【SF(少し不思議)】寂しがりな宇宙生物は星空を見上げる

【あらすじ】

私は見聞を広めるために遠い星から地球へやってきた。

ヒトに擬態して暮らすものの、どこに行っても私は「変な奴」と言われた。

地球での友達ができず故郷が恋しくなった私は、星を見に海へでかける。

望郷の念が溢れ、とうとう私は故郷の星へ擬態しようと体を巨大化させた。

溶け出した体が海と混じり合い、波が陸地を浸食しようとしたそのとき、灯台に擬態させていた宇宙船がまばゆい光を放った。


★『孤独な宇宙生物は悲しみの海をまとう』の姉妹作品です。

同一の主人公と世界観をもつ作品に、二通りの結末があり、どちらを掲載するか迷ったので両方掲載しています。

(冒頭から「このまますべてが悲しみに呑み込まれてしまえばいいと思った。」まではほぼ同じ文章です。)


相違点は下記の通りです(※ネタバレあり)。

『孤独な宇宙生物は悲しみの海をまとう』

・メリーバッドエンド

・主人公が海で老人と出会う

・主人公は故郷の星へ帰ることを決意する

『寂しがりな宇宙生物は星空を見上げる』

・ハッピーエンド

・序盤にイヌやネコについての記述を追記

・主人公の仲間から通信が入る(老人とは出会わない)

・主人公は仲間のいる宇宙移民船へ向かう


※どちらか片方だけでもお楽しみいただけます。

※小説投稿サイト「ノベルアッププラス」で開催されたGENSEKIコン(『海をまとう』)の参加作品です。現在ノベルアッププラスでは非公開にしています。


――――――――――――――――――


『みなさん、こんにちは。

 お元気ですか? そちらの様子は変わりありませんか?

 こちらは元気にやっています。


 私は今日も「女子高生」というものに擬態して学校に行きました。

 相変わらず地球は変な星です。

 こんなに小さな星なのに、言語が5000~8000種も存在すると言われているんですって。そんなに分けたら不便じゃないかしら。


 それでね、地球の学校にはわざわざ他の言語を学ぶ時間があるの。

 しかも、人間ヒトの寿命を考えるとそれなりに長い時間よ。


 どうしてそんな効率の悪いことをするのかしら、なんて悩んでいたら、うっかり顔がぐにゃりと溶けてしまいました。教室中から悲鳴が上がって驚いたわ。


 全員の記憶を改竄かいざんしているうちに授業時間が終わってしまったから、教師には悪いことをしてしまったかも。

 今日の教訓。ヒトのいる場所では深く考え事をしないこと。


 ところで、私が地球で暮らし始めてから、もうずいぶん長くなります。

 最近「うっかり」が続いているのも、きっと寂しいからだと思います。

 そろそろ故郷に帰りたいのですが、いかがでしょうか?

 故郷の風景や食べ物が恋しいです。みんなに会いたいです。

 どうかお返事をください。待っています。


 今日の通信は以上です。読んでくれてありがとう』


   *


 メッセージの送信を終え、星空を見上げる。

 このあたりの土地は都心に近く、夜でもぼんやり明るくて故郷の星がよく見えない。

 体の奥からツンと寂しい気持ちが込み上げてきて肩がどろりと溶け出す。私は慌ててそれを元の形に戻した。


 私が地球に来てから3287日が経過した。

 活動報告の送信は地球時間で一日一回。これまで一度も欠かさずに送っている。


 最初の頃はたまに返信が届いていたけれど、だんだん間隔がまばらになっていった。

 やがて、気付いたら一通も届かなくなってしまった。

 みんな忙しいのかもしれない。

 それとも、私のことなんてもう忘れてしまったのかな。


 私が地球へやって来たのは、見聞を広めるためだ。

 この星の言葉だと「修学旅行」「社会見学」とか「留学」だろうか。本当はみんな地球に行きたがっていたけど、たまたまクジで選ばれたのが私だった。


 だからこうやって、少しでも地球の様子がわかるようにせっせと活動報告を送っている。

 たとえ返事をもらえなくても。


 地球はとても不思議な星だ。

 まず「海」。水という無色透明の液体がこんなに大量に存在しているというだけでも驚きなのに、海の中にはたくさんの生物がいる。


 海だけじゃなくて、陸にもたくさんの生物がいる。

 小さな星なのに、どうしてこんなに生物がいるのだろう。私が乗ってきた宇宙船と同じくらい大きな生物もいるし、目に見えないほど小さな生物もたくさんいる。


 生物といえば、私はイヌという生物が苦手だ。

 だって、どの個体も私を見るとなぜか気が狂ったように吠えるか、尾尻を股のあいだに挟んで震え出してしまうんだもの。


 犬に比べて、ネコは可愛い。

 大きい目をさらに見開いて、全身の体毛を膨らませて「シャー、シャー」と鳴く。事前の学習ではもっと別の鳴き方をする生物だと思っていたけれど、もしかしたらこの地域のネコはそのように鳴く種類なのかもしれない。


