32、堂々巡りから抜け出す

 僕はこのままこの仕事を続けていくのだろうか? オフィスでパソコンを目の前にし、ルーティンワークをやっていると、ふとそんな考えが降りてくる。

 美紀は何も言わない。順調といえば順調だ。だが、何も期待していないのかもしれない。僕たちの結婚をとしていれば、彼女が何も言ってこないのも理解しやすい。一時的にこんなオジサンと付き合っているという認識ならば。

 しかし、僕にはそうは思えなかった。希望的観測だろうと言われてしまうかもしれないけれど、少なくとも美紀は、今で言うパパ活のような目的で僕と付き合ってはいなかった。何せ僕には、金がなかった。それにあの純粋な顔……。


 ネガティヴになるのも、ポジティヴになりすぎるのも違う。現実を見ろ。美紀は僕を愛しているじゃないか! これは事実だ。そして僕は――美紀と別れたくはない。結婚……美紀にはまだ早すぎるとは思うが、僕自身はどうなのだ? 現状ではできるはずがないが、現状はどうでもいいのだ。自分の気持ちだ。

 自分は、やはり美紀を失いたくない。今すぐにでも一緒になってしまいたい! ……となると、現状の仕事では、現実に結婚は難しい。もう少し時給のいいところか、もしくはどこかで正社員になるか……とにかく金を稼げるようにならないといけない。

 だがそれ以前に、美紀の気持ちはどうなのだ? 美紀の気持ちを確かめなければ。もし美紀にその気がなければ、こんな決意は何の意味も持たない。美紀がどう考えているかだ。しかし……あまりことを急ぐと、美紀の気持ちが離れてしまわないか? 僕が急に結婚なんかを持ち出したら、美紀は退いてしまうんじゃないか?

 すべては僕次第だ――こんなことを何度考えただろう。美紀への切り出し方や、気持ちの探り方は工夫すべきだ。それによって成否が別れる。言えばいいってもんじゃない。うまく言わなければ、よっぽど何でも許す人間でない限り、変に思われ、避けられてしまう可能性がある。さっそく今度あたりから、注意深く探りを入れよう。


 ――いけない、また顧客の名前を打ち間違えていた。気付いて良かった。仕事中は仕事に専念しなければ……。

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