慈悲と無慈悲

殺すことは無慈悲だという人がいる。

本当にそうかなあ。

私はそう思わないね。

――死ぬべき時に死ねないのはかわいそうじゃないの?


かつて戦争があった。

今なおまだ続いている。


「…」


スコープを覗き。

ばぁん。

相手の頭が弾ける。

私は見付からないように移動。


狙う。撃つ。弾ける。移動。

狙う。撃つ。弾ける。移動。

狙う。撃つ。弾ける。移動。

見付かりそうになったらさっさと去る。


――とまあ、これが私の日常。



――ずっと殺しあいしてると頭のおかしい奴が出来上がるのかな。


「この技術が完成すれば、誰も死ぬことはなくなるんです」

――そんなことを宣う、白い女がいた。


「私には誰も死んでほしくない!」

――うっとおしい。殺し合いの邪魔だ。

流れ弾にでも当たって死ねばいい。



――仲間が一人はりつけにされていた。

向こうはいたぶって遊ぶつもりらしい。

――私はいつもと同じように。


「…」


スコープを覗き。

ばぁん。

はりつけられてた相手の頭が弾ける。

私は見付からないように移動。


――いつもの通りだ。



戻ったら白いのに絡まれた。


「なぜ撃ったのですか!」


「…あそこでさっくり死なせてやる方がいいと思った」

スナイパーライフルを担ぎなおす。さっさと戻りたいのに。


「ああ!なんてことを…まだ彼は生きられたかもしれないというのに…」

ごちゃごちゃ言ってる。うるせえ。


「…あの状況からならおおよそいたぶられて、おしまい」

さっさと帰ろう。明日もまた殺しあいだ。


「…貴女は無慈悲です」

去り際にそう言われた。


「…そう、興味ない」

私にはどうでもよかった。


――ただ。


「…いつか私は…やってみせます…」


――白いのの狂気的な目が、私をとらえて離さなかったのが気にかかる。


それからしばらくは何事もなく平和だった。

何事もなく、というのは。


狙う。撃つ。弾ける。移動。

狙う。撃つ。弾ける。移動。

狙う。撃つ。弾ける。移動。

見付かりそうになったらさっさと去る。


狙う。撃つ。弾ける。移動。

狙う。撃つ。弾ける。移動。

狙う。撃つ。弾ける。移動。

見付かりそうになったらさっさと去る。


狙う。撃つ。弾ける。移動。

狙う。撃つ。弾ける。移動。

狙う。撃つ。弾ける。移動。

見付かりそうになったらさっさと去る。


――おおよそこのサイクルが途絶えることがなかったという意味合いだ。


戦争は終わる気配を見せようとしない。

私が生まれた時からやってるからかもしれないけれど。


――白いのはちょこちょこ私に絡んでくる。

本当に何がそんなに気にいらないのだろう。



「…後は人体実験だけなんですよ」


「はあ」

はあ、としか言えなかった。

というか何で私のそばで紅茶飲んでるのだこいつ。

まじでうっとおしい。絡んでこないでほしい。


「それされあればもう完成なんですよ」

「はあ」

おざなりに相槌を打つ。

非情に不本意なことに私はこの白いの担当にされてる節がある。めんどい。


「そうすれば貴女みたいに無慈悲に仲間を殺したりする輩もいなくなりますよ!」


――無慈悲、無慈悲ねえ。


「…私は、そうは思わないけれども」


――死ねるときに死ねるのだから。

――こんな浮世にいなくてよくなるのだから。

――これ以上の慈悲はないと思うのだけれど。



――しくじった。


今度は私がはりつけになる番だった。


――まともな奴なら殺してくれると思って安心できるけれど。

向こうに白いのがいるせいで全然安心できない。

まじでむかつくなあいつ。


「…」


――まあ、どのみちさっぱり死ねることが、ちょっとばかし苦しんで死ぬことになるだけだ。


――やっと終われる。


そう思った時には、私の頭に銃弾が刺さっていた。

頭が弾ける感覚がした。

良かった。

あのくそにもまともな神経はあったんだな。


――一瞬でも、そう思った私は間違いだった。


「…?」


――いつまでたっても、”私”の意識が消えない。

――死んでない。


周りのやつらは死んだと思って私の死体――死んでないが――を下す。


――消えない。意識がはっきりしている。

こっそり頭を触ってみる。

――弾けている、確かに。


――私は、頭が弾けても死んでいなかった。



「…どういうことだ、白いの」


死んだと思った奴らを後ろから殺すのは簡単だった。

だが今はそんなことよりも聞くべきことがあった。


「やった!成功したんですね!」


胸倉をつかむ。


「私に、何をした」

「ああ、それは私の開発した”死んでも死なない”状態を作り出す弾を受けてそうなったんですよ」


――は?


