第12話 FAVさんは妙にこの「女の子」に苛立ちを感じた。

「例えば詞にしてもさ、今しか通じないってのは嫌だな」

「詞ねえ…… そーいえばアナタ詞も書くんだっけ」


 HISAKAは作詞もする。MAVOがすることはほとんどないと先日FAVは聞いた。


「まーね。だから別に今現在の生活が苦しいだの恋愛だの、もちろんそれが悪いっていう訳じゃないけど」

「もの足りないって?」

「そう!」


 それそれ、とパズルのピースが埋まった時のような表情で彼女は言った。


「少なくとも、この国に住んでいる、音楽のできる状況にある人が、生活が苦しいってったって、絶対に職がない、とかそういうんじゃないでしょ。全く職種を選ばなきゃ、何か、あるでしょ。ただ合わないどーのこーのはあるけれど、全く食えないってのはそうそうないじゃない。その中で生活がどーの、と言ったところで、他の国のそういう内容を歌った人と気迫の面で違ってくるもの」

「んじゃ、恋愛ばっかになるのも仕方ねーってことかぁ」

「まぁ一般的には、そうなんでしょうね…… 人間の本能でもあるし」


 あれ、そう言えば、とFAVは不意に気付く。


「HISAKAの詞って、あんまり恋愛恋愛してないね」

「ああ、あたしはそれ、苦手だから」

「苦手?」


 そう言えばそうだったなあ、とFAVは思う。HISAKAの詞というのは、形として恋愛状況に見えても、誰か具体的な対象が見えてくることはない。コトバとしてはひどく抽象的なものだった。


「コトバ、えらく難しくねえ?」

「それが悩みのタネなのよね」


と彼女は笑った。


「ただね、あたし普通の人のよーな恋愛感情っての、どーも欠けてるらしいのよ」

「へ」


 どういう意味、とFAVは問う。


「まあ男で付き合った奴ってのもいなくはないんだけど、どーしてもね、相手に言わせると、まぁよくある台詞で、『俺と音楽とどっちが大事なんだ』と言われたとするじゃない」

