第5話 琉球の風


 沖縄海底にムー大陸の痕跡? 


 そんなオカルトミステリー雑誌の特集記事になる仮説が、海底鍾乳洞の存在や人工的な海底構造物の次々の発見で学界で真剣に討議されるようになり、世界各国の調査団が、沖縄の粟国島、慶良間列島、与那国島海域の海底調査を行っていた一九九九年七月。『国際連合教育科学文化機関』と日本海洋科学技術センター、琉球大学の合同調査団が、石垣島の北々西百㎞、水深千mの海底に沈んでいた神殿のような海底構造物を発見し、同時に新種の発光生物を採取した。

 正にスライムとしか表現出来ないその発光生物の生体調査が琉球大学で行われ、そのDNA試料が、茨城県筑波研究学園都市の農林水産省農業生物資源研究所の農林水産遺伝子ジーン銀行バンク及び科学技術庁理科学研究所の遺伝子銀行にライブラリーとして保管され、その試料を使って新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の海洋バイオテクノロジー研究所や岩手釜石市と静岡清水市の鉱工業海洋生物利用技術研究センター等が、その生物の利用価値を多角的に研究し、驚愕すべきその調査結果が学界に発表されようとしていた直前、各研究機関に送られた全ての試料が悉く紛失し、採集されたサンプルと共にその研究チームが突然失踪したのが二000年七月の事。

 その同年同月、新香港化が進み世界的に注目を集めていたその沖縄で開催された九州・沖縄サミットで、『50~100年の長期スパンに於ける、地球諸国家の緩舒的な包括的統合』という政治宣言が発表された。

 それを受け、その『ワン・ワールド構想』推進の為に翌二00一年沖縄那覇市に設置された国連管轄のシンクタンク『ヒラニプラ機関』は、当時の沖縄県知事の提唱で那覇市に設置された『国際平和研究所』と共に、世界統一国家建設の為の具体的プロセスを、経済・宗教・民族問題等の多角的視野から検討し、五年の歳月を掛けて出したそのシミュレーション結果を安全保障理事会に提出。それを受け、安保理の三カ月に及んだ会期は、ある結論に達した。そして国連臨時総会もそれを承認した、否、せざるを得なかったのだ……。



『現存する地上核兵器の全廃』



『国連事務局を西暦2100年を目処めどにした地球連邦政権樹立の為の準備機関とする』



 西暦2030年。月に国連管轄の月面基地『アマデウス』が完成した矢先の事であった。

 世界政府樹立の為のスポンサーとなった幾つもの巨大複合企業の援助を受けた国連は世界各地の領土を買収し、巨大な直轄領を持つ事になる。つまり莫大な借款しゃっかんを抱える主権国家の借款を肩代わりする事を引き換えに、そのまま国連信託統治領にする形で、中南米やアフリカ等第三世界の諸国家を、まず国連信託統治領という名目の下に統合したのだ。その中には国家再建の為にロシアが国連に巨額で売却した東経100゜以東の広大なシベリアの領地も含まれている。

(因に日本政府は国連から北方領土を買い戻している)。

 そして国連はそれを契機にある意味で暴走を始める事になる。『人口統制を目的とする、服飾に関する基本的人権の部分的侵害の容認』を決議。 

 即ちイスラム教教義(イスラム法)にある『公の場に於ける、女性の、肌を露出させる服装の禁止』が、男性の性的欲求を抑制する効果を持つように、人民の服飾に干渉する事により、第三世界の人口増加を抑制する事が狙いであった。また逆に出生率の低下を問題とする地域では、女性に露出率の高い服装の着用を義務付ける事を法定化したのだ。

 国連直轄地を除く世界各国が、国境を別にして六0余の区画に分割され、各区画を世界政府スポンサーの各コングロマリットのファッション・インダストリー部門、即ちメゾンが管轄。服の色、服のライン、どの服が具体的にどう人口増加率に影響するのかが調査される事になった。ファッション・モードのメゾン直接支配である。

 国連を支える巨大複合企業の一部であるメゾン。各々企業である以上利潤を求めて競合が生じるのは自明の理である。第三世界諸国の借款を肩代わりしているのだから、その採算は取る。メゾンはより多くの人民に服を供給する権利を得る為に、狭小区画のメゾンを統廃合し始めたのである。

 だが事態はそれに止まらなかった。メゾンの母体であり、元々軍産複合体を形成していた巨大複合企業群は、軍縮の為に軍に納入出来ずに倉庫に保管していた武器類や、戦闘機、戦車、艦船を使用、強制退役させられた軍人を雇用し、独自の軍を組織。武力を以て他のメゾン制圧に乗り出した。正に戦国乱世さながらであった。

『国際連合教育科学文化機関』、即ちユネスコ所属の『古代文明保安委員会(A3C)』が保管していた中世文明の驚異的な科学技術の粋を結集、反重力場を形成し大気圏内を自由に航行出来る飛行戦艦を建造し、全長数㎞に及ぶ戦艦内部を領土として、独立国家を形成するに至ったのである。

 即ち関連企業社員百万人を有する巨大複合企業自身が、その戦艦内部を領土とし、主権国家として独立したのである。


 中でも、灑音流

 St.楼蘭

 笛霊

 愚痴

 亜流魔爾

 鈴探

 帝王流

 紅蓮

 幻蔵


 は、主神ゼウスとムネモシュネとの間に生まれた音楽の神である九女神の名に因み、美遊主ミューズと名付けられた巨大メゾンの権力は絶大で、そのデザイナーは<帝>として君臨していた。

 皮肉にも世界政府樹立の為に一気に進んでいた軍縮が徒となり、米軍にさえそれを抑止出来る程の戦力は残されていなかった。そして、国連さえも解体に追い込まれたのである。 世界は、地球連邦政府の実現とは反対の方向へ流されていた。

 武力を持ったメゾン。人民を武力を以て獲得し、己のメゾンがデザインした服のみを与えたのである。ここに至って、服は自分が選んで着るものでなく、強制的に着せられるものへ変化した。ファッショなファッション……。

 各メゾンは己が領土の人民に、そのメゾンの衣服を強制的に着させて、それ以外の、他のメゾンの衣服の着用を禁じ、お洒落そのものを禁じた。女性が好きなブランドの服を着る事の出来ない時代が、五00年続いたのだ……。

 だが遂に! 天下モードは一人の類い稀なデザイナーと、彼に補任された一人の将軍、二人の英邁な尼甫の手により統一された!

 幻蔵帝と、その幻蔵帝が補任ほにんした聖衣大将軍。

 二人の男は、本当の美しさとは何なのか!それを天下モードに問う者達だった。

 世界はファッショ・モード界は、本当にあるべき姿に戻される筈だった……。 



 が、しかし……。



第5話  了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る