第二章 ⑥


 レインシックスの銃身が冷めたのを確認してから背中のホルスターへと戻し、リジェッタは服のスカート部分を軽く払った。

「最近、ああいった礼儀のなっていない者達が増えて困りますわ。弾薬も結構な値段ですのに」

 嘆きつつ、リジェッタはかぶりを振った。そして、首だけを後ろに向ける。

「あなたは、いかがなさいますか?」

 両脚を失った蟷螂男が地面に片方の刃を突き入れたまま、こちらをじっと見ていた。まるで、なにかを懇願するかのように。

「私になにか?」

 喉が潰れているのか、蟷螂男は喘ぐように口を動かす。

 コロシテクレ、と。

「まあ」

 リジェッタは口元に手を当てた。暫くの間、考える仕草を作る。そして、蟷螂男へと歩を進めた。

「正気を取り戻したのですか?」

 蟷螂男が頷いた。リジェッタはロデオの言葉を想い出す。死者に口なし。生者こそが、言葉を伝える。

「私、あなたにお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 さっきまで馬鹿でかい拳銃を扱っていたリジェッタの言葉に、蟷螂男は露骨に動揺した。

「あなたの手足となった魔物である昆虫人インセクトイドは、それなりに希少なのです。闇医者が個人で用意出来る物ではない。先程の、えーっと、この頭を失ってしまった方にお友達はいましたか?」

 蟷螂男の視線が、地面に転がった変態医師へと向けられた。

「あなたの手術だって一日や二日ですまなかったはずです。他に、誰か訪れませんでしたか?」

 男が頷いた。

「この闇医者は誰かと会っていたのですね?」

 男がさらに大きく首を縦に動かした。

「その者は、身なりの良い方ですか?」

 男がこれでもかというほど首を上下に振る。

「その者の性別は」

 蟷螂男が笑った。

 瞬間、顔が風船ごとく膨らみ、弾けた。

 リジェッタは咄嗟に地面に両手をついて這いつくばった。頭を失った蟷螂男がゆっくりと横に倒れる。首から、赤い間欠泉となって血が噴き出した。

 なにが起こった? 撃たれた。

 どこから? 分からない。

 誰が撃った? 分からない。

 なにをするべきか?

「本当に、最近は挨拶が乱暴な方が増えましたわ。私、今日はもう、あまり動きたくないのですが」

 そこら中で気配が弾けた。

 四肢をたわめ、地面を押す。

 リジェッタの身が宙に浮いた。

「あら、まあ」

 四方から銃弾が飛来した。地面やビルの外壁を削り、狭い路地に音が反響する。宙に身を投じたリジェッタの視界に映ったのは、無数の銃口だった。

 路地の曲がり角、ビルの開いた窓、屋上、そこら中に敵が集まっていた。

髪を風で揺らしたリジェッタは空中にいたまま身をひねり、ビルの外壁を蹴った。煉瓦壁がクッキーのように砕ける。路地を挟んで向こうのビルに跳び、さらに蹴る。重力を人外の筋力でねじ伏せ、ジグザグに上へと逃げる。銃弾が後を追うも、影を捉えるので限界だった。

 屋上へと手を伸ばし、着地する。冷たい風がリジェッタの背中を叩いた。前髪に手櫛を入れつつ、周囲へと視線をめぐらせる。

 給水塔の影に隠れつつ、敵の位置を探ろうと強化聴覚を発動する。しかし、

「ッ!?」

 見えない金槌に殴られたかのようにリジェッタの頭が傾いた。

 鼓膜へと鋭い音が矢となって突き刺さった。

「犬笛ですか」

 本来なら、人間では可聴出来ない高音を利用して犬を調教するための道具だ。四方八方から音の壁を叩き付けられ、流石のリジェッタも顔をしかめる。これでは、聴覚を強化出来ない。

 単純だが、ゆえに合理的な耳封じだった。

 ならば臭いか。駄目だ。空気を媒介にするのは音と同じだが、音は一度鳴れば文字通り音の速さで伝達される。臭いをたどるのでは、あまりにも遅い。ならば視覚か。いや、駄目だ。いくら視覚を強化しても、物陰から出なければ見えない。下手に身体を露出すれば、狙撃される危険性がある。視覚に限った話、魔造手術に頼らずとも双眼鏡などを利用すれば《偽竜》だろうと捉まえられる。

 いくらレインシックスでも、一度に狙えるのは一匹だけだ。

 目の前の敵を撃っている間に背後から撃たれるなど、笑い話にもならない。

 神話、昔話、御伽噺、竜を討つのは決まって勇者の役目だ。しかし、魔物でさえ経済の資本に変えた現代に勇者はいない。

 ただの人間が、科学と戦術で化け物を追い詰める。

「……困りましたわね」

 リジェッタの頬に、冷たい汗が滲む。


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