第6話 はじめてのハンバーグ

「ただいま……」


 気の抜けた声を出しながら、玄関の扉を開けた。

 相変わらず、家に誰もいなくても言ってしまう。


 もうルーティンだな、これは……。


 靴を脱いで廊下を進み、リビングの扉を開けると、


「あ、おかえりなさい。翔太郎くん」


 先輩がリビングソファーに座っていた。

 ……そういえば、昨日から一人じゃなかったんだ。


「っ……た、ただいま」


 僕たちは、お互いに帰りの挨拶を言い合った後、なぜか見つめ合った。


 先輩の瞳は透き通っていて、とても綺麗……。


「………………」

「………………」


 そんな時間が感覚で三秒くらい経ったとき、先輩は、突然顔を真っ赤にして顔を伏せた。


「どうしました、先輩?」

「いえ、別に……」


 先輩の顔を見るに、何もないわけは……ないだろう。


「そんな顔されたら気になになるじゃないですか。教えてくださいよ」

「………………」


 と言うと、先輩の顔がますます赤く染まっていく。

 すると、見られ続けることが限界だったのか、バァッと顔を上げた。


「もっ……もう、わかりました!」


 やっぱり、先輩は慌てている顔も可愛いよなぁ。普段も、もちろん可愛いけど。

 そんなことを考えていると、先輩がモジモジしながら話を始めた。


「なっ、なんと言いますか……いいなと思ったんです……っ」

「? 具体的には?」

「っ……しっ、仕事から帰ってきた旦那さんと、帰りを待っていた奥さんって感じで……っ」

「…………へっ?」


 ……あっ。そういうことか。


 つまり、先輩は、今の雰囲気が新婚の夫婦みたいだったから、照れてしまったということか。

 先輩も年頃の女の子……そういうことに憧れを持ってもおかしくはない。


(……って、年上の人にそれは失礼か。でも……)


 これは、なんと返せばいいんだろう?


「……す、すみませんでした」

「!!? どうして翔太郎くんが謝るのですか!?」


 先輩は、急に謝られて焦っているようだ。


「もしかして……こういうことに、憧れているんじゃないのかな……って思いまして」


 そう思いながら先輩を見ると、焦る顔から、再び真っ赤な顔になる。


「も、もう知りません!」


 そう言ってプンッと顔をするとテレビの方に顔を向けた。どうやら、怒らせてしまったようだ。


 そのときの先輩の表情も可愛いと思ったのだが、本人に言うのは止めておこう。




 そんなこんなで時間が経ち、夕方の四時になろうとしていた。


「そろそろ、夕食の準備を始めます」


 と言って、先輩はキッチンに向かった。


「先輩、なにか手伝うことはありますか?」

「大丈夫ですよ。居候させて貰っている身として、食事を作るのは私の役目ですから」


 ……まただ。少しくらい、頼ってくれてもいいのに……。


「……わかりました。でも、なにかあったらすぐ言ってくださいね」

「はい。お気遣いありがとうございます」




 時計の針が五時を回った頃、


「ただいま~」


 リビングの扉が開き、大学に行っていた姉さんが帰ってきた。


「おかえり」


 姉さんの疲れ切った声に、僕は気の抜けた声で返事をした。

 すると、料理を作っていた先輩がキッチンから出てくる。


「おかえりなさい、美奈みなさん」

「ただいま、彩音あやねちゃん」


 姉さんは、肩にかけていたトートバッグをローテーブルに置くと、溶けたアイスのようにソファーに沈んだ。


「はぁ~疲れた……。私は、今日一日頑張った! 偉いぞ~自分っ!」

「疲れたって、今日受けてきた授業は昼からでしょ? それなのに疲れたって……」


 さっきのだらりとした状態から一転、姉さんは力強い声で言った。


「わかってないな~。大学の授業は、高校と違って時間が長いし、覚える量が途方もなく多いから、いろいろ大変なんだぞ~っ!?」  


 こういう状態になったときの姉さんは、正直に言うと……めんどくさい。


「はいはい、もうわかったから」

「もぉ~! 絶対になにもわかっていないくせに~っ」


 なにか聞こえたような気がしたが、まあいいだろう。


「もう少しで夕食ができますから、部屋で休んでいてください」


 先輩は察してくれたのか、姉さんを二階の部屋へ誘導しようとしてくれた。


 ありがとうございます、先輩!


