7 Swim in the elegy


「なるほど、そういうことだったのか」


エルドレッドはうなずきつつ、話を聞いていた。


処刑屋の事件も落ち着きを見せ、日常に戻りつつある。

彼に仕事を奪われていたクルイたちが活発に動き始めている。


解析班は彼の捜査に追われ、なかなか帰れないようだ。


「ていうか、本当にいなくてよかったよ。マジで」


エルドレッドは封印の騎士団に所属している退魔師だ。

封印の騎士団はいわゆる犯罪者を相手にしない。

ナラカと呼ばれる邪神を取り扱っている。


今回の事件には介入したくてもできなかった。

確かな情報もあまり得られなかったようだ。

モモの話をおもしろそうに聞いていた。


正義感の強い者が多く、エルドレッドも同様によくも悪くも正直者である。

今回の話もその場にいたら、静かな怒りを露にしているのが目に見える。


「退魔師も何人か殺されていたと聞いていたからな。

正直、恐ろしくてしょうがなかったんだ」


「ちょっと待って、誰が言ってたの?」


「あくまでも噂だ。そう簡単にやられるとは思えないが……」


「それも彼の力をアピールするために作った噂話だろうな」


ステラが向かいに座る。

裏方ながら、今回の事件で最も活躍したと聞いている。

自らが囮となって、彼を捕縛したらしい。


「そのまま殺されちゃえばよかったのに」


「えぇ……俺、めっちゃ頑張ったのに」


謎のTシャツも復活し、今日は『ページ数を増やして語彙力で殴る』とあった。

本当に何着持っているのだろうか。

エルドレッドが見た限り、最低でも5着以上は持っているように思える。


「今回の事件、MVPはまちがいなく俺だと思うんだけどなあ」


ステラは不満げに口をとがらせる。

処刑屋に偽物のメールを送り付け、彼を殺するように依頼する。

なるべく早めに殺してほしいと、催促もしておく。


処刑される日にちが決まると、受刑者にメールが届く。

その日の夜になると、強制的に連行され、殺害される。

どこにいても、必ずあの場に連れ出されるらしい。


昼間はただの何もないグラウンドだ。

彼が来る前に、新しい兵器を取り付け、待機していた。

処刑される役となった者が囮となり、待機している者たちはその間に捕縛する。


囮役は、誰にも顔が知られていないと思われるステラに選ばれた。

歯を食いしばって、その場に待機していた。

彼に怯えていたからか、緊張によるものかは分からない。


「被害者たちのリストの中に、退魔師はいなかった。

運よく選ばれなかっただけだと思うよ」


「メール自体は届いてたってこと?」


「それなりにね。俺たちは知らない間に、恨みを買っていたというわけだ」


送り主はこれまで捕まったクルイの関係者だろうか。

そんな都合よく話が進むわけがない。


「あの、その教育機関は本当に存在するんでしょうか?

俺たち並の魔法使いを、生み出すための組織なんて」


「あくまでも推測だから、あまり真に受けないで聞いてほしいんだけど。

そんな場所はないと思われる」


ステラは首を横に振る。


「自分自身を代償にして、願いを一つ叶える。

正直なところ、使いどころがかなり難しい魔法であることには違いない。

そこで思ったんだよ。今の魔法を代償にして、その改良版を生み出すとか、まったく別の魔法を創るとか。そういうことはしていなかったのだろうかと」


仮にも教育機関だ。

魔法の性能を向上させるなど、生徒の能力を伸ばすことが目的のはずだ。


しかし、そのような技術は一切伝授されていないようだ。

彼から聴取している限り、そのような団体と関わりはなさそうだった。


「あるいは、魔法の改造を繰り返して、たどり着いた結果なのかもしれないけどね。

どちらにせよ、目的がまるで見えないんだ」


「少なくとも、報酬金目当てではないということですか?」


エルドレッドは処刑屋が持つ独自魔法を利用して、儲けようとしている詐欺団体があると聞いていた。


複数人による犯行なのは明らかだったから、彼の背後に何かあると思っていた。

これも推測のうちに過ぎないのだろうが、それ以外に考えられなかった。


「むしろ、金に対する欲はまったくと言っていいほどないよ。

あれだけあった報酬金も、必要最低限の金額しか使っていないみたいだし」


「それじゃあ、何のために?」


「それが分かったら、苦労しないんだよ……。

魔法の代償で記憶もほとんど失っているみたいでさ。

まったく話にならないんだ。どうしたもんかね、本当に」


ステラは深いため息をついた。

捜査は難航しているらしく、お手上げに近い状態のようだ。


自分自身の記憶すら消して、彼は何をしたかったのだろうか。

そこまでして、得たいものは何だったのだろうか。

それすら忘れてしまっているかもしれない。


ちゃんとした道をたどっていれば、彼はまっとうな魔法使いになれたのだろうか。

彼に対して、同情に似た何かを抱いていた。


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