第13話~竜殺し~

 人々が寝静まっている頃。

 ボクは丁寧に髪をとかし、身支度を整えていた。赤い紐で髪を結い、上等な服を着て部屋を出た。

 部屋の外にセラムが待っていた。セラムは小奇麗な恰好をしていた。元々精悍な顔つきなのもあってか、身なりをきちんと整えるだけで随分と大人びて見えた。

 セラムはボクの恰好を見て、薄笑いを浮かべた。

「馬子にも衣裳ってのはこのことだな。」

「…うるさいですよ、セラム。」

 ボクが顔をしかめながら言うと、セラムはニヤッと笑った。ボクをからかって遊ぶのが最近のブームらしく、どうでもいいことでボクを怒らせた。

 1階に降りると、ジユルとイジュマが待っていた。不安そうな顔でボクを見ている。ボクは笑みを浮かべて2人を見た。

「まさか見送りしてくれるとは思っていませんでした。遅い時間にありがとうございます。」

「何言ってんだよ。見送りぐらいするって。それで…その…忘れ物はない?」

「はい、大丈夫です。」

 ボクが返事をすると、ジユルが唇を噛み締めた。

「オレたちを匿ってくれる国が見つかるといいな…」

 言葉とは裏腹にジユルの表情は冴えない。「ほとんど無駄になると思うが、あんたがやりたいならやってみたらいい」と顔に書いてあった。それが分かって、ボクは苦笑いした。

 ボクが頷くと、ジユルはボクを元気づけるように微笑んだ。

 ボクはこれからセラムと一緒に、レイト人の亡命先を探しにいく。それがボクがずっと考えていた、レイト人とヤレン両方を救う方法だった。

 ボクの手の平は小さくて、今ここにいるセラムとイジュマ、ジユル、そしてヤレンしか守ることができない。残り5万人の命はボクの手に余る。それならば、竜王の手が簡単に届かない異国に散り散りに逃がした方がいいと考えていた。

 そして、その後ボクはヤレンを守りながら竜王を殺す。時間がかかっても必ず殺す。それが終われば、レイト人を元の場所に帰せばいい。

 だが、異国の王たちがそう単純にレイト人を匿ってくれるとは思っていなかった。それでも、ボクにはもう、このほんの少しの希望にすがりつくしかなかった。

 セラムがイジュマに、めんどくさそうに一言二言つぶやいた。イジュマは困ったように笑って、それからぎゅっとセラムを抱きしめた。いつも忘れそうになるが、この2人は恋人同士だ。正確にはちょっと違うらしいが、ボクにはほとんど同じに見えた。

 セラムが恥ずかしそうにおろおろするのが面白くて、ボクとジユルはクスクスと笑った。

 そして、この光景を守りたいと強く思った。


 セラムが空間にひびを入れると、ぽっかりと世界の裏側が開いた。銀色の世界。一歩踏み入れれば、上も下も分からない未知の空間だ。

 ボクとセラムが中に入ると、ひびがすうと音もなく消えた。さあ、もう後戻りはできない。

 セラムはきょろきょろ辺りを見回した。

「さて、西はどっちだ。」

 普通なら歩いて半年はかかる場所でも、この能力があれば数十分でたどり着くことができる。どういう理屈かは分からないし、本人にも説明できないらしいが、便利なものに変わりなかった。

 ボクには西がどっちか全く検討もつかなかったが、セラムには何か目印のようなものが見えているようでゆっくりと歩き始めた。

「こっちだな。ついてこい。」

 セラムは当たり前のように歩いていたが、どこが地面か分からず、右往左往した。すると、セラムがボクの手首を掴んで引っ張った。

「何してんだよ、お前。歩けないのか?」

「はい…。セラムはどうやって歩いてるんですか?」

「普通に歩けるだろうが…。まあいい。引きずっていくから覚悟しろ。」

 そう言って、ボクを掴んだまま歩き出した。最初はおぼつかなく、本当に引きずられていたが、少しずつ歩行の感覚が掴め、やがて歩くことができるようになった。

 ボクたちは黙々と歩いた。ボクが歩けるようになっても、セラムは手を離さず握っていてくれた。まるで、ボクが消えないように支えているようだった。

 やがてセラムが止まった。

「ここだな。中からひびを入れるのは初めてだが、まあ、どうにかなるか。」

 そう言って空間にひびを入た途端、隙間から光が漏れ、風が吹いた。

 ボクはごくっと唾を飲み込み、一歩踏み出した。

 太陽があまりに眩しくて、目の前が真っ白になった。少しずつハレーションを起こしていた視界が戻ると、そこは丘の上だった。360度、見渡せる小高い丘の上にボクは立っていた。平地には石造りの家がまばらに建っていたが、後は青々とした草原だった。気持ちのよい風に髪が揺れた。

