第28話 集会


「一緒に頑張ろうね」


 実行係に選ばれた後、そう言って向けられた彼女の笑顔を、俺は記憶の宝物庫に生涯保管しておく事に決めた。


 それから数日後の放課後、最初の実行係の集会が開かれた。


 集会といっても今回は顔合わせ程度のものらしい。


 召集された場所はこれまで一度も足を運んだ事のない会議室のような教室で、長机を並べて作られたその四角形に一角に、俺達は並んで腰を下ろした。


 そう。二人で並んでだ。つまり右側を向けば、真っ黒なサラサラとした髪の向こうに見え隠れする、その陶器のように美しい横顔を間近で拝む事ができる。


 俺達が到着した時には既に大半の生徒集まっているようだった。各クラス二人ずつの生徒に加え、生徒会のメンバーも数人いるようで、全体を見れば俺の姿が目立たないくらいの人数はいる。


 ざっと見渡して見ると、会長を含めた生徒会メンバーは勿論、その他の生徒達もどこかで見覚えのある顔ばかり。やはり係になっているくらいだから、クラスの中でも目立つ人物達が集まっているのだろう。


 まるで悪の組織の幹部達の集まりに、ただの戦闘員でありながら参加してしまったような気持ちだ。


 そんな事を考えていると彼女がこちらへ微笑み、小声で語りかけてくる。


「なんか緊張しちゃうね」


 ここで「君の隣にいるとね」などと切り返せるのが一人前の男なのだろうが、生憎今の俺にできたのは「う、うん」と顔を赤くしながら首を縦に動かす事だけだった。


 それから数分が経過し、中々会議が始まらないなぁと思っていると、その原因はどうやら俺達の隣のクラスの係の奴らがまだ来ていない事らしい。


 あのクラスは俺達より早くホームルームが終わっていたはずなのに何をやっているんだ。そうしてプリプリとしていると、ドアが開かれ「すいません、遅れましたぁ!」と一人の男子生徒が駆け込んでくる。


 続いて後ろから「ゴメンなさーい。大きい方してましたー」と見知った女子生徒が現れた。


「あれ、根尾も実行係なの?ウケる」


 周囲から向けられる視線を気にもせず、俺を見つけるや否や彼女はこちらへやってきて言った。


 何がウケるのかは分からないが、俺は一先ずと口にする。


「し、潮見。とりあえず座った方がいいと思うけど」


 隣のクラスで実行係に選ばれたのは、学年一のギャル、潮見だった。なるほど確かに賑やかな事が好きな彼女ならば、こういうったところに参加したがりそうだ。もしかしたら自ら立候補したのかもしれない。


 潮見は高嶺さんの隣に腰を下ろす。


 一緒に来た男子生徒は真面目そうで、あまり目立つようなタイプではなさそう。隣のクラスだから顔くらいは見た事はあったが、それだけだ。


 しかし潮見との仲は良さそうだった。隣に座って会話をしている様子から、なんとなくそれが見てとれた。潮見に振り回され慣れているといった感じ。ああいう関係も悪くなさそうだなぁと思う。


 集会は聞いていた通り、軽い自己紹介と、力を合わせて頑張りましょう的な生徒会長の挨拶で終わった。


 昔から大の苦手な自己紹介は、隣に高嶺さんがいる事もあり、吃りまくり、声裏返りまくりの大惨事が予想されたが、ここでコンビニのアルバイトの経験が活きてきたのかもしれない。思いの外、緊張は声に現れず、周りの人に鼻で笑われずに済む程度に振る舞う事かできた。


 会が終わると、潮見が高嶺さんに話し掛けた。


「高嶺さんだよね?今年転校してきた。前から話してみたいと思ってたんだ」


「あっ、私も。時々私達の教室来ている見掛けてたから」


「うそ、マジで!?だったらもっと早く声掛けとけば良かったよ。なんか正統派美人!って感じだから私みたいのとは合わないかなぁと思っちゃって」


「ええっ!?そんな事ないよ」


 高嶺さんは言わずもがな、潮見も化粧の濃さや髪の毛を明るさは目立つが、かなり整った容姿をしているように思える。そういう二人が話しているとやっぱり華やかだなぁと感じる。


「てか根尾ってこういう係とか参加するタイプなんだね。ちょっと意外」


 潮見が高嶺さん越しに声をかけてきた。


「推薦されちゃったからさ。仕方なくだよ」


「え?自分から言ったんじゃないんだ。推薦される方が意外なんだけど」


「自分でも驚いたよ」


 苦笑いを浮かべると、高嶺さんが口を開く。


「でも根尾君って、クラスの誰とでも分け隔てなく仲良くできるじゃん。それに色々な事に一生懸命で、頼まれた事とか絶対に投げ出したりしなそうだし、それを皆も思っていたんじゃないかな?」


「た、高嶺さん……」


 泣いてもいいですか?そう思うくらいに嬉しかった。だけどそこへ潮見から、現実へ引き戻す一言が。


「根尾照れすぎ。顔真っ赤だし」


「なっ!こ、これは別にっ!」


 慌てて顔を覆った俺を見て、潮見は笑う。


「まぁ、頼りになるっていうのは少し分かるかもな。修学旅行の時、日和の事を庇ってたし」


 大富豪の罰ゲームの事を言っているのだろう。


「えっ?気付いてたのか!?」


 驚いて口にすると「ああ、やっぱりそうだったんだ」と彼女はしたり顔をみせる。


 おのれ、たばかったな。


「まぁ、あの時は正直助かったよ。盛り上がると思って提案したんだけど、まさかあの罰ゲームであそこまで日和が動揺するとは思ってなかったからね」


「あいつとは小さな頃からの付き合いだからな。何となく気がついただけだよ」


「ふーん」


「な、なんだよ?」


 俺は意味深な笑みを浮かべる潮見へ尋ねた。


「別に。日和も大変だなぁと思って」


「は?何で日和が?」


「あんたがそんなんだからでしょ。まぁ別にいいけど。結局聞けないままで終わった罰ゲームの答え、分かったし」


 そう言って彼女は立ち上がった。


「わ、分かったってお前っ!?」


 俺の言葉を遮って、彼女は高嶺さんへ言う。


「高嶺さん、そろそろ私帰るね。邪魔しちゃ悪いし。また今度話そ」


「う、うん」


 教室から去っていく潮見。終始無言で俺達の様子を眺めていた彼女のクラスメイトとその後に続いた。あの二人はどんな関係なのだろう。


「邪魔しちゃ悪いとは、どういう事でしょう?」


 隣で首を傾げる高嶺さん。


「ど、どういう事でしょうねぇ?」


 俺はひきつった笑いを浮かべながら、彼女へ言った。


 

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