第28話 俺と正宗先輩は正座しあう
放課後、一般生徒の下校時刻を過ぎた後に、俺は、預けておいた荷物を取りに生徒会室へと向かう。
生徒会や部活動に所属している場合でも、各学年のクラスでの出し物の準備もあるため、そちらのほうにも顔を出しておかなければならない。
俺のクラスはベタにお化け屋敷らしきものをやるらしく、先程までは、俺も一人でもくもくと小道具やらの作成に勤しんだ。当日は劇の準備やらで忙しくなるため、前日までの分で貢献はしておかなければならない。
ぼっちはぼっちになりに、役割は果たしておかなければ。
「失礼しま――」
「……もう、もうもう、お母さんってば、いらないっていったのに余計なものを……ダメ、ダメだこれは……絶対に見られるわけにはいかない」
生徒会室に入ると、先客で正宗先輩が荷物の整理をしているようだった。大きめのスポーツバッグの中をごそごそとやりながら、何事か呟いている。
「正宗先輩?」
「っ……!? だ、誰……あ、あわ、み、みみみ」
「三嶋です、先輩。あの、どうかしたんですか?」
「だ、だだだだ、大丈夫。問題ない。ちょっとこの部屋が暑いだけ、みたいな?」
「そうですかね……」
季節はちょうど晩秋に差し掛かろうかというところで、さすがに肌寒いはずだが。正宗先輩も、普通に長袖を着ているし。
「あ、そうだ。正宗先輩、今日から二日間ですけど、よろしくお願いします。できるだけ、先輩の足手まといにならないよう頑張りますので」
「えっ? あ、ああ、うん。そうだな、そうだよな。今日と明日は、学校で泊りだものな……二日間も、み、み……」
俺の顔をちらりとのぞいた正宗先輩の頬が、ゆっくりと赤く染まっていく。
正宗先輩にとっても、男女混合で学校で寝泊まりだなんて初めてのことだから、緊張しているのかもしれない。
もちろん、俺も同じ気持ちなのだが。神楽坂先輩、正宗先輩、九条先輩……橋村はどうでもいいとしても、女子の先輩たち三人と二泊三日を過ごすのだから、男の俺は余計気を遣ってしまう。
やはり格好悪い姿は見せられない。特に、正宗先輩には。
「あの、正宗先輩!」
「は、はいっ!」
しっかりと頑張ることを改めて伝えるために正座すると、先輩もそれに応じて同じように正座してくれる。
先輩はそのまま楽にしてくれてよかったのだが……本当に律儀なひとだ。
「この合宿でしっかり先輩に認められるよう、俺、練習頑張りますので。……その、これからよろしくお願いします!」
「い、いえっ! こ、こちらこそ、不束者ですが……」
互いに正座し合って、頭を下げ合う俺と正宗先輩。はたから見ると、とっても馬鹿らしい光景に映っているだろう。だが、どっちも緊張しているのだから仕方ない。
「……青春ですね、お二人とも。ですが、そういうのは学校外、例えばお互いのお部屋などでしていただきませんと」
「「!?」」
それまで二人きりだったはずの部屋に、別の声が響いた。
もちろん俺も正宗先輩も驚いたわけだが……同じようなことが朝あったような。
「こんにちは、三嶋さん、正宗さん。今日から二日間、どうぞよろしく」
やはり石黒さんだった。
相変わらず、スパイみたいな人である。いや、もしかしたら本当にスパイなのかもしれない。
「……なんだ、誰かと思えば石黒さんか。びっくりさせないでください」
「正宗先輩、石黒さんのこと、知ってるんですね」
「たまに世間話をする程度だがな。……父がいつもお世話になっています」
「はい。といっても、同じ会社というだけでほとんど接点はありませんが。働いている部署もですが、場所も全く違いますので」
神楽坂先輩の両親が代表をしている会社は、全国や海外にも支店がある大企業らしい。テレビや新聞などではあまり紹介されない商社なので、俺も調べるまでは知らなかった。
神楽坂先輩と正宗先輩が友人関係なのは、会社つながりということもあるのかも。
「それでは、参りましょうか。お二人とも。美緒お嬢様はすでに体育館でお待ちです」
神楽坂先輩の持ち込んだ大きな荷物を二つ、片手でひょいと担ぎ上げる石黒さん。
「すげっ……」
「コツがあるんですよ。コツが。持ち上げ方、支え方。体の使い方を覚えれば、三嶋さんも余裕です」
「無理です」
コツはあるだろうが、そのコツをつかむための基礎体力がいるだろう。
俺よりもずっと細身なはずの石黒さんだが、いったいどこにそんな腕力があるのだろう。
スパイかはたまた傭兵か……そんな冗談みたいな想像が現実味を帯びてくる。
「……気にするな、三嶋。あの人は『ああいう人』だと思っておけ。考えるだけ時間の無駄だから」
「……みたいですね」
あの人が監視役なら、よっぽどのことがなければ間違いなど起こりえないだろう……石黒さんの背中を見送りながら、俺は確信した。
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