 この美しい風景にセラムが息をのむのが分かった。

「なんだここ…」

「ここは騎士の国ですよ。」

「騎士…の国…。昔聞いた話じゃ、堅物ばかりの国だったはずだが、どうしてここを選んだんだよ?」

「ボクが人形の頃巡った中では一番話の分かりそうな王が治めていたからです。彼を説得できれば、周辺諸国への交渉も随分と楽になるはずです。」

 ボクの言葉にセラムは驚いたように目を見張った。

「へぇ、お前、騎士王に会ったことあるのかよ?」

「ええ、ボクが夜と名乗っていたころに何度か。今もご健在だといいですが…」

 ボクは一抹の不安を抱えていたまま歩き出した。

 *

 騎士王の城は湖の畔にそびえていた。白い城壁が水面に反射した光できらきらと輝き、青い屋根が太陽に照らされて眩いほどに光っていた。

 城に近づくボクたちを門番がじろじろと遠慮会釈なく眺めた。ボクは臆することなく口を開いた。

「王陛下に謁見したいのですが、渡りを付けていただけないでしょうか?」

「はあ?お前何者だ?」

「ボクは夜と申します。人形の夜が会いに来たと伝えていただければ、それで分かるはずです。」

 門番は露骨に眉をひそめた。

「そんな奴の話は聞いたことがない。それにお前のような薄汚い子どもが、王に謁見できるわけがないだろ?いたずらなら殺すぞ?」

「いたずらではありません。王陛下に伝えていただければ分かるはずです。」

 門番はやれやれと首を振って、腰の剣を抜いてボクの首に突きつけた。

「それ以上騒ぐと、今ここで叩き切るぞ、ガキ。分かったらさっさと立ち去れ。」

 剣先が首の皮に当たり、血がつうっと流れてた。それでもボクは動こうとしなかった。

「だから、何度も言わせないでください。王陛下に夜が来たと伝えていただければそれでいいんです。」

 門番の顔に血が昇った。勢いよく剣を振り上げてボクの頭に落とした。だが、剣がボクの頭に当たる前に身体を左に傾かせて避けると、門番の親指をひねり上げた。

「ぎゃっ」と門番が悲鳴を上げて剣を落とした。ボクは柄を蹴り上げて剣を掴むと、門番の首に刃を向けた。そして、城中に聞こえるほど大きな声で怒鳴った。

「誰か!人形の夜が王に会いに来たと、王陛下に伝えてください!」

 すると、響き渡るような怒声が響き、あっという間に騎士に囲まれた。剣や槍が首や胸に突き刺さらんばかりに当たった。さすがにセラムがぎょっとして悲鳴を上げたが、ボクにはいつもの光景でしかなかった。

 初老の男がつかつかと歩いて来て、ボクの前に立った。

「貴様!何者か!?」

「だから、人形の夜だと言っているでしょう。騎士王、カーディフ陛下に会いに来たのですが、ご健在でしょうか?」

 初老の男がボクを上から下まで眺め、顎に手を当てた。

「人形…聞いたことがあるな…。しばし待て。」

 それだけ言うと、つかつかと城に入っていた。ボクはこのまま待てという神経が分からなかったが、冷たい刃先がゆっくりとボクの体温で温かくなっていくのを感じながら、ひたすら戻ってくるを待った。

 ややあって武装が解かれ、ボクは手首を縛られて中に入った。セラムがぶつぶつと文句を言っていたが、騎士に小突かれて黙ってしまった。

 城の中は広い吹き抜けで、柱が何本も立っていた。小間使いの女性たちがてきぱきと働いていたが、ボクたちが来ると皆怖がって柱の陰に隠れてしまった。しかし、何人かは好奇心から顔をのぞかせてこちらを眺めていた。

 この国の人々は皆栗毛で、瞳の色は茶色やハシバミ色をしていた。騎士の民は他民族と交わらずに、同じ民族同士で結婚するのだと前に父が話していたことを思い出した。

 大きな扉が開き、玉座のある部屋に通された。玉座の間は質素だが厳かな雰囲気が漂う場所だった。青と白が丁度良い塩梅で壁に塗られ、床は大理石を組み合わせてできていた。さらに、木の玉座は丁寧な細工が掘られ、使い古してもなお気品を感じさせた。

