第13話 ドヤ顔で決めポーズ

 僕は全力で走っていた。


 校舎とブロック塀に挟まれた狭い通路を通って、学食の調理場の裏にあたる場所。

 我が校で超有名な告白の名所――イチョウの木のもとへ。


 今日、これから長谷川はせがわさんが悠太ゆうたに愛の告白をする。

 そして彼は断り、長谷川さんが僕の体の秘密を喋って、僕はそのまま女性化TSする……っていう予定なんだけど、今回は他のヒロインたちが変に物語に介入してきて、なんだかすごく嫌な予感がするんだ。

 もしもなにかあったら、対応しないとならない。


 イチョウの木に近づくに連れて僕は足音を殺し、以前隠れたことがある校舎の柱の影に身を潜めた。

 胸が苦しいのは急いで走ってきたから?

 荒くなる息を無理やり潜めて耳を澄ませる。


「なに言ってんだ? 俺も真純ますみも男だぞ」


 悠太の声が聞こえる。

 この前の告白の時と同じく、悠太が僕を好きなんだと長谷川さんに疑われるシーンだ。

 ここで彼女が僕の体の秘密を……。


「待ってください!」


 そこへ突然女の子の叫び声がした。

 声の主は僕の横を走り抜けて、二人の目の前に飛び出す。

 さっきまで僕と話してた後輩の倉科くらしな 舞華まいかちゃんだった。


 確かに彼女は、僕と悠太との仲を応援するって言ってたし、長谷川さんを止めないと……って焦ってたけど、まさか告白に乱入するなんて!


「ちょっと待ってください、長谷川せんぱい! 櫻田さくらだせんぱいと城咲しろさきせんぱいは二人とも男子ですけど、お互いに好き合ってる恋人同士なんです! 立派なゲイのカップルなんです!」


 舞華ちゃんのマト外れな絶叫が校舎裏に響き渡る。

 それを聞いて、悠太も長谷川さんも口をポカーンと開けたまま固まってしまった。


 当たり前だよ。

 自分が告白したその場で、そんなこと言われたら唖然とするしかない。

 しかも、悠太本人じゃなくて突然出てきた後輩の女の子に。


 それに、僕と悠太がゲイのカップルだなんて大声で言われたら迷惑だよ。

 まぁ、今のところは限りなくそれに近いんだけど……。


「倉科さん……だったわよね」


 いち早く我に返った長谷川さんが、落ち着いた口調で話し始める。


「突然出てきてなにを言いだすかと思ったら……あなたの言ってることは正しくないわ。第一、悠太も真純くんもゲイじゃないわよ」


 長谷川さんが反論する。


「プライベートなことだからあまり言いたくないんだけど、真純くんは性同一性障害っていう問題を抱えてるの」


 そう、そこで僕の体のことをバラしたら、僕は……。


「彼の体は男の子なんだけど心は女の子なの! だから、同性愛とは違うのよ!」


 そうそう、そして僕の体は男の子に……って、セリフがちがぁーうっ!


 どうなってるの?

 長谷川さんが言い間違えた?


「あたしだって、親友だって言う割に二人の仲が近過ぎるなって思ってたのよ。でも、真純くんと同じ中学校の子に聞いたの。彼の体が女の子の……あれ? えぇと……」


 長谷川さんの声が急に小さくなる。

 ほらっ。正解までもうちょっと!

 男の子と女の子が逆だよ、逆!


「彼の体は……うぅん、そんなのことどうでもいいわ!」


 どうでもよくないよ!

 そこ、一番大事なとこだよ!


 校舎の柱の影でヤキモキしてる僕をよそに、長谷川さんと舞華ちゃんが言い合いをしてる。

 それを見てオロオロするだけの悠太。


 ああ、これは失敗だな。

 悠太がリセットしてやり直しだ。

 でも、この場をなんとかしないと!

 意を決して柱の影から出ると、言い争ってる二人に近づく。


「真純くん!」


「真純……」


 長谷川さんと悠太が驚く。

 ここを納めるにはこれしかない!

 僕は深く息を吸い込でからニッコリと微笑んで言った。


「二人とも間違ってるよ。僕は城崎 真純。女の子として生まれて、性同一性障害で男の子として入学した男子生徒だ!」


 舌を出してウインク。横ピースを目に当てて、カッコ可愛いポーズを決める。


 ドヤぁ!


 もちろん、自分で言ったセリフで女性化TSするハズもなく、神妙な顔で黙り込むヒロイン二人と無表情の悠太。

 うん、外したね……。

 笑うなり呆れるなり、もっとこう、なにかリアクションがあったら良かったんだけど……。


 ううぅ。

 急に恥ずかしくなって、顔を隠しててその場から逃げ出す。


「真純っ!」


 悠太の呼ぶ声

 でも僕は振り返らない。


 ◇◇◇


「あの本、読んだのか?」


 降りる駅が一緒だから結局一緒に帰る道すがら、彼が僕に訊ねる。

 長谷川さんの告白の時、僕がやった決めポーズのことを言ってるんだ。

 思い出すと顔から火が出そう。


「読んだよ。悠太が勧めてくれただけあってすっごく面白かった」


 最高の笑顔を向けて答える。

 だから僕は自分がヒロインになるって知ってるんだ。

 そして、男の子の僕ではヒロインになれないってことも……。


「そうか……実は、お前に話さなきゃならないことがある。俺たちにとって大事なことだ。ちょっと長い話になるんだけど、聞いてくれるか?」


 悠太が真剣な顔で聞いてくる。

 それがちょっと可笑しい。

 僕はワザと腕時計を見て、少しだけ考えるフリをしてから答える。


「うん、大丈夫。時間ならいくらでもあるよ」


 そして彼は、あの日の深夜に僕の部屋でした話をもう一度してくれた。

 どうせリセットしちゃうんだから、適当に端折っちゃえばいいのに……真面目なヤツ。


「ねぇ、悠太。僕が女の子になるってホント? もしならなかったらどうする? その時も付き合ってくれるの?」


 隣を歩く彼の顔をそっと盗み見ながら呟く。


「さっきも言っただろ? 設定から外れることをやると不幸確定なんだよ。でも大丈夫だ。お前がちゃんと女の子になるまで何度でもリセットするから心配するなよ」


 ちょっとふざけてした質問に悠太の模範回答が返ってくる。

 ホント、真面目なヤツ。

 聞きたいのはそういうことじゃないんだけどね……。


「うん。わかった」


 僕はそう言って微笑んだ。

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