 私は地球上のあらゆる生物に擬態して暮らしてみた。

 鳥や獣、昆虫や樹木、あるいはクジラやイソギンチャクに擬態したこともあった。

 そうしてわかったことは、この星ではヒトという生物が一番幅を利かせているということだった。

 ヒトは他の生物たちと比べて身体能力は著しく劣るけれど、知能が高い。


 地球には以前にも私たちの仲間が滞在していたことがあって、そのときはヒトに擬態して暮らしていた時間が長かったようだ。

 私もその頃の記録を参考にして、ヒトに擬態することにした。


 細長い胴体に、二本の腕と二本の脚。

 頭部をくるむ黒髪。

 そして灰色の「服」が体のほとんどを包んでいる。

 資料によるとこれは「セーラー服」と呼ばれるものらしい。


 以前の仲間と同じ姿に擬態すれば、仲間が私を守ってくれるような気がした。

 ヒトの姿に擬態するようになってからも、イヌにはよく吠えられた。


   *


 地球には不思議で不可解なことが多いが、ヒトの文化はいっそう不可解だ。

 うまく擬態しているつもりでも、周囲からは不審な目を向けられることが多い。

 たとえば、そう、あれはたしか「小学生」というものに擬態していたときのことだった。


 私たちは課外学習で海に来ていた。

 他のクラスが集合写真を撮影しているあいだ、教師の目を盗んで何人かの子どもたちが波打ち際に走っていった。そうするものなのだと思い、私もそれに参加した。


 海岸の近くに、白い灯台がそびえているのが見えた。

 そちらに気を取られているあいだに、予測外のスピードで波が押し寄せてきた。その日は海が荒れていて、海岸には遊泳禁止を知らせる赤い旗が立っていた。


 波打ち際にいた子どもたちは、みんな膝下まで波をかぶって、ズボンもスカートも靴も靴下もびしょ濡れになった。

 彼らは慌てて集合場所へ戻ったのだけど、群れを離れたことがバレて教師にこっぴどく叱られた。

 そのことに不満を持った子どもの一人が私を指して言った。


「なんであいつは叱らないんだよ」

「先生は海に入った子を叱っているんです。勝手に海に入ったら危ないでしょう」

「あいつも海に入ってたよ!」

「嘘をつくんじゃありません。あの子はどこも濡れてないじゃない」

「嘘じゃないもん! 絶対あいつも海に入ってたもん!」


 彼は強情で、譲らなかった。

 このままでは集団行動の予定に遅れが生じてしまう。面倒になった私は彼に催眠術をかけることにした。私の催眠術はとてもシンプルで、目が合った相手に別の記憶を植えつけるというものだ。


 本来は下等な生物をうまく扱うための能力だけど、なぜか地球のヒトには催眠術がよく効いた。特に彼らは、与えられた記憶が真実かどうかは関係なく、自分にとって都合のいいことほどあっさり信じてしまう。


 私と目が合った子どもは「こっち見んなブス!」と吐き捨てて他の仲間のところに走っていった。

 何事かと私の方を見た教師も、子どもたちを叱っていたことなどすっかり忘れて生徒たちを集合写真の撮影場所へ並ぶよう促し始めた。


 海に入れば服が濡れ、しばらく乾かない。

 私はそれを学習した。


   *


 そうやって何度も記憶を上書きしてしまうせいか、私には地球での友達ができなかった。どんなに学習しても、どんなにうまく擬態しても、いつまでも私は「変わった奴」という扱いをされた。


 地球は不可解な星だ。

 地球で暮らす生物はどれも変わっているし、そのなかでもヒトは特に不可解な生物だ。それなのに私のことを「変わった奴」扱いする。

 そのことがとても理不尽だった。


 私は故郷の星へ向けて何度もメッセージを送った。

『寂しいです』

『みんなに会いたいです』

『そろそろ故郷に帰りたいです』

『まだ、私はひとりぼっちで地球にいなくてはなりませんか?』


 でも、3287回の通信に対して、返事が来たのは30よりも少ない。

 みんな、私のことなんて忘れてしまったのかな。

 私が暮らしている場所からは、故郷の星がよく見えない。


 ある日、唐突にそれは起きた。

 望郷の念は堰を切ったように溢れ出し、私の両足をどろどろに溶かし始めた。

 故郷は恋しいけれど、帰ることはできない。

 それならば、せめて故郷の星が見たい。


 もっとよく星が見える場所――そうだ、海に行こう。

 私はそう決心した。


   *


 コウモリに擬態して、まっすぐ海を目指す。

 街の灯りが少しずつ遠ざかり、海に近付くほど星の光がはっきりと輝きを増してゆく。

 眼下に夜の海が広がって、潮風がツンとしたにおいを運んでくる。

 ざわめくような波の音。海岸に幾重もの波が打ち寄せているのが見える。


 海は不思議だ。

 私が地球に来て初めて見たのが海だった。


 ずっと波がうごめいていて、いつ止まるのかと観察していたけれど、片時も止まることがなかった。

 だから私は、海自体が巨大な生物なのではないかと思っている。


 闇夜の中、淡い月光に照らされて灯台が白く浮かび上がる。

 私はその側に降り立った。

 今は灯台に擬態させているが、これはかつて私が地球へ来るときに乗ってきた宇宙船なのだ。


 夜空を見上げれば、きらめくような星空が広がっている。

 故郷の星も――正確には、その近くにある恒星の光も、ここからよく見える。


 天を貫くように、眩い光が駆け抜けてゆく。

 一瞬、灯台の光が故郷の星につながる道をまっすぐ照らしているのが見えた。

 あの道を進んでゆけば、私は故郷の星へ帰ることができる。


 でも、それができないことは知っている。


 あの日、私はみんなが話しているのを聞いてしまった。

 星の近くに生じたブラックホールが以前よりも拡張していて、どうしても避ける方法がないということ。いずれ恒星も惑星も衛星もすべてが恐ろしい重力に呑み込まれて押し潰されてしまうということ。


