第2話 俺は次に進むことにした


 理由もないのに生徒会室に呼ばれ、抱き着かれ、昼になれば先輩がもってきたお弁当を一緒に食べる。


 午後が終われば生徒会活動で一緒だし、帰りは途中までだが、一緒に帰る。


 九条先輩の言いたいことはわかる。


 付き合っていないのか。


 事情を知らないので、そう突っ込みたくもなるだろう。


 だが、それでも俺と神楽坂先輩は決して付き合っていないし、おそらくこの後もそうなることはない。


 なぜなら、俺は、先輩にすでに振られているのだから。




 先輩に想いを伝えたのは、庶務として生徒会のメンバーに加わって、一か月ほど経った時のこと。


 どうしても人手が足らないから、ということで担任に頼まれて嫌々加入した生徒会だったが、先輩を一目見た瞬間に、俺は幸運かもしれないと思った。


『こんにちは、後輩君。これからよろしくね』


 そう言って手を差し出してきたの先輩の微笑みは、今も俺の脳裏に焼き付いている。腰まで伸びる艶やかな黒髪と、すらりとした体型、澄んだ瞳に、小さくぽってりとした唇。


 先輩は俺が見た誰よりも美人だった。


『ん~、ちょっと姿勢が悪いな。じゃあ、まずはしゃきっと背筋を伸ばすことから始めよう』


 先輩は、仕事以外にも俺のことを色々と気にかけてくれた。高校生活にうまくなじむことが出来ず、孤立して自信を失いかけていた自分に仕事を任せ、上手くできれば褒めて、ダメならしっかりとアドバイスしてくれた。


 クラスでは孤立していても、自分を必要としてくれる場所があることを知って、俺の背筋はどんどん真っすぐになっていった。少しずつ自信を取り戻していった。


 生徒会活動以外でも、先輩は俺をサポートしてくれた。九条先輩や大和先輩を巻き込んで一学年下の俺の勉強を見てくれたおかげで成績も上昇し、ぼっちのくせして超絶不真面目だった生活態度もそれに合わせて変化していった。


 自分でも実感できるほどの劇的な変化だった。


『いい顔になった。格好良くなったよ、後輩』


 そう言って、彼女は俺の頭をやさしく撫でてくれた。


 これで好きになるな、というほうが無理な話である。


 その後、少ししてから俺は先輩に告白した。それまでの会話からなんとなく特定の異性はいないだろうと思っていたから、可能性はあると信じていた。


 九条先輩よりも、大和先輩よりも、神楽坂先輩とずっと一緒にいたから。時間は短くても、決して密度は負けてないと思っていた。


『――え、と。その、ごめん。君とは付き合えない……かな?』


 ものすごく気をつかわれて、俺はふられてしまった。


 その後、神楽坂先輩らしく『なぜ君と恋人関係になれないのか』を聞かされたのだが、どんな内容だったかは、失恋のショックもあってもうはっきりとは覚えていない。


 ただ、俺の初めての告白は、そうしてあっけなく幕を閉じたのである。


 その日を境にして、先輩から俺へのスキンシップはなぜか増えていったわけだが、すでに俺は振られているので、勘違いすることはない。


 だから、俺は先輩と付き合っていない。



 〇



 ということで、俺の一世一代の大勝負は見事に砕け散ったわけだが、だからといってそこでメソメソして、引きずってはいけない。


 神楽坂先輩に振られても、俺の人生は続く。であれば、それを経験にして前に進むしかない。


 先輩の彼氏にはなれなくても、頑張れば、きっと誰かが俺のことを見てくれている人が現れる……そう信じて俺は次に進むことにしたのだ。


 こう見えて、メンタルには割と自信があるほうである。


 だから先輩のことはもうどうも思っていない。ただの仲の良い友人関係のようなものだ。


「ふうん……まあ、なんというか」


「うん、なんというか、ねえ」


 神楽坂先輩と別れて、九条先輩と大和先輩にそのことを打ち明けたが、二人は、そんな俺に憐れみにも似た視線を送るだけだった。


 俺は、そんなにおかしい思考をしているだろうか。

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