 すぐに騎士王は姿を見せた。騎士王は60歳ほどの老人だ。鎧などは身につけておらず、平時の服装のまま玉座に座った。その姿は王と言うよりも、魔術師のような雰囲気があった。

「久しいな、夜。少し見ない内に随分と背が伸びたな。」

「お久しぶりです、陛下。お騒がせしてしまい、申し訳ございません。」

「いやなに、頭の固い門番で失礼した。お前たち、夜と連れの方の拘束を解いてあげなさい。」

 騎士は恭しく返事をして、ボクとセラムを縛っていた紐を解いた。ボクは手首を擦って礼を言った。

「ありがとうございます。陛下はボクのことを覚えていると思っていました。」

「…君はわしの旧友によく似ているからね。そう邪険にも扱えないだろう。それでレイト人を連れて、一体何の用かね?」

 皺に埋もれた瞳が鋭く光った。その光はあまり良いものではなかったが、それでもボクは勇気を振り絞って口を開いた。

「実はレイト人の亡命先を探しています。陛下は竜王がレイト人を躍起になって殺していることをご存知でしょうか?」

「ああ、知っているとも。半年前も同じようなことを頼みに来たレイト人がいたが…。それと関係があるのかね?」

 ボクは思わず「え…」とつぶやいた。

「…それは何という名前のレイト人でしたか?」

「確か…イズ…イズミルと名乗ったな。緑髪で金色の目をした、20代後半ほどのレイト人だ。その青髪の青年によく似ているが…」

 ボクは耳を疑った。ボクが知らない間にイズミルがそんなことをしていたとは知らなかった。

 だが、すぐにジユルが復帰した日、イズミルが意気消沈して帰ってきたのを思い出した。あの時、イズミルは亡命先を探していたのか…。

 ボクはぐっと拳を握りしめた。結局、ボクの案は以前にヤレンとイズミルが試したものだったのか。思わず笑いそうになった。

 それでもボクは騎士王に訊ねずにはいられなかった。

「陛下はなぜイズミルの頼みを断ったのですか…?」

 騎士王はぎょろっとした目でボクを睨んだ。その見透かすような視線にボクはゴクリと唾を飲んだ。

「レイト人を匿えば、我が国にも被害が及ぶ。確かにレイト人は哀れだが、あの竜はもはや誰にも殺せないのだ。我々は食い殺されないように息をひそめて、やり過ごすしかない。それに、そこまで追い詰められているのなら、どうしてレイトの長が来ないのだ。話にもならんよ。」