 遠くの星へ避難しようという話も出た。

 だけど、ブラックホールが拡張する速度は初期に予測されていたよりもずっと深刻で、その魔の手から逃れるほど遠くまで行ける宇宙船はとても頑丈に造らなくてはならない。

 そうして出来上がったのが、たった一人を宇宙のかなたへ送り出して生き延びさせるための船だった。


 みんなはきっと私が適任だと思ったのだろう。

 私は体を小さくするのも大きくするのも得意だし、仲間の誰よりも擬態が上手だから。

 きっと、どこの星に行ってもうまく生き延びると、そう思ったのだろう。


 みんなでクジ引きをして、私が宇宙船に乗ることになった。

 でも本当は、最初から私が選ばれる予定だったのだと思う。

 あのクジは私に罪悪感を抱かせないための嘘だった。


 私が地球に来たのは見聞を広めるためなんかじゃない。

 遠くの星に逃れてみんなの分まで生きて、誰も読まない報告書を送り続ける。

 ただそれだけのために、私は宇宙船に乗って遠い地球まで来た。


 故郷を旅立つ日、私は船の中で自分宛ての手紙を見つけた。

 そこには「我々の分までいろいろなものを見てきてほしい」「お土産話を楽しみにしているよ」「地球での滞在を楽しんでね」などと書かれていた。


 別れの言葉なんて、一言も書かれていなくて。

 だから私は、もう二度と故郷へ帰れないという実感がわかなかった。

 仲間から「帰っておいで」という通信が届くのをいつまでも待っていた。


 ――でも、もう待ちくたびれたよ。


 本当はわかっている。

 故郷の星は、きっとすでにブラックホールに呑まれて消滅してしまったんだ。


 光は一秒間に秒速29万9792キロメートルの速度で進むけれど、それでも広大な宇宙を渡ってくるのには気の遠くなるような時間がかかる。

 今こうして地球から見上げている星の光は、数百光年、あるいは数千光年という距離を旅してようやく届いたものだ。

 だから、そこに光が見えていても、星そのものはすでに存在しない場合だってある。


 ブラックホールは、数万、数億の星を呑み、その終わりには小さな新しい恒星が生まれる。私の故郷の星にはそういう言い伝えがあった。

 そうやって、古い命が消えて新しい命が生まれる。

 だから、滅びは新しい命の始まりだと教えられてきた。

 それなら、私だってみんなと一緒に星に生まれ変わりたかった。


 ひとりは恐い。寂しい。悲しい。帰りたい。

 みんなに会いたい。

 でも、帰ることなんてできない。


 お別れくらい言いたかった。

 今までありがとうって伝えたかった。

 もう二度と会えないんだって、心の準備をさせてほしかった。

 元気でねって言って送り出してくれたみんなの優しさが忘れられない。


 海になんて来なければよかった。

 ただ悲しい現実を思い出しただけだった。


 地球ここでは友達ができなかった。

 それなのに恋人や家族なんてできるわけがない。

 私はこの星でずっと一人ぼっちだった。

 きっと、これから先も。地球で生き続けてゆく限り、ずっとずっと。


   *


 今、私に残されている故郷の星との繋がりは、灯台に擬態させていた宇宙船だけ。

 仲間が残してくれた、生きる希望。

 私だけが生き残ってしまった絶望。


 灯台の前に立ち、外壁にそっと触れる。

 それだけでは足りなくて、私は星々のまたたきに誘われるように自分の体をゆっくりと巨大化させる。そして全身で灯台を抱きしめる。


 悲しみが体の奥から溢れてきて体を溶かしてゆく。

 擬態していた私の体の一部が、足先が、膝が、それを包むセーラー服が、赤いスカーフが、じわりと涙のように溶け出す。

 それは波紋のように少しずつ広がり、やがて海岸線へと向かって広がっていった。


 私の体が海と混じり合う一瞬、海が凪いだ。

 鏡のような海面に夜空の星が映って、まるで宇宙が落ちてきたみたいだ。


 私の悲しみと共鳴するように波がさざめく。

 そのたびに、粉砂糖のように繊細な白い波が舞う。

 海はじわじわと這い上がり、私の体を呑み込もうとする。


 ああ、故郷がブラックホールに呑まれるときもこんな感じだったのかもしれない。

 星を映した冷たい宇宙に全身を覆われ、私は身じろぎもせず悲しみの海をまとう。

 このまますべてが宇宙と混ざり合ってしまえばいいと思った。


 灯台を抱きしめたまま、私はさらに体を巨大化させてゆく。

 もっと大きく。灯台よりも大きく。海よりも大きく。もっと、もっと、もっと。

 手を伸ばしたら月がつかめそう。星にだって手が届くかも。


 そうだ、どうせなら星に、懐かしい故郷の星に擬態しよう。

 海と一体化した私の体は海岸線をゆっくり浸食し、陸の方へ向かう。

 どうせ地球に大切なものはひとつもない。このまますべてが悲しみに呑み込まれてしまえばいいと思った。


   *


 そのとき、ふと灯台がまばゆい光を放った。

 何事が起きたのかわからず呆然とする私の目の前で、灯台に施してあった擬態がゆっくり溶けて本来の姿を取り戻してゆく。

 灯台の中から現れたのは、私が地球へやって来たときに乗ってきた宇宙船だった。

 船は白銀に輝き、その存在感をあますところなく誇示している。


 いったい何が起きたのだろう。

 私は巨大化していた体を慌てて元の大きさに戻し、宇宙船の中に入った。

 すると、通信装置から聞き覚えのある声が響いてきた。


『こんにちは~! お久しぶりね。聞こえてる~?』


 それは間違いなく、故郷の星にいるはずの仲間の声だった。

 通信装置からはさらに声が流れてくる。


『元気してた? こっちはみんな元気よ!』

「…………」


 私は声も出ないほど驚き、そのままズルズルとへたり込んだ。

