第11話


◇◇◇


 隼の案内で孫家の屋敷の近くまで来た。地面に敷地の見取り図を書きながら計画を練る。


「杏さんは、脱走防止のためにきっと軟禁されていると思う」

「はい。だとしたら、場所はこの米倉です」


 隼は見取り図の一点を指さした。


「外壁に近いね。近くの木に登ればなんとか抜け出せそう。朧月さんと二人で忍び込むから、隼さんは見張りをしておいて」

「は、はい。でも……」

「隼さんが見つかればきっとひどい騒ぎになる。だったら見張りをして。なんなら外でひと騒ぎ起こしてくれた方が助かるよ」

「わ、分かりました。でもお気を付けください。屋敷は見張りも使用人も多く、見つかれば……」


 ふと蓮花は疑問を口にする。


「孫家は使用人に敬われているの? そうでないなら、売り払われる杏さんが逃げ出す事を見て見ぬふりしてくれるんじゃない?」


 隼は力なく首を振った。


「……敬われてはいません。あんな息子がいるような家ですから。でも統制はとれているのです。恐怖で……」


 案じるように屋敷に目を向ける隼。

 そんな中で隼と杏はたった二人で寄り添って生きてこなければならなかったのか……。そう思うと、蓮花は二人をどうしても孫家から助け出さなくてはとの想いが強くなった。




 間もなく日が落ちて暗くなってきた。計画実行だ。

 往来に人の姿が見えなくなった寸時に、背の高い隼を踏み台にして朧月が敷地内を覗き、使用人や見張りがいないのを確認してから外壁の上に飛び上がる。


「蓮の番だ」

「うん。隼さん、よろしく」

「はい!」


 隼は手を組み、そこに蓮花は足をかけた。そして外壁の上で手を伸ばす朧月の手を取り、「一、二、の三」で勢いをつけて飛び上がる。


「ありがとう!」

「お気をつけて!」

「うん!」


 蓮花と朧月は、音を立てないように米倉の近くに飛び降りた。すぐに低木の茂みに身を隠す。


「……見張りは気がつかなかったみたいね」

「のようだな」


 いつの間にか朧月が蓮花の体に手を回し、庇われるような姿勢になっている。いくら朧月が自分の事を男だと思っているとはいっても、つい恥ずかしくなって、蓮花は慌てて身を離した。


「あ! わた……僕、米倉を見てくるから、朧月さんは人が来そうだったら教えて!!」

「分かった」


 左右を確認して茂みを飛び出して、米倉の扉を引いた。


「……開いた」


 ここに杏が軟禁されているならば、鍵くらいはかかっていると思ったのに……。不安な思いを抱きながら、中に身を滑らせる。窓さえない真っ暗な米倉。蓮花は、そうっと小さな声を上げる。


「杏さん。杏さん、いますか?」


 しかし、返事はない。


「いない。ここじゃないとしたら、杏さんがいるのは……、どこだろう?」


 もしかしたら、すでに人買いに連れて行かれたのかもしれない、そう思うと蓮花の頬からさあっと血の気が引く。と、トントンと米倉の壁が叩かれた。朧月の合図だ。

 蓮花は物陰に隠れる。

 間もなくガチャガチャと何かを運ぶような物音をさせて、米倉にやってくる者がいる。下働きの女が二人、米を取りに来たようだ。


「ったく、あのバカ様。本気で龍騎士になれると思っていたのかね?」

「そうなんでしょ? あんだけ酒飲んで暴れているんだもん」

「あんなんが龍騎士になったら、この国は終わりだっつうのが分からないのかね」

「まったくそれなのにあんなに荒れちゃってさ! 仕事を増やされたこっちの身にもなれっていうの!」

「まあまあ、そう言わないの。バカ様の部屋でお酌をしているのは、あの子でしょ?」

「あの子って?」

「杏」


 物陰にいる蓮花の心臓は飛び跳ねた。まだ杏はこの屋敷にいたっていう安心反面、やっかいなところにいるという不安反面で。


「クスクス。あの子にはお似合いの仕事よ。暴れている金餅様なんて、猛獣も同じ。殴られたり蹴られたりするといいんだわ。まったくあの子ったら、どんなに仕事を押しつけても、嫌な顔一つしないんだもの。可愛げがないったらありゃしない。涙の一つでもこぼしゃ別なのにさ!」

「って、あんた。杏が美人だからやっかんでんでしょ?」

「なによ。あんただって。でも……」


 二人の下働きは、思わずというように吹き出した。


「あの子、売られるのよね。遊女宿だそうよ。あ──いい気味」


 蓮花は人の悪意に触れて、ぞっとするのが止められなかった。腕で自分を抱きしめる。が、肘が棚に当たり「コトリ」と音を立てた。

 見つかる!

 ぎゅっと目を閉じた。


「あらやだ。ネズミかしら」

「おお、気持ち悪い。行きましょ! まだまだ金餅様のために酒の肴を作らなきゃいけないのよ。いったいどのくらい食べるのかしら、意地汚い」


 二人は米倉から出て行った。しばらくして、「大丈夫か?」と声をかけながら朧月が入ってきて、怒りで小さく震えている蓮花を見つけた。


「蓮?」


 暗闇の中、蓮花の瞳だけが力強く輝く。


「朧月さん……。絶対に杏さんを自由にしてあげよう!」

「そうだな。分かった」


 蓮花は隼が描いた見取り図にある、金餅の部屋の場所を思い出した。


「杏さんのいる金餅の部屋は、こことは屋敷のちょうど正反対。多分、見張りがたくさんいると思う。朧月さん、騒ぎを起こして引き付けてくれる?」

「任せておけ」




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