#8

 それから二週間。彼の葬儀に参加するため一度島に戻ったり、遺品の整理などして過ごした。彼の死はどう言う経緯か自殺として処理された。良明の両親は泣いていた。小寿は泣けなかった。泣くほど悲しいはずなのに。


 そして、再び小寿は例のマンションの一室を訪れていた。そこには加賀野井、紋田、そしてもう一人、いかにも金持ちそうな三十代の男がいた。加賀野井が真剣な表情で小寿に確認する。


「それじゃあ、本当に協力してくれるんだね?山入端さん。」


「はい。あの力で人を救えるのなら。是非とも。」


 加賀野井は頷くと、男に目配せをして話を続ける。


「では改めて、僕はエンジニアの加賀野井一静かがのいいっせい、彼女はオペレーターの紋田京子もんだきょうこ、そして経済的支援を行ってくれる戸土井灘とどいなだだ。山入端小寿やまのはこじゅさん、ようこそ、F.Y.D.ファイド対策組織ソフトブリテンへ。」


「キミの不思議な能力のことは加賀野井から聞いたよ。夢世界で戦う術のない我々にとってキミはなくてはならない存在だ。ただその、キミはまだ高校生だし、これは非常に危険な役割だ。それでも良かったのかい?」


 小寿はくりくりの大きな目に強い意志を湛えて戸土井を真っ直ぐに見据える。一切の迷いのない、純真で確固たる瞳。


「戸土井灘さん、トド・イ・ナダですか、全と無。すごい名前ですね。私の覚悟は変わりません。私は夢に囚われる人を救いたい。もう二度とF.Y.D.の犠牲者を出したくないんです。」


「わかった。では、よろしく、山入端さん。ちなみに、これ一応本名なんだ。紋田から聞いていたけれど、キミは年齢の割に博識なんだね。」


「こんなのはたまたま本で読んで知っていたにすぎません。私は無知です。」


「小寿ちゃん、これからは戸土井さんが用意してくれた部屋で生活してもらうことになるわ。広くて綺麗な部屋よ。小寿ちゃんも今の部屋にいるよりは、少しは気が楽かなって。」


「ありがとうございます。私はもう大丈夫ですから気を使わなくても結構ですよ。」


 紋田は彼女のその言葉に悲痛な気持ちになった。それを察した加賀野井は慌てて話題を変える。


「ああ、そうだ山入端さん。これ、持って行ってよ。」


 加賀野井は全面がディスプレイになっている円筒形のガジェットをテーブルに置く。それを起動するとディスプレイにドット絵の顔が現れ小寿に挨拶する。


「おはよう。初めまして。キミが小寿か。私はF.Y.D.介入システム。よろしく頼む。」


「プロトタイプを元にキミの楔としての作用データ、そしてキミの武器のデータを参考に完成したF.Y.D.介入システムマーク2だ。夢世界の侵入と夢世界内でのキミのサポートを行えるようにしたよ。」


