夕食

「膝崩していいんだよ。楽にして」

「は、はい」


 俺は胡座をかき、目の前の料理にありがたくいただく。

 煮物に味噌汁、焼き魚に、天ぷら、おひたし。久々に見る栄養の整っている食事に腹がなる。特に焼き魚なんて食うのは何年ぶりだろうか。実家にすら最近帰っていなかったことに気がつく。


「じゃあ、食べるか! いただきます」


 五郎さんの掛け声で、食事が始まる。


「いただきます」


 まずはご飯からだ。米一粒一粒が適度な水分を含み、ツルッとした輝きを見せる。

 一口分箸でつまみ口の中に入れれば、今まで食べたことのない弾力、米の甘味が口へと広がる。

 ご飯だけで何口もガツガツと食べていると、藍子さんが笑う。


「相当お腹が空いていたんだね。ご飯おかわりあるからね」

「はい。俺こんなにうまい米食べたの初めてです」


 空になった茶碗を藍子さんは受け取り、お櫃からご飯をよそってもらう。お櫃から出たばかりのご飯からは湯気が立ち上り、芳しい炊き立てのいい匂いがする。

 また、何口かご飯だけをかきこみ、今度はご飯を食べながらおかずにも手を出していく。

 煮物に魚どれもうまいが、気になるのはお浸しだ。これは花わさびじゃないだろうか?


「これ、花わさびですよね?」

「そうだよ。好きかい?」

「そりゃもう、この香りと辛味がついつい酒が進んでしまうんですよね」


 あっと俺は口を押さえる。これでは酒を催促しているかのようではないか。藍子さんは笑顔で徳利を持って来てくれて、お猪口に酒を注いでくれる。


「なんだか、すみません。催促しちゃったみたいで……」

「いや、いいんだよ」

「あれ、五郎さんは?」


 自分だけ、酒をもらってしまったが、よく見ると五郎さんの机には酒が乗っていない。


「ワシは山内くんを送り届けたらゆっくり飲むからいいんだ。気にせずに飲みなさい」

「いえ、このくらいの距離歩いて帰れますって」

「……だめだ。いいからここは甘えてくれ」


 名残惜しそうな目を尻目に、藍子さんの五郎さんを責める視線にも気がついたため、そっと酒を口に含んだ。


「——うまいっ!!」


 また俺は口を押さえる。吾郎さんが我慢している目の前で、口にしてはならないことを言ってしまった。

 だが、五郎さんは懐が深い男だった。まるで悟りを開いたかのような温かい笑みでこちらを見ていた。


「気にすることはないさ。うまいもんはうまいと言っていいんだ」


 そういうと、自分はお茶を啜っていた。申し訳なさが半端なく、徳利一つで酒を終わった。

 俺は元々口下手な方だが、今日は頑張って都会にいた頃の話をした。ブラックな部分を抜きで。

 藍子さんはお話が好きな人のようで村の話をしてくれた。

 吾郎さんは茶を啜る一方だった。

 そして、お開きとなり、俺は頭を下げる。


「今日は本当にご馳走様でした。うまい飯にうまい酒、最高です」

「いいんだよ。また食べにおいでね」

「ああ。今度は泊まってもらおうな……」


 藍子さんから無言の圧力がかかる。酒を飲みたいだけでしょという心の声が聞こえるが、今度は俺も一緒に飲んでみたかった。


「五郎さんぜひ」

「あ、ああ」

「山内さんが乗り気ならいいんだよ」


 藍子さんはそう言って戸口に立つと最後まで手を振ってくれた。

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