第三皇女ですけれど、女禁の龍騎士訓練所に入りました

宮城野うさぎ

第一章

第1話



 凍てつくような夜明け前の空に、満月と水龍すいりゅう星と金龍きんりゅう星が一列に並んで輝く年に一度の日。夜中の店じまいをする者や、朝早くの商売の準備をする者が、そろって空を見上げては、かじかんだ指先に「はあっ」と息を吹きかけて、今年も「あの日」がやってきたと呟いた。


 清藍せいらん国皇宮近くにある高官・てい家から、皇妃となった娘がいた。しかし、皇帝の寵愛むなしく、その娘は皇女を一人産んで世をはかなんだ。昨日はその七回目の法要であった。区切りとなるその法要に、皇宮でも奥深くにある後宮で、たおやかに育っているはずの第三皇女・蓮花れんかが、従姉妹で側仕えの玉葉ぎょくようと、丁家に数日間の宿下がりしていた。玉葉にとって丁家は実家でもある。


 その丁家の屋敷。まだ日も明けきらないというのに、まるでカエルが潰されたような苦し気な声が聞こえる。


「ぐっ……。ぐ、苦じい!」

「嫌なら、お止めになりますか? 姫様」


 うんざりとしてはいるが、鈴のようなかわいらしい声で玉葉が問いかける。


「い、嫌よ!」

「なら、我慢なさって下さいませ」


 玉葉は「せ」の発音と同時に、蓮花の胸のさらしをギュッと締め上げ、蓮花はさらにぐえっと悲鳴を上げた。


「それにしても、この玉葉には分かりませんわ。皇宮の奥で蝶よ花よと育った姫様が、こんなことをなさるのか……」

「え? この変装の事? そりゃあもちろん、龍騎士の適性検査を受けるためだよ」

「そうではございません! わたくしが言っているのは、どうして姫様が龍騎士になりたいのかでございます!」

 

 ふいに、蓮花は力強く立ち上がった。


「どうして私が龍騎士になりたいかですって?」


 蓮花はさらしなどしなくともほとんど膨らみのない胸を張り、女性らしいくびれもない細い腰に両手をガシっと置いた。


「そ──んなの、決まっているじゃない! 私が龍を大好きだからよ!」


 深い理由などない、実に明快な理由であった。

 蓮花が鼻息をフンと鳴らした瞬間、胸をおさえつけていたはずのさらしがハラリと落ちる。


「きゃああああ!!」


 悲鳴を上げて、蓮花は胸を押さえてしゃがみ込む。


「姫様! 使用人が集まってしまいます! お静かに!」

「ご、ごめん玉葉」

「姫様! もう一度最初からやりなおしです」


 また最初からあの苦しい思いをするのかと、グデッとなった蓮花であった。




 龍は神力を持った、神獣である。その力はどんな獣も足元に及ばず、翼もないのにどんな鳥よりも速く空を駆け、その知恵はどんな知恵者であろうと足元にひれ伏す。

そんな龍にも唯一の悪癖があった。

 龍の千年とも二千年ともいわれる長い一生の中で、たった一人の人間の男に恋してしまうのだ。龍はめすしかいないからである。龍はその人間を守り、戦い、知恵を授け、欲しい財宝があればくれてやる。人々は、そんな龍を「恋龍れんりゅう」と呼び、龍に愛される幸運な人間を「龍の恋人」と呼んだ。


 しかし時代は変わる。


 五百年前、清藍国のある青年が、自分の恋龍に願った。ある人間の娘と結ばれるのを手伝って欲しいと。いくら「龍の恋人」と呼ばれようとも、姿も、大きさも、寿命も、そして存在さえも、全く異なる龍に恋する人間はいなかったからである。

 恋龍は嫉妬に苦しんだが、青年の望みを叶えてやることにした。龍は恋する人間の望みを叶える生き物だったからである。

 龍の仲立ちで青年と娘は恋仲になったが、娘の親から結婚は許されなかった。何故なら、娘は清藍国の第三皇女。身分違いの恋だったのである。


 青年は再び恋龍に願った。第三皇女と結婚をしたいと。

 恋龍は青年にある宝貝ぱおぺいを授けた。その宝貝ぱおぺいは、魂の一部を封じ込めて、宝珠にしてしまうものだ。一部とはいっても、その魂は龍を惹きつけてやまず、次第に龍は人間の代わりに宝珠を愛するようになった。龍にとっても、人間に恋をすることは危険を伴うからだ。命短い人間に恋をしても、必ず先に逝ってしまう。その後、命絶えるまでその者を想い続けて生きなければならない。その点、宝珠ならば人間が死んだ後も、ずっと在り続けるからだ。

 しかし誰でもこの宝貝ぱおぺいで宝珠を作れるわけではない。普通の人間なら、魂の一部を欠けたならまともに生きていることはできない。しかし、龍が恋するような人間は魂の容量というか、大きさが元より巨大なのだそうだ。龍と出会わなくても、そういう人物は良くも悪くも運命を引き寄せるのだそうだ。

 そして宝珠を作ったからといって、その宝珠を龍が気に入るかどうかは分からない。宝珠には作った者の性質を強く反映するからだ。要は、宝珠を作れるのは開始線に立ったに過ぎない。宝珠を受け取るも放っておくも、龍の好み次第というわけだ。


 かくして、龍は人に恋をしなくなり、「恋龍」もいなくなった。しかし人と龍の間が疎遠になったわけではなく、恋の代わりに宝珠で関係を結び、「恋龍」を「守龍」と、「龍の恋人」を「龍騎士」と名を変えて信頼や友情を結ぶ関係は続いていった。

 変化した点は他にもある。龍は一生に一度しか恋をしないが、龍は気にいった宝珠があれば、何度でも受け取るようになった。その結果、龍の恋で始まる「恋龍」と「龍の恋人」は百年に一度しか誕生しなかったが、宝珠で始まる「守龍」と「龍騎士」は数年おきに誕生するようになったのである。宝珠の宝貝ぱおぺいにより、発言権を持った青年は、守龍と龍騎士を取りまとめて、「龍騎士隊」を作り隊長となる。

 龍は比類なき力を持った生き物である。龍騎士隊に敵対できるようなものはどこにもおらず、ほどなく清藍国は「龍に愛されし国」と称されるようになった。

 青年は龍騎士隊を率いた功により、第三皇女と結婚が許されたのだ。かつて、自分に恋する龍に願った通りに。



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