 一瞬、本当に仲間が通信を送ってきたのかと思った。

 でもそんなわけがない。だってみんなは故郷の星ごとブラックホールに呑み込まれてしまったのだから。

 この通信はきっと、まだ仲間が生きていた頃に送った通信が何かの拍子で遅れて今頃になって届いたのだろう。


『ねぇ、聞いてるなら返事してよ~! こうして話すのって久しぶりじゃない?』


 こっちの気も知らず、通信装置は場違いなほど明るい声を響かせている。


「……はは、本当に久しぶり」


 私は自嘲気味に笑った。

 まさかこんなタイミングで仲間の声が届くだなんて。

 私一人の感情で地球を壊してしまおうとしたことを咎められているような気がした。


『なんだ~、そこにいるんじゃない! 聞こえてるならちゃんと返事してよね~』


 通信装置から予想外の言葉が流れてきた。

 私は思わず立ち上がり、装置を凝視する。

 今、会話が成り立ったような気がしたが、気のせいだろうか。それとも何かの偶然なのだろうか。


「……えっ?」

『ねぇ、元気してる? さっきも言ったけど、こっちはみんな元気よ』

「えっ、うん……。元気、だけど……」

『あら。そのわりには元気なさそうじゃな~い? どうせまた根を詰めすぎたんでしょ。相変わらず真面目ねぇ』


 また会話が成立した。

 いやいや、だってみんなはブラックホールに呑み込まれたはず。


「だ、だって地球のことちゃんと調べなきゃって思って……でも、あの、本当に元気だよ。一日三食とってるし、睡眠もこの星の時間で10時間は寝てるもの」

『あらやだ。一日三食も!? それに10時間って寝過ぎよ、あなた』


 間違いない。

 やっぱり会話が成立している。


「あの……みんな元気なの?」

『そうよ~? さっきからそう言ってるじゃない。ねぇあなた本当に大丈夫なの? ちょっと疲れてるんじゃない?』

「そ、そうかも……」

『まったく、体は大切にしなさいね?』

「うん、ありがと……」


 どういうことだ。

 てっきりみんな死んだと思っていたのに。通信を送ってきている仲間はずいぶんピンピンしている。


『まあ、こっちも何千日も宇宙移民船の中から出れなくて、退屈で死にそうだけどね~』

「宇宙移民船!? なにそれ聞いてない」


 いや本当に聞いてないんだけど。

 なんだそれって感じだ。


『え~? あなた前からぼんやりしたところがあるものね。しっかりなさいよ。私たちの星の近くにブラックホールが出てたのは知ってる?』

「……う、うん」

『そのブラックホールがどんどんでかくなって、もうお手上げってなったからみんなで宇宙移民船に乗り込んで、別の星を探しましょうってなったわけ』


 まさに寝耳に水だった。

 そんな話があっただなんて。

 それじゃあ、みんなブラックホールには呑み込まれずに済んだってこと……?


「えっ、えっ……、みんなだけズルい! 私も乗りたかった!」


 私がこの地球でどれほど寂しい思いをしていたか。

 私だって、みんなと一緒に宇宙移民船に乗りたかった。


『たしかに悪いとは思ってるわよ~。でも、ちゃ~んとクジ引きで決めたじゃない? あなたがハズレを引いたからそうなったんでしょ~?』

「……クジ?」

『ええ、クジよ。覚えてるかしら?』

「……はい。覚えています」


 忘れるわけがない。

 そのクジ引きで選ばれたから、私は地球に来たんだもの。

 私は今までずっと、自分が引いたクジは当たりだと思っていた。

 それがまさかハズレだったとは。


『いやねぇ。あなたまた説明ちゃんと聞いてなかったでしょ。それに船にも手紙を入れておいたのよ』

「えっ、そんな手紙なんて……あ、本当だ」


 よく見ると、宇宙船のマニュアルを入れるところに手紙が入っていた。今まで一度も開けなかった場所だから気付かなかったのも仕方がない。


 手紙には、宇宙をまたぐ大がかりな移民計画について書かれていた。

 ブラックホールから逃れるために、星の住民は宇宙移民船に乗って新たな星を探すということ。そして、選ばれた一名|(つまり私)は、他の星へ行ってその環境について学んでくること。


『それで、ようやく新しい星を見つけたのよ。重力も気候も大気の状態もバッチリなんですって。しかも、今あなたがいるところから近いのよ』


 なるほど、だから通信がこんなに早く届くのか。

 距離があったらこんなにスムーズに会話ができるはずがない。

 ようやく私はそのことに気付いた。


「じゃあ、みんな地球の近くにいるってこと?」

『ええ、同じ銀河系にいるわ。新しい星は地質や生物が地球によく似ているんですって。だからあなたの知識が必要なのよ。座標を送るから、なるべく早く来てくれる?』

「わかった。今からすぐ行く」

『うん。待ってるわ』


 私はすぐに宇宙船の動力を目覚めさせる。

 海の波が白く泡立ち、小さな流星に姿を変えてパチパチと船に当たって弾けてゆく。その衝撃が動力となり、船を夜空へと押し上げる。

 目指すは、仲間たちが待つ宇宙移民船。


「そっちに着くまで通信は繋いだままでもいい?」

『あら~。寂しいの? 会ったらいくらでも話せるわよ』

「そうだよ、寂しいよ。だってずっと一人ぼっちだったんだもの」

『……そうよね。いいわよ。話し相手になってあげる』

「ありがとう」

『じゃあ、地球の話を聞きたいわ』

「うん、わかった。なにから話そうかな……えっと、地球にはイヌっていう恐ろしい生物がいてね……」


 私たちの話し声が、静かな宇宙船の中に響いている。

 孤独な一人旅が、ようやく終わろうとしていた。

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