第3話 【ちょろいん】

教室内の動揺は、今までに感じたことがないほどに膨れ上がっていた。


それはそうだ。学園のアイドルが俺みたいなモブキャラに振られたとあっては大事件だろう。


せっかく落ち着いてきた視線の量が盛り返してきた。なんなら記録更新も夢じゃない!更新したくはないけど……


そんな俺の気心も知らない柑菜瀬さんは、あっけらかんとした表情で俺に向き合いしたり顔を決めてきた。


くそっ‼︎ 腹立つけど可愛いっ‼︎




幸か不幸か此処は高校。否が応でも無慈悲なる警笛は降り注ぐ。




始業5分前を知らせるチャイムが鳴り、他クラスの奴らは続々と撤収していく。


彼女もその1人ではあったが、、、


「それじゃあ翔人君、またお昼休みに屋上に来てね〜。今日はお弁当を作って来たんだよ!」




……最後の最後まで爆弾魔は爆弾魔だった。






=====






朝からひどい目にあった。気まぐれ無自覚小悪魔が爆破予告をしてきたので、それに付随する反応に対応せざるを得なかったのだ。


えっ、何だって?『回りくどい言い方で、意味がわかんねぇよ!』だと?


君はいったい今まで何を見てきたんだ‼︎


ただ回りくどくてわかりにくくなっていることくらいは流石に俺にもわかったので単刀直入に言おう。


朝の柑菜瀬さんの一件で、クラスの漢どもに群がられて、熱苦しい質問責めにあった。しかも1番多かったのが、、、




「おいてめー!インキャなんじゃなかったのかよ‼︎いつの間に学園のアイドルときゃっきゃうふふしてんだよぉーーー!俺にもコツを教えろ‼︎‼︎」




だった。


そういう奴に限って、ことの詳細をありのままに語っても一向に信じようとはしなかった。


結果どうなったかというと……






=====






お昼休み。


柑菜瀬さんに言われた通り、屋上にやってきた。後ろに大量の野次馬を引き連れて。


無論これは自分の意思で、だ。


決して「次約束を破ったら〜、デートして貰いますからね〜♡」という言葉に恐れ慄いたわけではない。決して脅しには屈しない‼︎




そして周囲を見渡すと、1番見晴らしのいいところで堂々と座っていた。


遠くから見ても可愛いのがわかる人間は、最早世界レベルの美貌だろう。彼女はそれほどに美しく、そして目立つ。


向こうも俺に気が付いたらしく、満面の笑みで手を振ってくる。


やっべー堕ちそう。あれほどに見ているだけで幸せになる身振りってこの世界に存在したんだぁ‼︎ ……背後から感じる視線が今までにないくらい痛いけど。


全く異なるベクトルの感情がこもった視線を体の前後で受けて板挟みになっていると、柑菜瀬さんが駆け寄って来て俺の手を引き始めた。


えっ、え?これどういう状況?夢じゃないよね??もう死んでも悔いはない‼︎……とまでは言わないけど幸せなことに変わりはなかった。




「もお〜遅いよ〜!……?なんだか今日の屋上は人が多いんだね〜。それより早くお昼にしようよ‼︎」


夢ではなかった。よかったぁ〜。いや良くないか。


「やっぱり夢じゃないんだ……。今すぐにでも教室での隠れ生活に戻りたいんだけど……」


柑菜瀬さんは俺の呟きを耳にして目をパチパチさせていたが、やがて意味にたどり着いたのか吹き出している。


「ダメだよそんなこと言ってちゃ〜。折角元は私が保証できるほど整ってるのにさぁ」


余計なお世話だ……とは流石に面と向かっては言えない。グッと堪える。


「……でも私が惚れたのは容姿だけじゃないんだけどね」


あっはっはっはっはー。可愛い子の冗談は切れ味が違う。


メチャクチャいてぇ。


「そういえば、まだ俺に一目惚れすることになった出来事とか教えてもらってないんだけど?」


昨日は結局茶化されてうやむやになっていた。どうせ機会が巡って来たのだから、しっかり使わせてもらおう。


「この前教えてあげた通りだよ?それ以上でも以下でもないんだけどなぁ」


少し困ったように人差し指で頬を掻いている。




だが観察眼だけは発達した俺の慧眼からは逃れられない。


「それは建前なんでしょ。見ていればわかるよ。柑菜瀬さん、今まで本音を周りの人に漏らしたことないでしょ?」


「……面白いこと言うね。どうしてそう思うのかな?」


「そうだな〜。今の俺がわかったことといえば、理由を聞いたときには必ず愛想笑いになっていることと、嘘をつくときだけ俺から視線を外すこと。それから声のトーンが半オクターブくらい下がることかな」


