幻聴
五郎さんは家に着くと、軽トラから降り、黄色いビールケースの中から一つキャベツを取り出して渡してくれた。
「今日手伝ってくれたお礼だ。これは割れて出荷はできないが味はそう変わらない」
「ありがとうございます」
俺はとれたてのキャベツを塩で食いたい衝動に駆られながら、ホクホクと笑顔で受け取った。
五郎さんは手を振ると、玄関を指差す。
「あれ、山内くん玄関の扉開けたままだよ」
玄関の扉が少し空いている。それも猫が通れるくらいだ。もしかしたら、ラトが自分で扉を開けたのだろうか。
「昨日の夜、護るぞいくんを押す前に1匹猫が入り込んできたんですよ。獣に傷つけられたらかわいそうかと思って一晩匿ってたんですが、家に帰ったのかな?」
「ぬ、猫か……」
五郎さんが急に遠い目をして、肩に手を置く。
「そろそろ、猫の発情期だ。気をつけなさい」
確かに猫の発情期は、かなりの近所迷惑だ。異性を求め合う泣き声が木霊してくる夜は眠りにくい。
「ああ、夜眠れなくなりますよね」
「なんだ。知っていたのか……見せられるのも苦痛だが、絞り取られるのもなあ」
見るのが苦痛?ああ交尾してるところということか、別になんとも思わないが、絞り取られるという言葉の意味は分からない。
「まあ、一見は百聞にあらずだ……」
かっこよく決めた五郎さんが、手を振って軽トラに乗り込み颯爽と去っていった。
何か含みがあるが、今は家がどうなっているかが気になる。
玄関で汚れた服を脱ぎ捨て、パンツ一枚になった俺はキャベツを置きに台所へと向かう。
昨日買ってきたものを入れた棚が開けられ、下には惣菜パン二つ分のビリビリに破かれた袋があった。見事な食い散らかしっぷりである。
散らかしたものを処分して、棚の一番上を開けて見れば、カップラーメンは無事だった。
ヤカンに火をかけている間に、シャワーを浴びる。それから寝室に着替えを取りに向かえば、布団の上は猫が寝ていた形跡があるだけで、猫はいなかった。丸く跡のついた部分に手を当てても温かさは残っていないので、俺が家を出た後すぐくらいに起き上がり、悪さをして帰ったのだろう。
「んー。ギリギリ合格」
ん? 何か聞こえたか?
首を傾げながら周囲に何もいるわけもなく。服を着て、茶の間に入り、時計を見ればすでに8時半になるところだ。
急いでラーメンをかきこみ、キャベツは夕飯までお預けだ。
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