【タイムマシンに乗って】


 失恋をした。もうこれ以上、生きていたくない。けれど、痛いのも怖いのも嫌だ。だから私は、タイムマシンに乗って過去に戻り、両親の出会いをぶち壊すことにした。私は私の存在を消すのだ。


 両親に聞いた話だと、2人の出会いは大学生の頃。母親の猛アタックに、父親がやられたとのこと。まずは、父親が一人暮らししていたアパートにでも行ってみるか。


 その日は大雨なのに、傘もささずに母親が父親のアパートの前で立っていた。え?なにこれ。待っても待っても父親は帰ってこない。2時間ほど経って、ようやく父親がバイト先の居酒屋から帰ってきたようだ。


よし、邪魔するために、父親と母親を出会わさないようにしないt……


「お巡りさん、こいつです」


 警察と共に来た父親は、母親を指さしてブルブル震えていた。


「こいつがストーカーです!!」


 なんてことだ。母親はストーカーだった。衝撃の事実に立ち尽くしながら、私は様子を伺った。


「失礼ね、ダイちゃん。この愛は本物よ」

「やめてくれよおおお!毎日毎日、手作りのお弁当持って大学にくるわ、俺の友人全員と仲良くなって俺との仲取り持つように仕向けるわ、プロポーズする時並の薔薇持って、バイト先にくるわ、お前はイタリア人かよ!」


「あ、電気代とガス代払っておいたわよ」

「え?マジ?今月ピンチだったんだよ、ありがとう」

「愛してるって言えば、来月の分も払ってあげるわよ」

「愛してる!!」


 警察はポカンと口を開けて、その後何も言わずに去っていった。イタズラか、痴話喧嘩と思われたようだ。


「ダイちゃん、今日は帰るわね。雨に2時間も打たれたから、寒くなってきたわ。風邪を引きそう」

「早く帰って、熱い湯に浸かって、暖かいベットで眠りやがれ!!」



 父親は早くに祖父を亡くし、祖母が一人で町工場を経営しながら、父親を育てたと聞いていた。父親は、その後美大に進み、今はイラストレーターをしているのだが、仕送りも貰わず、学費も自分で工面していたと言っていた。そうか……貧乏だったんだ。


 次の日、父親が昼間働いている、全国展開のコーヒーショップに行ってみた。なんとか2人を破局させないと。父親はレジで注文を取って、コーヒーを作ってはお客さんに渡すという作業を、必死でこなしていた。とりあえず、私の顔でも覚えてもらって、母親のような人間だけはやめておけ、と注意するか。


「いらっしゃいませ!ご注文をどうぞ!」

 端正な顔立ちで、太陽のような笑顔で、ハキハキと言われて、私が恋をしそうになる。

ちょっかいかけてみるか。


「お兄さん笑顔が素敵ですね」

「ありがとうございます!」

 渡されたコーヒーのプラスチックのカップには、父親の連絡先らしきものが書かれていた。


あれ?


「ダイちゃあん。来たわよお」


 母親とは違う女が、レジで父親にしなだりかかる。


「ここではなんだから、バイト終わるまで待っててくれよ」

 うーわー。なんてことだ。父親はスケコマシだった。なんだこの両親。くそかな?


「いらっしゃいませ……あ……」


 母親がきた。


「ゴチュウモンハナニニナサイマスカ」

「そうね、貴方を一人。お持ち帰り、永久保証書つけてくれる?」

「ヨクキコエマセンデシタ」

「いつもの」

「キャラメルフラペチーノでございますね!ありがとうございます」


 母親は、さっき父親にしなだりかかっていた女のところへ真っ直ぐ歩いて行って、キャラメルフラペチーノを女の頭にぶちまけた。

 こいつ、マジで狂ってやがる。


「ちょっと何するのよ!」

「ごめんなさい!手が滑ってしまいまして!これ、少ないですけどクリーニング代です」


 女に札束を握らせる。


「え?あ、はい。」

「ついでにダイちゃんと別れてくれたら、これの10倍出します」

「別れます」


 お金って偉大だよね。


 次の日、父親は病院に居た。祖母が病気で入院しており、もうそんなに長くないと医者から告げられていた。ベンチで落ち込む父親の横に母親が座った。


「入院費用、かなりかかっていると聞きましたが」

「これは俺の問題だし、母親の最後は俺が看取るよ。手は出すなよ」

「分かりました。アメリカから名医を連れてきます」

「お前ってなんでそこまで俺のこと好きなの?」


「貴方が存在してるから好きです」

「貴方がこの世に生まれてきたから好きです」

「貴方が笑うから好きです」

「貴方の顔が好きです」

「貴方の声が好きです」

「貴方の骨ばった体が目的です」

「貴方との子供が欲しいから好きです」


 母親はスラスラと答えた。


 次の日、祖母が亡くなった。

 お通夜には父親と、祖母の会社の従業員が数人。親族は居なかった。母親は父親の隣で、泣きながら祖母に手を合わせていた。


「なんでお前が泣くんだよ」

「ダイちゃんを生んでくれた人が亡くなったからです」


「あーもう。化粧とれて美人が台無しだぞ」

「すっぴんの私でも愛してください」

「わかったよ。結婚しよう」

「え?」

 母親はまた泣き出した。


 母親が外でコーヒーを飲みながら休憩していたので話しかけた。

「こんばんは」

「あら、貴方ウチの亭主に似てるわね」


 もう亭主かよ。


「お葬式ですか」

「そう。大切な人の大切な人が亡くなったの」

「私は失恋して、毎日死にたいと考えているのですけれど、これって間違っているのでしょうか」

「諦めたの?」

「はい」

「私は諦められるほど強くなかった。あなたは強いから、絶対に次の恋を見つけて幸せになれると思う。大丈夫よ」

「ありがとうございます」


 私は現代に帰った。


「あ、帰ってきたのか。お風呂湧いてるよ」

 父親が優しい声で私に言った。


「あの、彼の事は残念だったけど、その……」

「お父さん、大丈夫よ。もう吹っ切れた。」

「そ、そうか」

「お母さんに手を合わせてくるね」


 遺影に手を合わせながら、私は次の恋を見つけて幸せになることを誓った。母さんみたいに強気でいくね。遺影の中の母親は悪戯いたずらっぽく笑った。

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