「いやあホントに苦労したんですよ何十年と研究続けてこの前やっと試作品が出来たと思ったらすぐ実践投入で」


――ベラベラと白いのがしゃべる。


八割がたは耳からすり抜けたが。


「――まあつまり、貴女は死ななくなったんです!凄いでしょう!」


とまあそう言うことのようだ。


――ふざけやがって。

私から!”死”まで奪うというのかこのクソッたれ極まる世界は!


「?どうしました?」


――ああ、いや違ったわ、私から”死”を奪ったのは目の前のコイツだったわ。


ぶっ殺してやる。

――スナイパーライフルを構え――ようとして。


――いや、こいつを死なせたら私だけ置いてかれる。

こいつにも思い知らせてやらないとならない。


「ねえ、その死なない弾ってどこにあるの」


「ああ、それならこのハンドガンにBLAM!BLAMBLAMBLAM!


一瞬も迷わず撃った。1発でいいのについ4発も撃ってしまった。

思ったより苛ついていたらしい。


「何するんですか!」


頭が弾けているのに死なない。


「うわ、気持ち悪」

はっきり言ってドン引きだった。


「ホント―に貴女は無慈悲な人ですね!ぷんすこ!」


「…そうかなあ」


――私は。

人が、こんな状態になってまで、死ねない。

そんなものを作り出した、この白いのの方がよほど無慈悲だと思う。


――まあ、どうでもいいか。

とりあえず腹いせに撃ちまくった。

全然死ななかった。

スカッともしなかった。むかつく。



「やっと戦争終わりましたよ!素晴らしいでしょう私の研究!」


「うっさい死ね」BLAM!


「あ痛ったい!何するんですかホントに!」


「どーせ死なないんだしいいでしょ別に」


「痛いものは痛いんですー!」


「…というか、どうすんのよこれ…戦争終わったけど凄まじい光景よこれ」


「どこもかしこも生きてる人がたくさん!素晴らしいじゃないですか!」


「…あれは生きてるんじゃなくて死にそこなっただけだと思うのだけれどなあ、私」



「うわあ町中にあふれかえってますよ私の!私の!」


「…食糧問題とか起こりそうね」



「…」


「…こんなになっても、死ねないのね」


「…」


「…やっぱり、無慈悲なのは白いのの方だと思う」



BLAM!


「…良し、死んだ。ちゃんと効くわねこれ」


「…やっぱり、貴女が正しかったんですかね」


「今更そんなのもうどうでもいいわよ、興味ないし」



「良し、大体死にたい奴にはいきわたったんじゃないかしら」


「…」ずずーん…


「…ホント―にアンタは元気があってもなくてもうっとおしいわね」



「…これからどうしましょう」


「さあ、どーしようかしらね」


「…私が、死にたいって言ったら殺してくれます?」


「は?いやに決まってるじゃないの」


「…やっぱり無慈悲ですよ」


「先にやったのはあんたよ、白いの」


「うぐう…」



「…ハア、また戦争か」


「…」


「…私はあの中にまた紛れ込むつもりだけど、アンタはどーするの?白いの」


「…私も行きます、というか置いてかないでほしいんですけど!」


「…ニヒヒ、いい貌になったじゃないの。やっとなんか溜飲が下がったわ」



――伝説がある。

戦場に伝わるおとぎ話。


――戦場に現れる黒と白。


――黒の女神は、無慈悲に殺す。


――白の女神は、慈悲にて生かす。


――あるいは。


――黒の女神は、慈悲にて殺し。


――白の女神は、無慈悲に生かす。


そう言う伝承もまた、残されている。


――どちらが正しいのかは、出会った時にしかわからないだろう。


「あ、まだ生きてますよこの人、撃ちます?撃ちます?」

「どっちをよ、まずは確認からに決まってんでしょう」

「ですよね、では、あーごほんごほん」


「「貴女は、生きたい?死にたい?」」

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