第22話 なんでそうなるの?


 なんでそうなるの?と今まで何度も疑問に思う事があった。カースト上位にいる男達は、何故だか周りに勝手に女子が集まったり、ごく自然に女子との交際を始めたりするのだ。


 奴らはそれを当然のように過ごしているが、きっとそこには、自分が知り得ない何か特別な事があるのだと思っていた。だってそうでなければ俺とそこまで変わりのない生活を送っているアイツらが、俺にとって全く未知なるその領域に簡単に足を踏み入れられるのはおかしいではないか、と。


 しかし近頃は、どうやら特別な事などないような気がし始めていた。


 修学旅行の大富豪をした夜もそうだ。特に自分がそう動いたというわけでもないのに、ああもあっさりと女子との交流が生まれた。


「つまりだ。それをちょくちょく経験するようになった俺は、既にカースト上位陣の中に足を踏み入れていると言っても過言ではないのではないか?」 


 3時限目の授業を終えたところだった。俺は目の前に座ったアキヒコに言う。


 俺の前は大川の席である。休み時間、いつも立って俺と話しているアキヒコであったが、先日「空いているんだから座ればいいじゃん」と大川が言ってくれたため、今は心置きなく席を使わせてもらっている。これも今までの立場だったら実現しなかった事かもしれない。


「うーん、どうだろうね。まぁ例えそうだとしても、朝からここにあるイチゴオレに手をつけられていないところをみると、ノボルはまだその環境に溶け込めているように思えるけど」


 アキヒコが俺の机の上にあるパックのイチゴオレを指して言う。アキヒコのやつ、やはり気づいていたのか……


 このイチゴオレは今朝校内の自販機で買ったものだった。


 俺はイチゴオレが大好きで、しかし朝は飲むとお腹が痛くなる事があるから控えているのだけど、今朝はどうしても飲みたくなって購入した。


 そうして教室に到着し、自分の席でホームルームまでの間、ストローでそれをチュウチュウしながらアキヒコと話している時だ。


「あ、根尾。いいもの飲んでるじゃん」


 と、やって来たのは日和に会いに来ていた隣のクラスの潮見で、彼女は俺のイチゴオレのストローへ躊躇いもなく口をつけて一口飲み込むと、その場を離れていった。


 イチゴオレの中身はまだ半分以上も残っているものの、このまま口をつけたら間接キッスになってしまう。


 潮見はそんな事はまるで気にしていないから俺のストローへ口をつけたのだろうけど、経験のない俺からすれば意識するなというのが無理な話で、結局俺は、朝から机の上のイチゴオレへ手をつけられぬまま、この時間まで過ごす事になっているのだった。


「これって、どうすればいいのかな?」


 俺はアキヒコへ尋ねる。


「僕だったら捨てるけど。人の唾液とか嫌だし」


「ああ、お前はそういう奴だった……」


 苦笑いを浮かべたところへ大川が戻ってくる。


「おお、根尾。いいもの飲んでるじゃん」


 彼はそう口にすると机の上のイチゴオレのストローへ口をつけた。


「あっ!」


「ん、いいだろ?少しくらい?」


「お、おう。別にいいんだけど。てか欲しかったら全部飲んじゃっていいぞ。俺いらなくなっちゃったから」


「マジで!じゃあ貰うわ。ちょっとぬるいけど」


*


 そのお礼というわけでもないだろうが、その日の放課後、大川にまたハンバーガーショップに誘われた。


 しかし今回は二人きりではないらしい。


 人見知りの俺にとってその相手が誰であるかというのはとても重要な事だったが、何度尋ねても奴はそれを明かしてくれなかった。


「本当はアキラ誘おうと思ったんだけどよ、アイツ今日塾だって言うし。それにアイツはこういうの苦手だからな」


 アキラとは二ノ森の事だ。こういうのとは、どういうのだろう?


 こんな時は意識すればするほど緊張してしまうもので、店に着いた時、俺の体は相手が誰であるかを知る前からガチガチになっていた。


 店の二階へ上がると「おう!」と席へ座ったままこちらへ手を上げたのは同じクラスの残念イケメン、赤城で、その姿を見てホッとしたのも束の間、奴の対面に三人のウチの制服を着た女子生徒がいる事に気が付いて、ドキッとなる。


