第5話

夕暮れ時、リーシャとアリアは夕食の支度をしていた。今日は畑で取れた葉物と芋を炒めたもの、根菜のスープ。ご近所さんから頂いたチーズだ。


「ねぇリーシャ姉ちゃん、お父さんとお母さんはいつ帰ってくるの?」


リーシャの両親は家族みんなで育てた野菜、母が作った織物、草籠などを山を二つ越えた港町、モンベルまで売りに行っている。近所の家たちと合同で荷を組み、半年に一度大掛かりな行商をしているのだ。


ひと月ほど前に出発し、まだモンベルの街でやっと露店が始まった頃だろう。まだ両親は帰らない。


幼いアリアには、寂しくてたまらない季節なのだ。


「まだひと月前に行ったばかりじゃない。帰ってくるのはまだまだ先よ」


「そっかぁ」


と、うなだれた声を出すアリア。リーシャもアリアくらいの頃は、寂しさに耐えきれず毎晩泣いてロイやライルを困らせたものだった。


「アリア、元気出して。今日は一緒に、抱っこしながら寝てあげるわ」


「だっ!大丈夫だよ。1人で寝られるもん!」


アリアの顔をほのかに染めながら強がる姿に、姉はたまらず頭を撫で回すのであった。




ーーーー


「この家だな」


「はい、間違いありません」


「男手は外出している。今だ」




フードを深く被った二人組が、油を染み込ませた布を取り出し、田舎村の林の前にたたずむ小さな家の裏手で火を放った。


二人組は引火を確認すると、そのまま林へと身を隠し早々にその場から立ち去ったのであった。




ーーーー


「キース、ほどほどに切り上げて、ポーラル村まで行くぞ。馬を用意しろ。」


今日の仕事に目処をつけ、ルイは出かける支度をした。闇猟り事件の後処理が残っている。現行犯で捕まえることのできた輩は一人。少なくともあと二人ほどは共犯がいるとルイは考えていた。


猟りは一人でやっても面白くない。取れたかすめたなどと、共に楽しむ人間が必要だ。


闇猟りの際の弓矢のかけらなど、林をくまなく探し、犯人へと繋がる手がかりを手に入れなければならなかった。


それに、村の娘も心配だ。


犯人を見た娘を、息を潜め隠れる犯人は野放しにしておくだろうか?警護を申し出て、監視する必要があるかもしれない。


それも含めて、早い対応が必要だった。


キースはルイの命を受け、馬の手配、外出の準備をするため、足早にルイの政務室を後にした。




ガタッ!ーーー


バン!ーーバタバタッーーー


「うわっ!...風か。」


今日は時折突風が吹き、ルイの部屋の窓を叩いた。


そこでなぜか、ふと、リーシャの顔が浮かぶ。


「なんだこの胸騒ぎは...」


ルイは得体のしれぬ“何か“を感じていた。


リーシャの身に危険が迫っているー


ただ残念なことに、そこまで思考が追いつくことは無く、ルイ妙な不安をかき消してしまった。




ーーーー




「アリア!!!アリアッー!!!」


リーシャの悲痛な声が響く。喉が裂けんばかりの大声で、大切な妹の名を必死で呼んでいた。


「おねぇちゃーん!」


アリアも体中を震わせ必死に叫ぶ。


火事だ。


なぜこうなったのか、リーシャにも分からない。


夕食は作っていたが、炉は燃え盛ることはなく、チロチロと細く輝くだけだったはずだ。


朝からはりきって掃除をしたものだから、アリアは疲れてしまい、二階の奥の部屋、寝室で「昼寝をする」と横になっていた。


リーシャは夕食作りが一段落し、入口に飾ってある花の手入れをしていた。


部屋の奥のほうから黒い煙があがり、一瞬で焦げ臭い匂いが充満する。それに気が付いた時には炎は柱と化し、うまく二階のアリアの部屋までたどり着けないほどだった。


「どうしてこんなー・・・!アリア!今行くからっ」


「お、おねぇちゃー・・」


リーシャは暑さと恐怖で滝のような汗をかいている。アリアは涙でぐちゃぐちゃだ。


助けを呼びにいく時間は無い。でもきっとこんな大きな火事ならば、兄さんたちが気付きかけつけてくれるはず。


「私はなんとかアリアを連れ出さなくちゃー!」


アリアがいる部屋の前には、もともと脆くなっていた階段の手すりが焼け落ち、炎を広げてしまっていた。ここを超えなければたどり着けない。そして炎がもっと強くなる前に超えなければ。


リーシャは一旦台所に行き水を汲み、全身に冷水をかけると、決死の覚悟で炎の中へと飛び込んだ。




ーーーー




村のものたちは早い段階で火事に気付いた。


村の外れの林の前の家からもくもくと黒煙が上がっている。あそこの家主は行商に出ていて幼い子を含めた四兄妹が暮らしているということも。


「おい!早く村中の人出をかきあつめろ!助けるぞ!」


バケツを持った村人たちが、必死に子供たちを助けようとしていた。


そこへ、兄二人が騒がしさに気付き、自宅から少し離れた畑から帰ってきた。


「なん...だ、これは....。リーシャ!アリア!」


「どうして?!2人はどこに?!リーシャ!アリアーーー!」


目の前で、自分の家が燃えている。近付きたくても炎の勢いで入り口に近くことができない。


まだ二階はさほど燃えていない箇所もある。


まだ間に合う。


ロイは水を運んできてくれていた村人からバケツを受け取り、全身に浴びる。


そこへー...


「何事だ!」


馬に乗り、横にキース。後ろには十数名の騎士団を引き連れ、ルイが王都から村へと到着した。


「団長さん...!助けてください、リーシャとアリアがまだ中に!」


ライルももう立っているだけで精一杯だ。あまりのショッキングな光景に、心が崩壊しそうだった。


「リーシャたちが...?!ロイ!無茶をするな!」


ロイはルイの制止をきかず、中に飛び込もうとしている。


ルイは屈強な騎士団にロイを止めさせると、指示を出し、突入の準備を始めるようキースに命じた。


「家主の方、私たちはルイ王子直属の保安兵騎士団。民のために命を賭して勤める者です。あとはお任せ下さい。」


キースはロイとライルに冷静になるようになだめると、数名の騎士に突入の指示を。残りの騎士には他に突入経路や救出の糸口がないかを調べるように指示をした。


周りの村人たちも、次々にロイとライルに声をかけ、できることがないかと自ら考え動いてくれていた。何度も川を往復し水を汲みに行ったり、リーシャたちが戻った時のためにと毛布などを用意する者もいた。


「頼む...無事でいてくれ...」


ロイとライルは騎士団の言葉を信じ、張り裂けそうな胸をかかえ、燃えてゆく我が家を見つめていた。




《続く》

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