第42話 姫と騎士は校内を駆ける



 スタンバイを完了して、俺は妹に合図を送る。


 本来は三人ほどで担当して脅かす役に回る。道中、二人小道具を使って恐怖感をあおり、ゴール近くで、最後の一人が飛び出すという形だ。なので、客にゆっくり進んでさえもらえれば、三人一役はやろうと思えばできる。


 俺の合図に頷いた妹が、客を招き入れた。他校の生徒だろうか、仲睦まじく手を握っている。


 見せつけやがって覚悟しろ……とやりたいところだが、今は全力で脅かすことよりもそつなく三つともこなすことが重要だから、そんな暇はない。運がよかったな、今日のところはこの辺にしておいてやる。


『迷路はわりとちゃんとしてたけど、別にそこまで怖くはなかったね』


『うん。なんか拍子抜けって感じ』


(すまんね。こっちはこの仕事をやるのは初めてな上にワンオペで回してるもんで)


 勝手がわからない分、どのタイミングでやっていいのかわからず、ビックリさせる機を逸したように思う。最後に飛び出しも、出たときにはすでにカップルが出口を出ようとしていたところだ。


 だが、なんとなくコツはつかめた。次はもう少しうまくやれるはずだ。


「えーっと、では、お次の方、お入りください」


 音を立てないようにこっそりと、しかし素早く入口付近の最初の仕掛けへと戻る。


(今度は来るタイミングを予測して時間をセットして……っと)


 足音が近づいてきたタイミングで、三秒後に音声が流れるようスマホを操作して、次のポイントへ。タイムロスになるから、客のリアクションのほうはいちいち確認しない。


 行き止まりにきたところで、上から玩具のスライムを壁伝いに垂らす。真っ赤な色なので、薄暗い所であれば、血に見えなくもない。ここでも驚かすために別の音声を流す。


 そして、最後に俺が思い切り壁の中から現れて完了だ。


(よし、今だ)


 足音が近くなってきたところで俺は思い切り飛び出す。


 少し恥ずかしいが、これからやる劇の予行練習とでも思っておけばいい。


「ぶわああああああああ~~!」


 半ばやけくそで、真っ白な顔に上からシーツをかぶっただけの雑なお化けとなった俺が飛び出した。


 こんな低品質なつくりでも、薄暗い状況+不意打ちなので、大抵驚いてくれるものなのだが。


「うぷ、うぷぷっ……いつ出てくんのかって思ったら、なにそれミッシー、マジウケるんですけど」


「は、橋村……?」


 まるで待ち構えてましたと言わんばかりの橋村と目が合った。


 劇の準備もあるし、まさか身内に見られるとは思っていなかった。こらえきらず吹き出している橋村の表情に、俺の頬がかーっと熱くなっていく。


「ぶわああ、ぶわあああだって……ヤバい、キモい……だめ、ダメ、このままじゃ腹筋が、腹筋が六つに割れちゃう~」


「お、お前なあっ……!」


 橋村が来たのなら、妹も気を利かせてくれても良かったのに。いや、多分コイツが口止めしたのだろう。


 人が真剣にやっているというのに、こいつは相変わらず呼吸するように俺のことをおちょくってくる。


「あはは、ごめんごめん。予定の時間になってもこなかったから、先輩たちに呼んで来いってパシられちゃってさ。……メッセージ見たよ。なんか面倒くさいことになってんね」


「おかげさまでな」


 現在もド派手にすっぽかされ中で、交代要員が来る気配すらない。今のところ客足は少ないのでなんとかなっているが、これ以上妹や、その友達である羽柴さんに迷惑をかけるのは気が引ける。


『――ということで、以上三名は至急展示の教室へと向かうように。また実名で迷子の案内をされたくなければ、大人しく従うことだな』


 校内のスピーカーから羽柴先生の声が響く。おそらく先輩たちが伝えてくれたのだろう。これで人手のほうはなんとかなるはずだが、交代要員を待っている暇がない。


 俺の演じるお姫様は、主役ということで、他よりも衣装は豪華だし、メイクもきっちりと施す。もちろんその分時間がかかるわけだが、そろそろ昼の開演まで30分というところまで差し掛かっていた。


「時間が惜しい――だから、ここで準備をしてしまおうというわけだよ、後輩」


「すまん、三嶋。皆を集めるのに時間がかかってしまった」


「神楽坂先輩、それに正宗先輩も」


 出口側からおかまいなしに教室に入ってきたのは、騎士の格好をした先輩たち二人と、それから衣装担当の委員会のメンバー数人である。手には、本番用のドレスと、化粧道具の入った箱。


「ほら、ミッシー行きな。もう本番まですぐなんだから」


「でも、こっちの仕事が……」


「そっちは私にまかせときなって。私のほうは服をぱぱっと着替えるだけだし、最初のほうは出番もないから」


「……わかった、じゃあ頼む。けど、本当に任せちゃって大丈夫か? 俺たちの展示、見るの初めてだろ?」


「うん。だから、助っ人もちゃんと頼んでる……お、来た来た。ごくやーん」


 橋村が呼ぶと、クラスメイトの嶽矢さんが肩をすくめながら入ってきた。


 予定表では、嶽矢さんはすでに自分の当番は終えているはずだが……多分、橋村のわがままを聞いてくれたか。


「……行ってきなよ。交代要員の男子のバカどもが来るまで、私がやっとくから」


「嶽矢さん……ありがとう。恩に着るよ」


「別に」


 そっけないが、それでも親切であることに変わりない。頭を下げて、俺は先輩たちと教室の外に出て、てきぱきと準備を始めた。


 複数人の女子たちによってあっという間にジャージを脱がされ、お姫様用のドレスに袖へ通し、次いで化粧。


「お前たち、時間がない。十分で済ませろ」


「「「はい、委員長」」」


 正宗先輩によって統率された風紀委員の女子たちによって、俺はあっとうまに『雑な幽霊』から『一国のお姫様』へと生まれ変わっていく。


「これ、本当に俺か……?」


 かつらをかぶり、鏡を見た俺はそう呟いた。


 声帯まではさすがに変更できないが、外見だけ見れば女性そのものである。


「お待たせしました。神楽坂先輩、正宗先輩」


「ああ。とっても待ちわびたよ、トモ」


「まったく、心配をかけさせて」


 神楽坂先輩と正宗先輩、安堵の笑みを浮かべた騎士姿の二人が、同時に俺へと手を差し出した。


「「さあ、行きましょうか姫様」」


「……はい!」


 二人に引っ張られるようにして、お姫様役の俺はみんなの好奇の視線にさらされつつも、フリル付きのスカートをなびかせながら校内の廊下を駆けていった。

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