竹石 玲と名前を呼ばれない男

橙 suzukake

Prologue - ボーラード マス割り前

「7番入れれば、マス割り?」


 背後から突然、そう声を掛けられたから俺はストロークを止めて振り返ったら、なんとそこに立っている女は玲だった。


「なんと… なぜ、此処に?」


「もちろん、玉撞きに来たのよ」


 確かに、玲は、整然と並べられた黒いボールケースを両手で持って立っている。


「ずっと見てたのか」


「うん。最初は遠くからね。で、あなただとわかってだんだん近付いてきたの。それ、ボーラードでしょ?」


「この街に住んでいたのか」


「もちろん。此処はあたしの街だわ」


「久しぶり過ぎて、何から話していいかわからない」


「いいから、その7番入れっちゃって」


「あゝ」


 俺は、ポケットほぼ穴前の7番に狙いを済ませてからストロークの素振りをして、それから手玉を撞いた。

 手玉は7番ボールに当たったが、7番はポケットの左右の顎に震えるように跳ね返ってから止まった。


「ざんね~ん!あたしに会って動揺したからだわ」


「うるさい」


 俺は、そう言って、ビリヤードテーブル上に所在ない感じで残っている白い手玉を右手で転がして7番をポケットさせた。





*「ボーラード」

 10個のボールをブレイクして、2回失敗するまでに何個のボールをポケットインさせることができるか、という、ボウリングのルールを加味したビリヤードゲーム。

 1回もミスしないで10個のボールをポケットインさせればストライク。1回失敗して、2回目の失敗をしないうちに全部のボールをポケットインさせればスペアとなる。10フレームまで行って、合計点数を出します。


*「マス割り」

 どんなルールのゲームであっても、ブレイクから1回もミスしないでテーブル上のボールを全てポケットインさせると「マス割り」と呼ぶ。ビリヤードの専門用語。


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