第2話 正義の味方から襲撃を受けたので逃げています

いえ―――――国軍、ではないとすれば。






領、軍?






ぞっとした。


(もっと悪い!)

カビくさい家屋の中、私は、走る、走る、走る。


他にも、乱れ切った足音が縦横に床を叩く。

私以外にも、家の中なら時間稼ぎができるって思った人間は多いらしい。

けど、圧倒的力に蹂躙されている今、この家屋とて、いつまでもつか。


そもそも。



家の中でも無事という保証は、―――――。



思う端から、天井が軋んだ。

とたん、周囲で湧きおこる阿鼻叫喚の渦。



大地も壁も無視した疾風の刃が、正確に命だけを狩り取るべく、周囲に閃いた。


術者の視界が及ばない場所ですら、この威力!

ふざけてる!




ほとんど勘で、空間を席巻する力の軌道を先読み―――――避け切った。

緊張と恐怖に息も絶え絶えになりながら、私は地下の物置に飛び込む。


頭上、床にある扉を閉ざす寸前、鼻先を鉄錆のにおいがかすめた。

拍子に頬にかかった生ぬるいものの正体を確認もせず、粗末な木製の階段を駆け降りる。


途中、頭上で肉が打ち付けられる音。

同時に、大量の水でも撒いたような音が届き、床板の隙間から何かが大量に降ってくる。




地下になんか行けば袋の鼠?


分かっている。




でも、助かるかもしれない方法が、私にはあった。


なにせ、私。

これでも、魔境・ヨミの魔女。






―――――オチコボレだけどね。






ただしここは、魔境・ヨミじゃない。


あの地だって犯罪者の巣窟だけど、だからこそ、血の鉄則は守られてた。

最低限のルールは。


そう言う場所では、こんな問答無用の掃討は行われない。

掟を破らない限りは、何をしても誰も言わない。


(何かない、何か)

私は肩で息をしながら、地下の物置に放り込んでた二年前の自分の荷物を探す。


このままだと確実に殺される。

なにせ。






ついさっき垣間見た、あの少年。






ひたすら、別格だった。


あれは。

確実に、ガユスの武門の一角。


閃いた名は、辺り一帯の領地をおさめる武門の名。



ハク家。


『天』の位階を持つ一族だ。



見えた鎧が、国軍ではない、とすれば。

そう、…領軍。

すこし頭が冷えれば、いっきに現実感が増す。


ここは、ハク領だ。


彼らが、討伐に動いた。

さっきから、胃の腑がひっくり返りそうだ。


なぜ。


どうして。


だってこの地は、国家転覆にまで至るような派手な犯罪には手を染めてない。

あくまで、小悪党。

武門『天』の一族がわざわざ手を下しに訪れるほどの相手とは思えなかった。


考えたって答えは出ない。

ただ、怖かった。




まずいまずいまずい。




だめ。

確実に、終わりだ。

もう、この地は。


滅ぶ。


一瞬、瞑目。

魔術が相手なら、なんとか逃げきれる自信はあった。


相手が誰でもね。


なんせ、私はオチコボレ。




逃げるのは得意。




けど。でも。


ガユスで使われるのは、魔術じゃなかった。

仙術。


武においては気を練ると言う。


仙術においては丹を練るという。


ガユスで一般的なそれらは、言い方からも分かるように、騎士が使う剣とも魔術とも違う理が使用されている。




大雑把に言えば、仙術が肉体の内部に働き掛け、そこから力を引き出すのだとすれば、魔術は外部、大自然に働き掛け、そこから力の恩恵を得る。




方向性が違うってわけ。




なのに使われる力は、根っこでは同じらしい。

けど、理論は、賢者機関でも詳らかにはされてない。


で、ある以上。


魔女の末席…というか、補欠程度の私に、慣れがあるわけない。

魔術ならまだなんとか誤魔化し、受け流せる。


でも相手が使うのは仙術。どうしろと。

外部への働き掛けでない以上、動きが読めないんだよ、あれって。


ええい、とにかく。


死ぬわけにはいかない。

というか、この恐怖からとっとと逃げたい。



たとえ私が、こんな薄汚れた場所で犯罪者の片棒担ぐ、しょうもない奴だとしても。



御立派じゃなくたって、生きててもいいでしょ?


だいたい、ここだって。

犯罪者の巣窟だったとしても、それなりに。


居心地は、良かったんだ。

問答無用で掃除するみたいに殺されるなんて、ない。

私らは社会の雑菌ってわけか。

いいでしょ。




雑菌の底力、見せてやる。




ぐっと奥歯を噛みしめる。





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