。

 姉のなけなしの名誉のために色々と省略するけど、俺はあと二千円くらいもらってもいいんじゃないかな、と思う。

 だいたい肝心の皿洗いだって、皿洗いだけでは済まない。

 いいか、皿が溜まっているという事は、だ。

 洗面台もアレという事だ。

 こちらも姉のなけなしの名誉のために以下略!


「…………百均行こう」


 ワンルーム、一人暮らしには十分な広さかもしれないが収納スペースがクソだ。

 廊下にまで姉の靴が散乱しているので、まず靴を整理出来るグッツとか買ってきた方がいい。

 今更だけど靴箱とかも置いてないんだなぁ。


「俺もこうならないように気をつけよ……」


 姉からもらった三千円で食器を収納出来るグッツとか百均で買ってこよう。

 靴は姉ほど持ってないから大丈夫。

 これから増える予定もないし。


「……よし、まあ、こんなもんかな」


 それにしても、換気も兼ねて窓を開けっ放しだからか背筋がゾワゾワする。

 洗濯物も干し終わってるし、もう閉めていいかな?

 うう、キンキンに冷えた。

 比較的暖かいとは思うんだけどな……。

 戸締りよし、と。


「ん?」


 部屋を出ると、せりなちゃんもなにか皿を持って出てきたところだった。

 そういえば猫の餌を手作りするって言ってたな?


「せりなちゃん」

「あ、コウくん! お掃除終わったの?」

「うん。せりなちゃんは、それ、猫のご飯?」

「そう。犬とか猫用のご飯は手作りするときお塩を使っちゃいけないの。だから簡単なんだよ」

「へえ……?」


 なんでもとりささみを煮込んでほぐし、ご飯とさらに煮込んだ……だけ。らしい。

 マジでシンプル。

 でも、猫や犬は人間の食べるものは塩分が多すぎるからこれでいいのか。

 確かに体の大きさ全然違うから、そういうものなんだろう。

 階段を降りるとゴミ捨て場の前にまだボスがいた。

 まあ、丸くなって寝ていたけど。


「ぬぁー」

「はい、ボス。ご飯持ってきたよ」

「んごぁー」


 ……ボス、独特な泣き声だなぁ。


「あにゃあにゃ」

「カワイー! 食べながら喋ってる!」


 可愛いかな?

 目つきめちゃくちゃ凶悪なままだけど……。


「こんにちは」

「! あ、こ、こんにちは……」

「こんにちは……?」


 後ろから突然聞こえた声に驚いて体を固くする。

 振り返ると、自転車を押して敷地内に入ってくる長谷部さん。

 まだ昼間だけど、帰ってきたのか?

 ……あ、でも先生も卒業式近くて休みが多いのかな?


「ああ、ボス。ご飯もらってたのか」

「んごにゃー」


 声をかけた人間にはきちんと返事をする律儀な野良猫、ボス。

 自転車を停めて戻ってきた長谷部さんは、ボスを眺めてニコニコしてる。

 そういえばせりなちゃんは長谷部さんと面識あるんだろうか?

 ……長谷部さんかっこいいし、まさか……。

 不安に思いつつ、隣を見ると笑顔でお辞儀してた。


「兄がお世話になってます」

「こちらこそ。冬紋くん、ずいぶん元気になったみたいで良かったよ」

「はい」

「!?」


 知り合い!?

 その上「兄がお世話に」!?


「え、あ、え?」

「? あ、ああ! あのね、長谷部先生はお兄ちゃんの担任だった事があるの」

「俺、非正規の派遣扱いだからいつも見ててあげられるわけじゃないんだけどね……」

「そんな事ありません! 兄はとても感謝してました! 真紅さん達以外でお兄ちゃんが信じられる人がいて、本当に良かったです。お兄ちゃん、精神的にちょっと弱い人なので……」

「芸能科はコミュニケーション能力もかなり必要だからね。でも、彼はまだマシだよ。幼馴染の友人が多いから、ちゃんと支えてもらっていて」

「はい」

「???」


 せりなちゃんのお兄さん……俺、会った事ないんだよな。

 芸能科……?

 せりなちゃんのお兄さん、芸能科にいるの?

 あれ? 芸能科があるの東雲……俺が行く予定の学校だけじゃないっけ?


「俺が教えられる事は体の整え方と、心をダメにしていく子を辞めさせてやる事くらいだからなぁ」

「……げ、芸能科の話ですか?」

「そうだよ。あの学科、見た目が華やかだから希望者が多いけど、南雲並みに運動量あってめちゃくちゃ体鍛えるから、ギャップで半分くらい一年の時に辞めていくんだ。向いてない子もいるし、過酷だよ」


 過酷すぎない!?


「……あれ? 幸介くん、具合悪くない?」

「へ? い、いえ?」

「そう? 目が少し潤んでるよ? あと顔が疲れてる。肩も下がってるし……」

「え、いや……あ、姉の部屋の掃除を──……手伝ったからだと思います」


 ……さすがに姉の好きな人に「姉の凄惨な部屋……いや、もはや現場の掃除を弟が金をもらってやりました」とは、言わない方がいいよね?



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