「うわあすごい、喋るんですね!」


 小寿は興味深々といった体でF.Y.D.介入システムを矯めつ眇めつして眺める。


「キミの武器のように夢世界特有の力を利用した変幻自在のサポートを行えるから役立ててね。」


「あの武器の名前はグラディーヴァです。そう名付けました。」


 それを聞いて戸土井が感心したように言う。


「ヴィルヘルム・イェンゼンの小説か。いい名前だ。ではそいつ、F.Y.D.介入システムの名前はノルベルトなんてどうだい?」


 小寿はぱあっと笑顔を咲かせて喜ぶ。


「いいですね。ノルベルト!よろしくお願いします。」


「了解。今日から私はノルベルトだ。よろしく、小寿。」


* * *


「そんなわけで私はグラディーヴァを使えるようになり、ノルベルトと出会った。」


「ケケ、なるほど、そういう経緯だったのだな。」


「うん。」


 話し切ると小寿は黙ってしまった。ノルベルトは次の言葉を探そうとするが、カリカリと思考時間だけが過ぎていく。やがてノルベルトは観念したように喋りだす。


「小寿。私は人間の感情を解さない。しかしキミの話を聞いていると、回路が焼け付きそうになる。」


「うん。」


 小寿は薄く涙を浮かべる。


「小寿、これは統計的な話だが。キミは泣いていいと思う。」


 すると堰を切ったように小寿の両目からは涙が溢れて止まらなくなった。顔が溶けてしまうほどの涙と鼻水で、自分が今どうなっているのかすらわからない。


「う、う、うええん、うえええん!良明ッ!良明ッ!エッ、エッ……、さ、寂しいよぉぅ!!うええええええん!!!」


 小寿はただひたすらに幼い子供のように声を上げて泣きじゃくる。


「ああ、小寿。堪らないな。電極から火花が散りそうだ。ケケケ、何故私にはキミを慰める為の両腕がないのだろう。」


 小寿は泣いて泣いて泣いて、やがて疲れ切きると深く眠りについた。


* * *


 グラディーヴァは鞭のようにしなり、若い男の左腕を吹き飛ばした。男は後退りをすると右手を傷口に当てて、中身を引きずり出すように手を動かす。すると傷口から小さな左腕が次々に生えてくる。それらは種々様々な銃を持っていて、小寿を狙うと一斉に発射してくる。


 杖に変化させたグラディーヴァをコンタクトマテリアルで回転させ、銃弾を撃ち落とす。だがその攻撃はノルベルトの補助を受けていても苛烈で、それだけで進退窮まる状況となってしまった。


「あんた!俺のことはいい、逃げるんだ!女の子が戦う姿なんて見てらんねえよ!」


「ご心配は無用です!あなたのことは私が守ります!」


「あんた、俺の娘くらいの年齢だよな?ダメダメ、相手が危険だろうが俺が前に出るよ!お嬢ちゃんがやられちまうのを見るよりは俺が死ぬほうがずっといい!」


「勇気があるんですね、でも大丈夫、私は思っているよりも強いですよ!」


 小寿は限界まで加速すると銃弾に回り込むように若い男に距離を詰める。彼は素早く反応し、右手に持つナイフで太刀状のグラディーヴァと切り結ぶ。


「お前は何故俺を狙うのだ。俺はそこの男に用があるだけだ。この場所の主に。」


「あなたが彼にどのような用があるのかは知りませんが、それとは関係なく、私はあなたの命を奪う。」


「俺はこの世界で生まれた。ただ生きたいだけだ。だが、俺の衝動がその男を消そうとしている。恐らくこれは俺のレーゾン・デートルだ。譲ることができない。」


「そうでしょう。すみません、私は、あなたに恨みはありません。しかし私はあなたのその存在理由を否定する必要があるのです。」


「それはあんたの生きる意味か。」


「……そうです。」


「そうか。」


 若い男はそれだけ言うと右手のナイフを腕の付け根に刺すと、骨がないかのようにぐにゃりと腕を曲げて、自らの右腕を半分に割った。すると腕は二本になり、その両方の手にナイフを持つ。二つ右手の斬撃、無数の左手の銃撃による手数は激しい。


 小寿は瞬きもせずにそれらの攻撃を確実に捌いていく。後ろで男があんぐりと口を開けて二人の攻防を見ている。入り込む余地のない、現実味のない戦いを前に為す術もない。しかし人智を超えた驚異を前に、背の低い少女の堂々とした立ち居振る舞いを男は美しいと感じた。


 誰もいない街の広い道路の真ん中で小寿と若い男は切り結び続ける。小寿の攻撃は強力な衝撃波を伴うが、そのどれもが右手によって軸ごと逸らされてしまう、的確な防御。直線的な攻撃は決め手に欠ける。


 小寿は鎌に変形させると首を狙う。男の右手はそれをナイフで防いだが、鎌は三節棍のように関節を外し、男に絡まると、鎌の刃はガッチリと首を捉えた。


 若い男は激しく攻撃を行っていた両の手を下げ、小寿を真っ直ぐに見つめて言う。


「お前の存在理由の方が強い。やれ。」


 小寿はグラディーヴァを引く。すると若い男の首は空高く飛んだ。首元から血の雨を降らせる。グラディーヴァは手元に戻ると和傘に変形し、その雨を受けた。赤い小糠雨が周囲に降り注ぎ、道路に放置されている車も、標識も、信号も、乳母車も、みんな赤く塗りつぶされていく。そして小寿は男の側に寄ると、真っ赤になった彼を立たせる。


「あんたは凄いな。まるで特撮映画かなにかのようだった。」


「無事で良かったです。家に帰ったら娘さんを大事にしてあげてください。」


「ああ、ありがとう。キミ、名前は?」


 赤い雨による血煙の向こうで少女が微笑んで答える。


「私は山入端小寿。夢の請負人です。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る