第6話 大坂夏ノ陣⑤ 🌼片倉小十郎重長の陣地へ





 同日子の刻――。


 可憐な若武者に変装した阿梅姫は、さっと大坂城外の夜気に滑り出た。

 幼時から薙刀で鍛えた足腰がものを言い、われながら敏捷な動きが小気味いい。

 幼馴染みから侍女をつとめてくれている、3歳歳上の蘇鉄も同じ心持ちと見え、


 ――ハッハッハッ。


 間近で吐く息にも、いつにない昂揚の気配が感じられた。

 ふたりの可憐な若武者を、屈強な家臣2名が守っている。


 赤々と篝火が燃える味方の布陣の周囲には、ひときわ深い闇が横たわっていた。

 闇から闇へと用心深く縫いながら紀州街道に沿って進んで行くと、しばらくして徳川軍随一の雄として音に聞こえた伊達政宗隊が陣を張る天下茶屋に着到した。


 ――どうぞこちらへ。


 先鋒をつとめる片倉重長隊のいくさ小屋に招き入れられると、上背のある男が端座していた。屈強な肢体からは、ひと目で棟梁と知れる威厳がうかがわれるが、表情は意外にやさしい。


 ――この方が小十郎さまだろうか。


 入り口に棒立ちになって阿梅姫が目を凝らしていると、ついさっき別れてきた父の信繁とさして変わらぬ年齢に見える中年武士が、日に焼けた端整な顔を、にっと弛めた。


 獅子奮迅の活躍をもって「鬼の小十郎」の名をほしいままにすると聞かされていたが、目の前の男は、むしろ人の好さそうな笑みさえ浮かべている。


「阿梅姫殿か。よくぞ参られた。お父上の左衛門佐さまから後事の万端を託されておる。さぞやご苦労なさったであろうが、ここへ参られたからには、もはやご心配ご無用じゃ」

 飾り気がないだけに窮鳥の胸底にりんりんと響く、真心の籠もった言葉だった。


 涙ぐみそうになったとき、侍女の蘇鉄が男物の衣装を手早く脱がせてくれた。

「おお、これはこれは。なんとまあ聞きしにまさる別嬪さんじゃのう。いや重畳ちょうじょう、重畳」

 重長の率直な賞賛にぽっと頬を染めた阿梅姫は、慌てて蘇鉄のうしろに隠れた。


 

 人目につかぬよう、陣営の最奥の小部屋に寝かせてもらった阿梅姫はその夜半、下腹部に今まで経験のない不可思議な疼痛を覚え、間近で寝息を立てている蘇鉄を小声で呼んだ。


「疲れているところを相済まぬ。あのな、なにやら妙な感触があるのじゃ」

 素早く身を起こした蘇鉄は、阿梅姫の夜具をめくって確かめると、心得顔に首肯した。


「姫さま、おめでとうございます」

「なにがめでたいのじゃ?」

「無事、女子になりあそばしました」

「えっ、まさか、かようなときに?」


 困惑する阿梅姫の腰回りを手早く処置した蘇鉄は、

「これからは毎月1度、かような血が降りますが、病気ではありませんのでご安心なさいませ。人によってはひどくお腹が痛む場合もございますが、そういうときは少しでも和らぎますように、わたくしがそっと撫でて差し上げたく存じます」

 母親のような口調で、女子の宿命を説明してくれた。


 小十郎36歳。

 阿梅姫12歳。


 小十郎の国もと出羽白石城には、2歳年下の正室・綾姫と10歳の長女・喜佐姫が待っていた。


 

 

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