 俺達は赤城の隣の空いている席へ腰を下ろす。赤城の隣に大川、その横に俺という布陣だ。


 正面の三人の女子は相席というわけではないらしい。どうやら一つ下の学年の生徒のようだ。


 というか、もしかしてこれって……


「な、なあ。これって合コンってやつ?」


 大川の耳元で囁いた。


「バカ。そういうのは分かってても意識していないふりするもんなんだよ」


 あちらも顔を近付けて返してくる。


「そ、そうなのか……ってどういう事だよそれ!?合コンだろこれ。高校生で合コンなんてしていいのかよ!?捕まるんじゃないのか?」


「誰にだよ!いいから黙って座ってろ」


 大川に足を軽く蹴られて口を閉ざす。顔を前に向けると三人の下級生。全員がカースト上位だと一目で分かる見た目をしている、と確認したところで正面に座ったショーボブの子がこちらへ掛けてくる。当然俺は、慌てて目を反らした。


 可愛らしい子だ。小さい体に小動物のような愛くるしい顔立ち。それとは不釣り合いな大きな胸。好意的に思わない男はいないだろう。


 そんな事を考えている間に、赤城が口を開いた。


「コイツら俺のクラスの奴ね。ほらお前ら。自己紹介しろよ。俺はさっき済ませちゃったし」


 奴が今回の幹事というやつなのだろう。


「俺、修二。大川修二」


 大川は何故だか眉間にシワを寄せ、威嚇するような口調。女の子達はそれに「お願いしまーす」と愛想よく答えた。


 しかしその後、誰も口を開こうとしなかった。沈黙がその場を包み、他の席の声がやけにはっきりと聞こえてくるようになる。


 き、気まずい。何で皆喋らないのだろう?


 居心地の悪さに体をムズムズとさせていると、大川がまた俺の足を蹴る。


「おい。次お前の番だろ!」


「えっ!?でも喋るなって……」


「もういいんだよ!喋らなきゃ自己紹介にならねぇじゃねぇか」


「そ、そうか。ね、根尾登。17歳、独身です!」


「分かってるわ!そんな事」


 大川が声を上げると、女子達は吹き出して笑った。


 真ん中に座っている子が「ウケる」と手を叩く。


 なんだかよく分からないけどウケたようだ。どうやらそれで気を良くしたようで、大川も嬉しそうに笑った。


 それから女子達の自己紹介が終わると、まだ注文を済ませていなかった俺と大川だけ一階のレジへ向かう。


「いいか、根尾。注文は出来るだけ沢山した方がいいぞ」


「え、なんで?」


「女ってのは沢山食う男の方が好きだからだよ。常識だぜ。雑誌にも書いてあったしよ」


「そうなのか?でも俺は少しにしておくよ。今日あんまり腹減ってないから」


 嘘だ。ついさっきまでは減っていた。しかし今は緊張で喉を通る気がしない。


 ハンバーガーとシェイクを一つずつだけを乗せたトレーを持った俺と、トレーに乗り切らない程の食品を持った大川が席へ戻ると、冷たい風が体をゾクッとさせた。


 夏だからといって冷房を強くし過ぎだぞと思ったがどうやらそうではない。 


 残念イケメン赤城が、その実力を遺憾なく発揮していたのだった。


「その時さぁ、忘れ物をした俺の友達はなんて言ったと思う?」


「さ、さぁ?」


 答えたのは綺麗めの子だ。


「なんと、忘れ物しちゃったぁって言ったんだぜ。面白いだろ?」


 辺りはしぃんとなる。当てられようもない質問で引っ張ってからの、捻りも笑いどころもない回答。こんなものは白けるに決まっている。


 俺達が席へ戻ると、女子達はホッとした顔をしてみせた。


 しかし彼女達は分かっていなかったのだろう。残り二人もポンコツだという事を。


「それでよぉ、仲間を馬鹿にされたら俺も黙っていられなくてな、そいつの胸ぐらを掴んで……」


 誇らしげに自分や富士の武勇伝を語りまくる大川。


 そして黙ったままモジモジしっぱなしの俺。


 残念イケメンは相変わらず残念なままで、その場はまるで盛り上がる事はなかった。


 結局いつの間にか男子は男子同士、女子は女子同士という構図が出来上がっていて、普通に食事をしてその会はお開きとなった。


 しかし、帰り際に店のトイレへ寄り、そこから帰ろうとしている時だ。


「あの!」


 と、声をかけてきたのは俺の正面に座っていたショートボブの子。名前は確か高尾タカオ ハナさんと言ったか。童顔巨乳女子高生男の夢を地でいく女の子だ。


「根尾先輩。その、良かったら。連絡先教えてもらえませんか?」


 頬を赤らめ、上目遣いで見つめてくる彼女に胸の鼓動を速くさせない男がいるだろうか?いや、いるはずがない。


 半分放心状態になりながらスマホの連絡先を交換すると、彼女はお礼を言って目の前から去っていく。


 揺れるスカート。髪から香る甘い匂いと、たわわ。それを見つめながら、俺の頭に浮かぶ言葉はたった一つ……


 なんでそうなるの?

 


 







 

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