「ありがとう~♪ じゃあ、そうさせてもらおっかな~」


 先輩の言葉に甘える形で、姉さんはリビングを出て行った。 


 ――ガチャリ。


 先輩、今度何か奢ります。と、僕は心の中で誓ったのだった。




「よしっ! できました!」


 キッチンから先輩の大きな聞こえたので行ってみると、皿にきれいに盛り付けされたハンバーグを嬉しそうに眺めていた。


「美味しそうですね」


 見ているだけで、思わずよだれが出てしまいそうだ。


「翔太郎くん。ご飯ができたので、美奈さんを呼んできてくれませんか?」

「わかりました」


 先輩に言われ、姉さんを呼びに行こうとすると、突然リビングの扉が開く。


「おぉ~。美味しそう~」


 さっきまで、部屋で休んでいたはずの姉さんが降りてきたのだ。

 姉さんは、テーブルのイスに寄りかかりながら、並べられている料理を眺めるように見回していた。


「彩音ちゃんは、料理上手だね~」

「そっ、そんなことはありません……っ。料理本を見ながら、必死に作っただけですから……っ」

「それでもすごいですよ」


 先輩は褒められたことが嬉しかったのか、照れた表情で頬をかいていた。


「そんなことより、はっ、早く食べないと冷めてしまいます……っ!」


 そう言って先輩は、頬を赤らめながら席に座った。

 やっぱり、自分が作ったものを褒めてもらったことが相当嬉しかったんだな。

 そんな先輩を見ていた僕と姉さんも、同じく席に着く。


「じゃあ、手を合わせて……」


 姉さんの号令で手を合わせる。




「「「いただきますっ」」」



 さて、まずはハンバーグを……。


 箸で一口サイズに分けたハンバーグを、迎え入れるように口に運んだ。


「っ……んん!!」


 口の中でホロッと崩れるこの柔らかさと……ジュワ~と広がる肉汁……。


 ……う、美味うまい!


「おいしい~っ!!」


 僕の気持ちが伝わったのか、姉さんも感歎の声を上げていた。

 先輩の方を見ると、僕たちの反応を見てホッとした表情を浮かべている。


「とっても美味しいです、先輩」

「喜んでもらえてよかったです。作った甲斐がありますっ」


 初めて作ったとは思えないほどに……美味うまい!!


「あの、お二人に質問がありまして……」


 僕と姉さんは、ハンバーグに向かう箸を一旦止めた。


「どうしたんですか?」

「彩音ちゃん?」

「……実は、まだお二人の苦手な食べ物を聞いていなかったと思いまして……っ」


 ああぁ、なるほど。これからは、先輩が料理を作るから僕たちの好き嫌いを把握しておきたいということか。


「私は、これと言って嫌いな食べ物はないかな……。まぁ、いて言えば、貝類が全般ダメなくらい。あれは、食えたものじゃない。あの食感を思い出しただけで、ゾッとする」


 ブルブル……っ。


 ……ないって言いつつ、嫌いな食べ物あるじゃん。


「翔太郎くんは?」

「特にはありません」


 と答えると、なぜか先輩がジト目で僕の顔を見てきた。


「本当ですか?」


 ……ジッと見られている。


「ほ、本当ですよ……」

「………………」


 先輩、目が……目が怖いです……ッ!!!


「あるのなら、はっきりと言ってください。献立こんだてを考えるときに、必要になりますから!」

「っ……えっと、こんにゃくが……食べられません。なぜか、小さい頃から苦手で……」


 それを聞いて先輩は、


「やっぱり、あるじゃないですか」


 と言ってプンプンとした顔で僕の方を見てくる。


「あはははは……」


 ……というか、今の怒った顔はなんですか!? 可愛すぎるんですけど……っ!?

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