第22話 ゲームの主人公は誰?

 「『ラヴ・パーミッション』? なんですの、それ?」


 「小説……えぇと、ライトノベルです。あ、それと同じタイトルのゲームもあるみたいなんですけど……」


「うーん、ごめんなさい。聞き覚えがないわ」


 放課後の生徒会室。

 僕の目の前に座ってる容姿端麗、成績優秀、品行方正の生徒会長宮澤みやざわ節奈せつなさんが、申し訳なさそうにそう答える。


 長谷川さん以外のヒロインに手当たり次第に聞いてみたけど、『ラヴ・パーミッション』を知ってる人はいなかった。


「こちらこそ、こんな要件でお邪魔してスミマセン。でも、悠太ゆうたに関わる大事な事だったので……」


「悠太さんって、あなたの大切な人なのかしら?」


「そっ、そんなんじゃ……ない……んですけど……」


「ふふふ。冗談よ。でも、何か聞きたいことがあったら、遠慮しないでいつでも来ていいのよ」


 宮澤会長が優しく微笑む。

 ああ、チョコレートを騙して食べさせるほど悠太にご執心だったのに、彼に対する会長の反応が『モブ』にまで急落してる。

 主人公でなくなるって、そういうことなの?

 なんだか世の無情を感じるけど、ギャルゲーのヒロインの気持ちなんてそんなものなのかな。

 僕だってヒロインの一人だから、そのうち悠太のことを忘れてしまうのかもしれない。

 そして他新しい主人公を好きになってしまう?


 あっ、閃いた!


 ヒロインたちが主人公を必ず好きになるのなら、彼女たちが関心ある男の子を見つければ、それが主人公だってことだよね。


「あ、あの。突然変なこと聞きますけど、宮澤会長の好きな人、教えてもらえませんか?」


 もはや、好きな人が居るかどうかなんて聞きはしない。

 でも、僕のストレートすぎる質問にまったく引くことなく彼女は答えた。


「好きな人かぁ。うーん、好きな男性はいないわね。でも、気になってる人だったら、いるかもしれないわ」


「その人って……」


「内緒です」


 会長が再び優しく微笑む。

 美人の微笑みってミステリアスだ。でも、それじゃあ誰が主人公なのかわからないよ。


 改めてお礼を言ってから、僕は生徒会室を出る。

 西に傾きつつある太陽の光が、廊下の窓から差し込んでくる。

 一日かけて『ラヴ・パーミッション』のヒロインたちに声を掛けてみたけど、誰からも主人公らしい人の情報は得られなかった。

 みんな凄く協力的で、聞き込みは捗ったけど……。


 うーん、この方法じゃあダメなのかなぁ。


城咲しろさきせんぱい!」


 靴を履き替えようとしている時に、声をかけられた。

 振り返ると後輩の倉科くらしな 舞華まいかちゃんが立っていた。


「また会いましたね、せんぱい。これから帰るんですか?」


 そうだ、彼女にはまだ聞いてなかった。


 「舞華ちゃん。『ラヴ・パーミッション』って知ってる?」


「なんですか、それ? 少女マンガですか?」


 「えーと、ライトノベルなんだけど……」


 それを聞いても首をひねる舞華ちゃん。

 やっぱり知らないみたい。


「聞いたことはないですね……あっ! でも、ライトノベルなら、櫻田さくらだせんぱいが詳しいんじゃないですか?」


 櫻田先輩とは悠太のことだ。

 確かに、『ラヴ・パーミッション』を貸してくれたのも悠太だった。

 でも、彼は長谷川さんを選んだんだ。

 それを思い出すと胸が痛くなる。


「悠太は知らないと思う……」


「櫻田せんぱいが知らなくても、妹の恵流えるちゃんならわかるかも」


 ああ。

 そういえば、恵流ちゃんもヒロインの一人だった。

 中学生だから学校では会わないし、すっかり忘れてた。

 たしか、舞華ちゃんとは同じ中学校の後輩だったハズ。


「恵流ちゃんって、ライトノベルに詳しいの?」


「すっごい詳しいですよ! 自分でも小説書いちゃうくらいなんですから!」


 へぇ。

 悠太の家に遊びに行った時、何度か彼女と会った事がある……いや、あれは見かけたという方が正しいかな。

 明るい髪色のツインテールに整った顔立ち。

 透明感のある色素の薄い瞳。

 真っ白な肌と小柄でデコボコの少ない体つき。

 他のヒロインたちとは違う『儚さ』を絵に描いたような女の子。

 美少女なのに喋らないし、感情を表に出すこともない。

 それが悠太の妹――恵流ちゃんの印象だった。


 ヒロインの一人で、ライトノベルにとっても詳しい……これはなにか重要な情報が掴めるかも知れない。


「ありがとう、舞華ちゃん。帰りに寄ってみるよ」


 ◇◇◇


 まるでビスクドールのように白くて小さい手が、ブルーの茶器で紅茶を煎れる。

 温かくていい香りに鼻をくすぐられた。


「どうぞ」


 目の前に置かれたカップに美しい所作で紅茶を注ぐ恵流ちゃん。

 悠太の妹なんだけど、攻略対象として血が繋がらない義理の妹っていう『設定』になってる。


 悠太の家は、駅から反対方向に歩いて5分くらいの住宅地に建つマンションの上層階だ。

 悠太は都合よく留守みたい。

 でも今頃、長谷川さんの家でイチャイチャしてるのかと思うと、胸に黒い炎が燃え上がる。

 いやいや、この際、余計なことは忘れよう。


 恵流ちゃんは、以前何度か会ったときのように必要なことしか話さない。


「恵流ちゃん。あたしはミルクティーね」


 僕の隣に座った女の子が注文する。

 舞華ちゃんだ。

 あの後、僕が悠太の家に行くって決めたら、舞華ちゃんもついてくることになったんだ。

 恵流ちゃんとはほとんど話したことがなかったから、彼女が来てくれて助かったよ。


「『ラヴ・パーミッション』……ですか?」


 話を聞いた恵流ちゃんが、眉間にシワをよせて考え込む。


「ちょっと探すのに時間かかるかも知れませんが良いですか?」


 彼女は申し訳なさそうにそう言うと、机の上のノートパソコンで検索を始めた。

 中学生なのに自分用のパソコンを持ってるなんて凄い。

 でも……この世界では『ラヴ・パーミッション』の小説自体がメタな存在だから、彼女が知らなくて当然。

 それなのに、わざわざ検索してくれる恵流ちゃんってとても良い子だなあ。


「あたし、ちょっとトイレ……」


 それに引き換え、僕の後輩の舞華ちゃんは、紅茶やお菓子を飲み食いしたあげく、恵流ちゃんの検索が時間かかると知ったら、トイレに行ってしまった。

 なんてフリーダム!

 恵流ちゃんが自分の後輩だからか、まったく遠慮ってものがない。

 そう思ってトイレに立つ彼女を見送っていると……。


城咲しろさき 真純ますみさん」


 舞華ちゃんが部屋を出るとすぐに、恵流ちゃんから突然話しかけられた。


「実は城崎さんにお話があるんです」

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