「うん」

「FAVさんどう答える?」

「音楽」

「つまり、そういうこと。あたしはそう答えるに決まってるんだけど、そう答えるとむこうさんはまずげんなりする」

「なるほど」


 FAVはすごくよく理解できたような気がした。

 自分だってそうだ。すごく好きな奴でも、音楽を捨てて自分のところへ来いなんて言われたら、百年の恋も冷めてしまう。

 音楽と自分を切り離して生きていけるなんて単純に考えるお馬鹿な奴とやっていける訳がない、とFAVも思う。

 まあその点はイキはなかなか判ってはいる奴だったけど。だけど、もう奴にときめくことはないのだ。


「でも変よねえ」


 HISAKAは続ける。


「不公平じゃない? 男は夢があるからって女を片手間にするくせに、女には他に夢があってもそれを捨てて自分一人を見ろって要求するなんて」

「あ、それ判る」

「でしょー?」

「うーん」

「女は夢なんて持たない動物だって思ってんのかしらねえ」



 他のメンバーにも紹介された。

 打ち上げの時はメイク+衣装だったので、ひどく派手な印象が強かったが、案外平常はそうでもないようだ、とFAVは思った。


 TEARは目をまん丸くして、その後無性に喜んでいた。ハイになりまくっていた。FAVはとてもあの時強引に自分を一気させた奴とは思えなかった。

 TEARは日常でもたいていアクセサリーはつけていて、季節を問わず着ているタンクトップの生地がぱんぱんになっている胸の上に、じゃらじゃらと何連か掛かっている。

 重くはないかと思ってしまうくらいだが、至って本人は平気のようである。

 近目で見ても、格好いい女だとFAVは思った。アルトの声が心地よい。だがその声でいきなり、げたげたと笑うところは気が抜ける。


 P子さんは、最近正式メンバーになったのだという事情を告げると、


「だけど別に何か変わったという訳ではないんですがね」


 そうおっとりと言う。いつも眠そうな目をしている彼女はそのぼーっとした日常とは別人のようにスピーディなギターを弾くのがFAVには信じがたい。


「いや、別に意識してそうしたって訳じゃないんですよ」


 じゃあ何、と聞くと、


「あれに合わせてたら、嫌でもそうなりますって」


と、P子さんは自分たちのリーダーを指した。


「なるほど」

「それにもう一つ理由がありましてねえ」


 P子さんはあくびまじりで続ける。


「HISAKAはギターは弾けないのに、ギター譜まで作ってくるから、ギターの運指とか、常識を無視して書かれているそれを音にすると、あーなっているんですってさ。だけどワタシ譜面読めませんからねぇ。全くあの御仁もよくやってくださる」

「譜面で全部書いてくるのー!?」

「あの人はそれが普通。だからワタシはHISAKAやMAVOちゃんに音を取ってもらってそれを耳コピするんですがね」


 だけど別に困った様子があるようには見られなかった。

 ステージでは真っ赤に飛び跳ねた髪ときついメイクしているのに、どうやらその中身は何があろうがどっしりと座ったままらしい。


 最後にFAVが会ったのがMAVOだった。

 HISAKAは彼女を最後まで隠していたんじゃないか、とFAVが思うくらい、の最初のご対面の日から、ずいぶん長くかかった。だが、他の誰よりも、彼女と会った時がFAVは一番びっくりした。


「は?」

「だからこれがうちのMAVOちゃんだってば」


と言ったのはTEARだった。目の前にいたのは、確かにパツ金の女の子だったが。

 ちょん、とカウチに座った彼女は可愛いワンピースを着ていた。ブランドものの、レースとフリルとリボン満載の総コットンのそれである。金髪とは超ミスマッチである。

 本当にこれがあの時客を煽ったり怒鳴ったり脅していた女かぁ? と、FAVは目を疑ったが、耳は正直だった。声が、確かに本人だということを証明していた。


「こんにちは」


 にっこりと笑って彼女はFAVにむかってあいさつした。手首にやけに大きいブレスレットをしているのが気にかかったが。

 どうやらこの譜面も読める「らしい」MAVO嬢は、HISAKAの家に居候している「らしい」が、そのあたりのところは実際、FAVにはよく判らない。居候というコトバ自体に語弊があるんじゃないかと思うくらいだ。

 紹介されたのは、彼女達のミーティングの日で、場所はHISAKAの家だった。

 この家がまた、二、三人で住んでいるにしては大きい所で、ある部屋には、ピアノがどん、と置いてあるし、ちゃんと「応接間」なるものが存在していたのだ。

 こういう家は、地方の住宅地には珍しいものではないだろう。

 それは、地方の土地持ちのサラリーマンが、ローンでやっと手にするような、そんなものだったのだ。

 だが一室は「スタジオ」と通称しているように、防音された部屋だった。「普通の人」はこういう部屋は持たない。

 ここは一応、やや地方ではあるが、それでも地価の高い、関東地方である。それではこの家を建てただろう、彼女の父親なり母親なりは居るのか、というと、これが、見あたらない。

 どうやらこの家には、HISAKAとMAVO、そしてハウスキーパーのような人の三人しかいない「らしい」。

 HISAKAとMAVOが実の姉妹という話は聞いたことがなかったから、彼女達はただのあかの他人「らしい」。

 あかの他人が三人、一つ屋根の下で暮らしているのだ。

 MAVOは、髪の色以外はひどく「普通」にFAVには見えた。少なくとも、あのステージの女とは、全くの別人にしか見えない。

 そして、ミスマッチではあるが、雰囲気としては間違っていないのだ。そのフリフリのワンピースが。

 黒い髪や、やや軽く色を抜いただけだったら、いっそ彼女達の追っかけをしている少女達の一人と言っても、全く疑われもしないだろう。

 リボンとフリルとレースと、そしてコットン・キャンディの似合うような。九号の服。見ただけで判るサイズ、この国の少女達の、一番多いサイズ。

 FAVは、こういった服は嫌いではない。ただし、自分が着ない、という条件つきだが。

 昔は着る事ができなかった。今は着ても似合わない。


 妙に、この「女の子」に、苛立ちを感じた。

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