興味深そうに終始聞いていたが、話が終わると覚悟を決めるためにか大きく深呼吸を一回した。


その時、ただでさえ主張の強い双丘の存在感がより一層際立っていた。


おい待て誰がむっつりスケベだと、こら。男の本能だ、仕方がないだろ!断じてむっつりなどではない‼︎ 周りの傍観者も釘付けになってるから俺はノーマルだ‼︎


「見逃してもおかしくない仕草ばかりなのに...。やっぱり翔人君はすごいね。」


「ん?やっぱりってどう言うこと??あの日まで柑菜瀬さんと話したことなんてなかったと思うんだけど…」


しばらく伏せたままだった顔をようやくあげた。そこに普段笑顔が絶えない学校のアイドル【柑菜瀬 優奈】はいなかった。


「ううん、たまに友達が教えてくれたんだよ。“同じ学年の平生の観察眼がえげつない”って」


誰だよそんなことを話すのは…。まあ、おそらくはどこぞの光○だろうけど。


奴は後で教室で〆るとしよう。



「翔人君の言う通りだよ。私は基本、学校ではホンネを出さないようにしてるんだよ。理由は……知りたい?」




彼女の瞳には覚悟が宿っていた。そしてそれは、これより先を聞くならば今までの生活には戻れなくなる、という分水嶺に立っていることを自覚させた。


チキンハートの俺はそんな重大な責任を負いたくない。そしてまだ死にたくない。


しかし心の叫びに反して、体は厳かに首肯した。


「ありがとう。……じゃあ今日の放課後に私の家に来てね。証拠の写真も見せたいから」


「わかった。じゃあ昇降口で待ってて……って、まさか⁉︎」


柑菜瀬さんは無言で笑っていた。


してやられた!とは思ったが、既に後の祭りだ。


渋々今日の放課後の予定を埋めるのであった−−−


あっ、柑菜瀬さんの作ってきたご飯は美味しかったですぅ。


もう俺は負け組を脱して勝ち組になったんだよ、残念だったなモブども‼︎(汗)






