第四章 ④
十歳にも満たぬ外見だった。リジェッタと比べ、頭二つ分は背が低い。肌は白くも健康的な赤みが差し、濃い白銀の髪は無数の縦ロールを築いている。そこに統一感はなかった。倒木に生えるキノコのごとく、好き勝手に生えている。それが肩から膝までずーっと続いていた。
瞼は閉じられ、上から赤いリボンが巻かれていた。結び目は、右耳の上で〝ちょうちょ〟を描いている。
着ているのは、真紅のドレスと軽鎧を組み合わせた戦闘用の礼装だった。コンセプトはリジェッタの服と良く似ている。
リジェッタとジャックスは広場の端にある木製のベンチに並んで座った。
「毎度毎度済まぬな《偽竜》よ。汝からの助力は民達の大いなる糧となろう」
「これも弱き者達のためです。それで、あの土地は使えそうですか?」
「汝が狼男を全滅させてくれたお陰で、それなりの目途がついている。《黒狗》も良く働いているよ」
「それは安心しました」
化け物を討伐して『はい、終わり』ではない。
むしろ、ここからが大変だった。
「あそこに工場を造る。製鉄、力織機、食品加工、なんでもいい。そうすれば、ここにいる者達に仕事を与えられる。過去の汚点である奴隷業ではない。正しく働き、正当な金を得る。そうすれば、ここを貧困窟と呼ぶ者は誰もいなくなるだろう」
「本来なら、政治家の方達がおこなうべきなのでしょうね」
「なにを決めるのにも中央区の言い成りになっているような操り人形に、人の心など分からんだろうな。まこと、度し難いことである」
ジャックスが大きな溜め息を吐いた。マフィアとは、なにも暴力だけの存在ではない。裏から街を支えるのも、彼女達の〝義務〟だった。
「あそこに狼男を放った連中については、なにか掴めたのですか? あれは元人間というわけではありませんでした。誰かが外から連れてわざと繁殖させたに違いません。おそらくは、サウスエリアの方々でしょう。ディーベンス第四法王の傀儡が、また増えたのでしょうね」
「ふっふっふっ。南からは恨み言を山のように年中受け取っているな。まあ、近いうちにプレゼントでも送ろうか。とびっきりに極上な物を」
「私、ケーキを飾るのは得意ですわ」
「そうか? 汝の場合は黒焦げにするから穴だらけにするかのどちらしか出来ないと想っていたよ」
「あら、私だって赤と黒以外のトッピングを知っていますのよ。緑と青の斑模様ですわ」
「……うむ。まあ、気持ちだけ受け取っておくである」
神妙な顔でジャックスがうなった。リジェッタは、なにか変なことを言ってしまっただろうかと首を傾げた。
「ところで《魔狼》」
「なんだ《偽竜》」
「パーティーを開いてもよろしいですか?」
軽い口調だった。
パーティーはパーティーでも、家でクラッカーにチョコクリームを塗って楽しむ程度の口調だった。リジェッタとジャックス。事情を知らぬ者からすれば、お姉ちゃん代わりの親戚が女の子を誘う光景に見えただろう。それは、とても微笑ましいものだった。
狼はすぐに答えなかった。ジャックスが、美味しそうに鶏の腿肉にかぶりつく子供達へとリボンを向けた。閉じた目で、いったいなにが見えているのか。その横顔は、とても穏やかだった。
「どこで?」
「飛蜥蜴が住まう城で」
「料理は誰が?」
「私が」
「演奏は誰が?」
「私が」
「演出は誰が?」
「私が」
パーティーの段取りを二人で確認する。両者とも、表情に険しさの欠片もなかった。だからこそ、周囲の者達は誰も気付かない。
いや、一部の修道女だけ住民に奉仕しつつもチラチラと二人を観察していた。まるで、いつ沸騰してもおかしくない大鍋がそこにあるかのように。
「楽しそうだな」
「ええ、楽しいものになるでしょう」
だから、とリジェッタが言いかけ、先にジャックスが口を開いた。その目はなにも見えずとも、はっきりと見えていた。
「我らは、弱き者達のために戦わねばならん」
いつの間にか、ジャックスの姿がベンチから消えていた。まるで瞬間移動でもしたかのように、遠くに立っていた。
前を見ていなかった子供が一人、足をもつれさせる。転ぶ寸前、ジャックスが子供の身体を支えた。
「ふふふ。注意するである」
子供には右腕がなかった。
それは、手術によって切断された。しかし、怪我でも病気でもない。
売るために、子供は腕を失った。
魔造手術の技術進化により、医療の水準は大幅に向上した。それに伴い、献血や臓器移植は手堅い〝商売〟となっている。肉体による労働で金を得るのではなく、肉体そのもので金を得るのだ。
リジェッタの目の前を通った中年女性は、片目がなかった。向こうの若い男は左足がなかった。五体満足の人間の方が珍しいほどだった。貧困の巣窟。ここは本当に、貧しい。レストランで好きなだけ飲み食いが出来る人間など、ほんの一握りだ。
仕事がないから、肉体を売って金にする。だが、肉体を失えば仕事にありつけない。仕事がないから、また肉体を売る。不幸な螺旋は負の底へ底へと回り落ちるのだ。
「《偽竜》よ」
また、隣にジャックスが戻った。
いつ座ったのか、まるで分からなかった。
「我はもう、屈するわけにはいかん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます