第3話



 龍騎士隊訓練所前の広場では、あちらこちらからパンパンパパッと爆竹の爆ぜる音がする。大道芸人が鳴らすシンバルはシャンシャンとどこか陽気な音を上げ、もくもくと温かく香ばしい匂いの煙が立ち登る釜を荷台に乗せた甘栗売りは、「腹持ちがよく、冷えた指先を温め、懐に入れておけば全身ポッカポカ~」と引き売りをしながら大声で宣伝を始める。

 また冬の最中であるにも関わらず、楽人たちは二胡で「春を寿ぐ」曲を演奏し、踊り子たちが曲に合わせて色とりどりの細長く軽い布をヒラリヒラリと宙に舞わせながら優雅に踊っていた。曲が終わったとたんに、一段と大きい歓声が沸き、小銭が雨のように投げられる。「春を寿ぐ」とは、「(適性検査の)合格祝い」という意味だからだ。


「うわあ。お祭りみたい……」


 玉葉の家を出た少年姿の蓮花が、感嘆の声をもらした。皇宮で育った蓮花は、こんなに近くで火のついた松明でするお手玉も、呼び込みをしながら人々の間を練り歩く物売りも初めてだ。

 何よりも驚いたのが、ここにいる青少年たちの多さだ。ここ、龍騎士隊訓練所の広場に、いったい何百人いるだろう。この全てが検査を受けにきたのだろうか?

蓮花がきょろきょろとしていると、「検査は初めてか?」と、目つきが鋭い男が声をかけてきた。


「あ……、はい!」


 蓮花は自分が少年に見えている事にホッとした。


「あなたも受検生ですか?」

「俺が十八に見えるか?」


 受検資格は十八歳までだ。男はどう見ても二十代。蓮花は首を振った。


「俺も何回も受けたさ。でも全部落ちちまった。でも初めての奴はほっとけなくてな。いろいろ教えてやってんのさ。親切だろ?」


 蓮花は「はあ……」と軽く頭を下げた。

 実は、蓮花は玉葉から釘を刺されていたのだ。蓮花は皇家にとって、丁家にとって、そして玉葉にとって「大切な人」。その「大切な人」を街で一人歩きなどさせられないと。護衛を付けるか付けないかの押し問答の結果、蓮花は一人で街を歩くが、問題が起こったら即座に影から見守っている丁家の腕利きの護衛が表に出て蓮花を守るという事になったのだ。そして、秘密保持のために、その護衛に蓮花の正体は教えないと。

 早速、護衛が出て来たのかと思いきや、この男はただの親切な人のようだと、蓮花は少しほっとした。まだ一人歩き気分を味わいたかったのだ。

 大人しいと思われたのか、男が蓮花の首に親し気に腕を回す。煙草のひどい臭いに、蓮花は離れようとしたが逃げられない。強い力だ。


「この検査の時は『祭りみたい』じゃなくて、正真正銘の『祭り』なのさ。なにせ十五になりゃ、どんな芋みてえな田舎者でも、うきうきわくわく期待を膨らましやがって検査を受けに来やがる。人が集まりゃ、金も動く。大道芸人や屋台があの手この手で金を巻き上る。検査なんて毎年二千人受けても、受かるのは十人程度だ。奴らは落ちた田舎者を酒場に連れて行って、帰りの旅費どころか着替え一式まで巻き上げやがる。だから今日は祭りなんだよ。金儲けを考える奴にとっちゃな。お前、本当に幸運だぜ。巻き上げられる前に、俺が教えてやったんだからな」


 男は蓮花の首から手を離した。蓮花を値踏みするような目を向ける。


「お前、いいところの坊ちゃんか女みてえな立つ姿だな。金持ちか?」


 男は頬を歪ませる。それよりも蓮花は「女みたいだ」と言われたことの方が気になった。


――立ち姿? 男の人の立ち姿? あれ? どうすれはいいんだっけ? あれ? 立つってどうすればいいんだっけ?


 蓮花は男装が露見してしまったのではないかと、頭の中がぐるぐるする。そしてふと目の端に、参考になりそうな実に男らしい立ち姿を見つけた。


――こ、これだ!


 蓮花は、両足を広く広げてつま先立ちになりながら、右手を上にピンと伸ばして、左手を大きく開いて顔を隠して、指の間から男の顔を見る。


「そ、そんな事はないですよ。普段は男らしい立ち姿なんです」

「…………そうか? うん。そうなんだな。きっと」


 男は何故か、急に可哀そうな者を見るような顔をして、スッと蓮花から目を逸らした。


――あれ? なんか違った?


 蓮花が参考にした男は、大道芸人だ。今度は両手を絡ませて上にあげ、足も同じように絡ませている。


「それにしても、あんたみたいな金持ちでも龍騎士になりたいのか?」


 姿勢を普通の立ち姿に戻した蓮花に、男は語りかける。


「そりゃあ、もちろんですよ!」


 龍への愛情を熱く語ろうとして、握った拳は男の言葉で力を無くした。


「龍を飼いならしゃあ、逆らう奴もいねえ。禄もたっぷりもらえる。危険な仕事も押し付けられる代わりに家族も国に保護してもらえる。それに第三皇女さんも結婚すりゃ、一生豪勢な生活ができるもんな」

「え?」


目の前の男は、龍騎士になりたいのは贅沢三昧できるからだといわんばかりだ。蓮花は自分とは全く違う動機に、驚きをよりも落胆を覚えた。


「は……はあ……」

「そうだ、お前、受付はしたのか?」

「受付?」

「のんびりした奴だな。毎年一週間も前から訓練所の門の前で寝泊りして、一番に受付した奴がいるってえのに」


 男は、龍ノ髭という植物が彫刻されている龍騎士隊訓練所の門の手前を指さした。そこにはボロボロに汚れ切った青年が、放心している。きっと彼が一番に受付した人なのだろう。そのすぐ近くで長机が置かれて、受検生に対応している官服を着て冠を被った役人たちがいる。そこへ後から後から人がやってきては、札のような物をもらっているようだ。蓮花が広場の様子に夢中になっている間に、多くの人が受付をすませてしまったらしい。


「早くした方がいいぞ。正午になると検査が始まる。そしたら受付は終了だ」


 日はずいぶん高い。これではいつ検査が始まってもおかしくない。


「そうなんですか? これから受付してきます」


 蓮花はそそくさと男の近くを離れた。


「おう。がんばれ……。う! イテテテテ……! な、何をしやがるんだ?」


 男の悲鳴を聞いて、蓮花が振り返る。男は腕を後ろ手に捻りあげられていて、その手には赤い絹の巾着袋が握られていた。


「あ!! それ、わた……じゃなくて僕の財布!」


 蓮花の大声で周りから、ざわりと「スリか?」との声が広がった。

 男の後ろから、こぼれる砂のようにサラサラとした漆黒の髪を腰まで垂らした青年が、厳しい顔をして現れた。青年は暴れる男の手首をガッチリとつかんだまま微動だにしない。細身の体でありながら、見た目以上の力があるようだ。

青年は赤い巾着を男から取り上げると、蓮花に差し出した。


「あ、ありがとうございます!」

「うむ。大事はないか?」


 思いもかけないような美貌の青年の優し気な微笑みに、蓮花は思わず、ぼうっと見惚れてしまう。女性らしいところはまったくないのだが、青年の艶めかしい目も、高い鼻梁も、薄い唇も、すべてが美しい。

 あまりにも蓮花が返事をしないせいか、その青年の顔がふいにかげる。


「どうした? まさか、怪我を……?」


 青年は、「許せん」と呟くと、自らが捻り上げている男の手を、ギリギリと持ち上げる。


「や、止めてくれ! 腕が……、腕が折れちまう!」


 その光景を見て、蓮花はハッと我に返る。


「あ、あの。私は大丈夫です。怪我もしていませんから、その人はあっちへ……」


 蓮花は、誰が通報したのか、現れた官憲を指さした。その官憲に、無事に連行されていくのを蓮花はホッとした気持ちで見送った。


 青年はまた蓮花の横顔をじっと見つめている。蓮花が気恥ずかしくなるほどだ。


「本当に怪我はしていないのだな?」

「あ、はい。大丈夫です」


 蓮花は胸の前でぐっと両手を握り締めた。


「そなたは大切な人ゆえ、怪我をされては困る」

「え⁉」

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