=====






放課後。


ようやく今までにないほど過ごし辛かった学校が終わり、家でゆっくりゲームでもしようと思っていたのに。上手く嵌められたために延長戦が始まる−−−




昇降口に降りると、やはり彼女の姿があった。


関係ないふりをして通り過ぎようとしたが前に立ち塞がれてそれ以上進めなかった。


「ま〜た逃れようとした〜!ねぇ……そんなに私と付き合うの……いや?」


昨日の今日で人が違うように口調が変わったことにも気付いていたが、今はそれどころではない。


今1番の問題は、目の前の小動物を手懐けることだ。




鈍感系主人公は、『いや…そういうわけじゃないんだけど、むしろこんな僕と噂されちゃ〇〇さんの方に迷惑でしょ?』という。


一方で王道系主人公は、『そんなことないよ。むしろ〇〇さんさえ良ければよろしく』というのだろう。


しかしそこは中途半端で有名なこの俺。鈍感系ではないが王道系でもない。まぁ、だからこそ返事に窮しているのだが。


「いや柑菜瀬さんのことは嫌いじゃないよ。ただ友達より上の関係を始めるのに抵抗があるだけなんだ、ほんと。だから捨てられそうな子犬のような目を向けないで、ね?」


きちんと理由を伝えると、不満が残った顔をなんとか引っ込めてくれた。だが、それ以上の譲歩をするつもりもないらしい。


「……それじゃあ私の家に行くからついてきて。」




柑菜瀬さんの家は一言でいえば、ヤバかった。


普段の柑菜瀬さんは柔和で笑顔が眩しい淑女というイメージだが、目の前の自宅は形容しようとすると真逆だった。


周りは植物垣で囲われていて、中には日本庭園が存在し、日本家屋の造りの広大な一軒家だった。


ヤクザ映画の組長の家のイメージをそのまま体現したような感じだ。


案内されるがままに俺は彼女についていく。するとある部屋の前で不意に立ち止まった。


「ここが私の部屋だから先に入って待ってて。私はお茶を入れてくるから。」


「おおぅ...。わかった」


同級生の部屋に入るのってこんなにハードルが高いことだったんだな。今まで嘲笑ってすみませんでした!


強張る身体に鞭を打ち扉を開ける。その先に広がっていたのは---






=====






「どうしよう、今俺はかつてないほどに安心している…‼︎」


そう、俺が柑菜瀬さんの部屋で見つけたものは……馴染み深いヲタ部屋だった。


今の世の中ではあまり忌避されることはなくなったが、頭のお堅いアホウどもは未だにアニメ好きを見下す傾向をもつ。そんな奴は人生大ゴケしろ‼︎嘲笑ってやるからよぉ‼︎


「でもこれが私がいじめを受ける原因にもなったから複雑…。私昔っからアニメが好きで、でも誰もわかってくれなくて。最初の頃は隠してなかったんだけど、今はそのことを知られるのが怖くって…‼︎」


ならばラノベ道を突き進む先輩としてはっきりと言っておかねばなるまい。


「柑菜瀬さん。今から俺は君に説教をしなければない。何故かわかるかい?」


「えっ…⁉︎いえ、わかりませんけど……」


突然のことでさっぱりわかっていないようだ。うん、なんとなくそんな気はしてた。というか、久しぶりにガチトーン出したけど上擦らなくってよかった。


「いいかい、柑菜瀬さん。君は2つ勘違いしている。まず一つ目は、ヲタク文化は恥ずべき文化ではないこと。そして二つ目は、共有できる友達が目の前にいることだよ」


「だからさ、もう自分を隠して過ごすのはもう辞めなよ。そんなに苦しんでいるんだったら隠す意味がなくなっちゃうし。もしみんなが離れていったとしても、俺はそばに居続けてやるから。」




自分でも言ってて恥ずかしくなってきたが、ここで俺が怖気付いてしまっては、彼女は一生仮面を被った生活をしなければならなくなる。


彼女の心の底から溢れ出た感情を乗せた屈託のない笑顔を知ってしまったからには、それが見られないのは勿体無いと思える。そしてそれ以上に、なんとなく柑菜瀬さんが落ち込んでいる寂しい姿は見たくないように感じられた。




当の柑菜瀬さんは、いよいよ頭から湯気を吹き出して処理不能になっていた。


この展開は……まさかっ⁉︎柑菜瀬さんチョロくない⁉︎確かに恥ずかしいことを言った自覚はあったけど、それでもちょろくないっ⁉︎もしかして柑菜瀬さんって伝説の【ちょろいん】…?


「そ、そんなことないよっ‼︎ べべべべつに、わわわ私ちょろくないし‼︎ ちょろくなんてないもん‼︎」


「えぇっ⁉︎ なんで心読めてるのぉ⁉︎」


「心なんか読んでないし!翔人君がボソボソ言っていたんじゃん‼︎」


なるほどなるほど、俺が傍から見たら気持ち悪い危険なやつだとよ〜くわかった(泣)


「と、とにかく私の恥ずかしい一面を見ちゃった君を、このまま大人しく返すわけには…いかない‼︎な、な〜んて言ってみたりみなかったり……」


先ほどまでの威勢はどこにいったのやら、だんだん声が小さく、そして身体も縮こまっていった。


おっふ...。その可愛さの連撃拳は受け止め切れないぜ……。恋のキューピットの矢は既に放たれた!あとは的にあたるだけだ‼︎


「というわけで、今日から私と付き合って!翔人君‼︎」


「いや、どういうわけだよ‼︎‼︎ あといい加減一目惚れの理由教えてくれよ!」


……その言葉は、弱目の俺の心にクリティカルヒットしたのだった。

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