第10話 先輩とカツサンド

 姉さんからの衝撃発言があった休日を終え、月曜日の朝を迎えた。

 ダイニングテーブルを挟んで、僕と先輩は、朝食を食べ始めたのだけど……。


「………………」

「………………」


 ……気まずい。非常に気まずい……っ!!


 なんだ、この静まり返った朝食は……。


「…………っ」


 朝食のスクランブルエッグを口に運びながら、チラッと先輩の様子を窺う。

 先輩は、こんがりと焼けたトーストを美味しそうに食べていることから、至っていつも通りに見えた。


 ……いつも通り、だからこそ気になる。

 あの……一昨日の反応……。


 どこからどう見ても、嫌がっているようには見えなかった。ましてや、小さくガッツポーズをしていたし……。


(うぅーん……)


 すると、途中から朝食が止まっていた僕を気にしたのか、先輩がジッとした目で見てくる。


「どうしたのですか? そんな思いつめたような顔で……」

「あ。……いえ、なんでも」

「そうですか? 私には、そうは見えませんけど」


 ……先輩って、ほんとに変なところで勘が鋭い。


「ほ、本当に大丈夫ですよ……ハッ……ハッハッハ」

「………………」

「ハハッ……えっと……」


 誤魔化そうと思って言った一言が、まったくと言っていいほど通用していない。


「翔太郎くん」

「だ、だから、その……っ」


「…………はぁ」


 先輩はため息を吐くと、食べ終えた食器を持ってキッチンに向かった。


「あ」


 ――バシャバシャ!!!


 シンクで皿を洗うときの音が、いつもより激しく聞こえる。


「先……輩……」


 かける言葉も見つからず、じっとその様子を見ていると、食器を洗い終えた先輩がキッチンから出てきた。


「では、お先に失礼します」


 と言い残して、急ぎ足でリビングを出て行ってしまった。


 やっぱり……女性って、わかんないな……。




 リビングでの一件から時間が経ち、今は授業中。


 ――カチカチッ。


 今日も相変わらず、あの音が聞こえてくる。


「………………」


 どのゲームをしているのかは気になったが、それよりも気になることが一つある。


(――――…あの子、どこかで見たことがあるような……ないような……)


 でも、どこで……。


 結局、授業の時間をフルに使っても、あの少女のことを思い出すことはなかったのだった。




 四時間目の授業も終わり、迷いのない足取りで購買に向かった。

 廊下を進むと、大人数のグループで学食に向かう者や、教室で席を移動してお弁当を食べる者などが、それぞれのクラスから雪崩のように出てくる。


「――…でさぁー」

「うんうんっ」


 前の方では、女子生徒二人がわいわいと楽しそうにお喋りをしている。


 誰かと一緒に食べるお弁当は、さぞかし美味しいんだろうな……。


「………………」


 ……いっ、いいもんっ。別に寂しくなんかないもんっ! ……ほんとは、ちょっと寂しいけど……。


 そんなことを考えているうちに、購買に到着した。


 一番乗りで着いたと思ったら、購買は人でごった返していた。

 人込みが大の苦手である自分にとって、それはまさに苦行でしかない。


(はぁ……)


 今日は諦めて教室に戻ろうと振り返ったとき、見知った人と目が合った。




「「あっ」」




 そこにいたのは、先輩だった。


「ど、どうも……」

「こちらこそ、どうも」


 朝のことがあったからか、どこかぎこちない挨拶が繰り広げられた。

 ……さて、この状況はどうしたものか。


「ひ、人の数が凄いですね……」


 どうしようかと考えていると、先輩の方から話を切り出してくれた。


「っ!! そ、そうですね……! あの人込みなので、このまま教室に戻ろうかな……っと」

「その意見には、あの光景を見る限り私も賛成です。ですが、きちんとごはんを食べておかないと、午後からの授業が持ちませんよ」

「で、ですよね……」


 ……でも、ごはんを食べると、授業中に眠たくなる……ことは、言わない方がいいか。


「はぁ。考えても仕方ないので、とりあえず行ってみましょう」

「え? あ、はい……」


 行こうか迷っていたが、先輩の一声で行くことに決まった。




 その後。

 僕たちは、二人で団結してなんとかレジに来ることができた。

 一緒に暮らし始めてまだ一週間も経っていないが、いいチームワークだったと思う。


「翔太郎くんは、どのパンにしますか?」


 と聞かれて先輩の方を見ると、どのパンにしようか悩んでいるようで、売られているすべてのパンを順番に見ていた。


「そ、そうですね……。いつもなら、名物の焼きそばパンを選ぶところなんですけど。今日は違うのに手を出してみようと思います」

「ここの焼きそばパン、とても美味しいですからね」

「先輩は、いつもどれを選んでいるんですか?」

「私は、その日の気分で決めていますよ」


 わかるっ。その日の気分で食べたいものが変わる気持ち、よくわかります。


「う~ん……焼きそばパン……クリームパン……チョココロネ……明太フランス……きなこパン……」


 横で先輩がパン選びの迷宮に迷い込んでいる間に、僕も、どれを食べるのか決めないと。


 ……よしっ。今日は、あれで決まりだな。


 それは、名物の焼きそばパンと同じくらいの人気がある、カツサンドだ。

 購買で売っていいのかと思ってしまうほどの美味しさで、噛むとジュワッと出てくる肉汁が、食欲をそそる。


 ……食べたいっ。


 しかし。目当てのカツサンドは、残り一つ。

 それに気づいた僕の手は、真っすぐとカツサンドに向かったのだが、




 「「あ」」




 カツサンドを掴もうとした手は、一つだけではなかった。

 まさか、選んだパンが先輩と一緒だったなんて……。

 食べたい気持ちはあるけど、ここは。


「先輩、どうぞ」

「え?」

「それは先輩が食べてください。僕は、他のパンにするんで」

「いえいえっ!! 先にカツサンドに触れたのは、翔太郎くんです。なので、これは翔太郎くんが食べてくださいっ」


 そう言って先輩は、手に持っていたカツサンドを渡してきた。


 渡されても困るんですけど……。


「ほ、本当に大丈夫ですよ。他のパンを買いますから」


 と僕がさっきよりも少し強めな口調で言うと、先輩は、渡そうとしていたカツサンドを手元に戻した。


「……わかりました。ではその代わりに、今日の夕食は、頑張って美味しい料理を作ります!」

「楽しみにしています、先輩っ!」


 先輩の手料理が食べられるのなら、カツサンドはまた今度だっ。

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