 予想通りの返答。ボクは唇から血が出るほど噛み締めてうつむいた。言い返すこともできない。

 ボクがアスシオンや長を説得できていれば…。

 しかし、ボクにはそれができなかった。ボクは彼らと対話することさえ諦めていた。どうせヤレンを差し出せと命令されて、ボクがアスシオンを殺してしまうに決まっている。

 噛み締め唇から血が出て、口の中に鉄の味が広がった。ボクは小さく口を開いた。

「その通りです…。それでも…やはり無理でしょうか?」

「ああ、例え君の頼みでも無理だ。すまないね。」

 騎士王ははっきりとした口調で言った。お腹の中に冷たいものが広がって、今にも膝から崩れ落ちそうなのを堪えた。

「分かりました…。お話しを聞いていただき、ありがとうございました…」

 ボクがペコっとお辞儀をして部屋を出ようとすると、王が声をかけた。

「そう急くな。せっかく久しぶりに会ったのだ。食事でも一緒にどうだ?それに、レイトの街からここに来るのは遠かっただろう。休んでいってもいいんだよ。」

「お言葉に甘えたいところですが、協力してくれる国を探すまで歩みを止めるわけにはいかないので…」

 ボクの言葉に騎士王の目が少し開いた。

「諦めて帰るのかと思えば…。強くなったな、夜。あの頃は人形のように虚ろだったが、今はとてもいい表情をしている。」

「…ありがとうございます、陛下。」

「良い笑顔だ。最後に夜は、もう人形ではないと言ったね?」

 ボクは何が言いたいのか分からず、きょとんとしながら頷いた。騎士王は皺の寄った目を細めて、ボクに言った。

「本当の名を教えてはくれないか?夜は商品名だろう。あまりに冷たくて、わしは好きになれないんだ。」

「…ベオグラードです、陛下。」

 ボクが答えると、小さく「ベオグラード」と口の中でつぶやいた。

「姓は何と言うんだね?」

 そう聞かれて、ボクは名を明かすか迷った。ヤレンからは「その名はあまり名乗らないほうがいい」と言われていたし、あれ以降誰にも姓を伝えたことがなかった。

 しばらく迷ったが、騎士王には世話になった手前、ボクはそれを突っぱねることができなかった。

「…ファセスです。ベオグラード・ファセスです。」

 そう言うや否や騎士王の皺に埋もれた目がカッと開いた。老人とは思えぬ速度で玉座を下りると、ボクの手を鷲掴みにした。

「今、ファセスと言ったな!確かにそう言ったな、ベオグラード!」

「え、そ、そうですが…」

「お前さん、竜殺しのファセス一族の生き残りか!いやはや!初めて見た時から、ニーシ・ファセスによく似ていると思ったが!まさかこんなことが!」

 騎士王が顔を真っ赤にして、ボクの顔を手で撫でまわした。ボクは何のことか理解できず、口をぽかんと開けた。

「竜殺し?一体、どういうことなんですか?」

「なんだ、ベオグラードは知らないのかね。君は竜の国を亡ぼすと予言された一族の末裔なのだよ。その予言のせいで、君の一族は竜王に1人残らず殺されたはずだったのだが…」

 ボクは涙を流して喜ぶ騎士王を見降ろしながら、頭の中で情報を整理した。そう言えば、ボクが名を名乗った時、竜王は聞き覚えがあると言っていた。それに、ヤレンは明らかにボクが何者か気づいている様子だった。それから考えると、騎士王が言っていることはあながち嘘でもないのかもしれない。

「それが本当なら、ボクが竜殺しであると宣言すれば、周辺諸国はボクに協力してくれるでしょうか?」

 ボクの問いに、騎士王の顔が曇った。興奮がゆっくりと覚めていくのが分かった。

「協力する王もいるだろうが…。君は女の子だろ?君を誘拐して竜殺しの血を一族に入れようとする邪な連中がわんさか現れるだろうな…。竜殺しも竜も、その血を受け継いだ女性は皆、悲惨な最後を遂げている。諦めた方がいい。」

 ボクはヤレンと同じようなことを言われて笑いそうになった。咳払いして笑みをごまかし、口を開いた。

「安心してください。ボクは男です。髪が長いのでよく間違われるのですが、陛下にも女だと思われているとは思いませんでした。」

「男…!それは失礼した。それならば、君と交渉しよう。ただし、レイト人を亡命させるのではない。それ以上のことだ。」

 *

 時が動き出した。

 それは大きな波のように、あっという間にボクを飲み込んだ。

 騎士王は周辺諸国の王を集め、ボクを紹介した。竜殺しが蘇ったと知った諸王は、目を見開いてボクを見た。希望に目を輝かせている者、どうやって利用しようか思案している者…。ボクには彼らが考えていることが手に取るように分かった。

 騎士王は咳払いをすると、全員に聞こえるように声を張った。

「今こそ、竜王を倒す時だ!数百年と苦汁をなめてきた日々が遂に終わる!皆の衆、異論はないだろうな?」

 騎士王がぎょろっとした目で全員を見まわすと、諸王は「おお!」と地響きのような声で応えた。その気迫にボクは気圧された。

 ボクはその興奮する王たちを見て、一歩でも間違えれば祀り上げられて死ぬまで踊らされると理解した。ボクはその恐怖を押し殺して、表面上はそれを隠した。

 決起集会が終わり、ボクは1人湖の畔を歩いた。

 ボクが竜殺しの一族の末裔だと知らされてから目まぐるしい毎日だった。レイトにも戻れず、ボクは着飾られて毎日騎士王の隣に座っていた。

 ボクが利用され始めたと気づいたのか、セラムは姿を消した。ボクは1人残され、寂しさと虚しさで胸が張り裂けそうだった。これはボクの望んだことではない。ボクはただレイトとヤレン、両方を守りたかっただけなのに…。

 水面に映ったボクの顔は悲しげに歪んでいた。せめて、ヤレンに会いたい。この寂しい気持ちを伝えて、ヤレンに抱きしめてもらいたい。

 涙が溢れてきそうになって、慌てて頭を振った。これじゃあ、昔の弱い自分みたいだ。ボクはもう強くなったのだから、こんなことで泣いたらだめだ。

 その時、誰かがボクの肩をポンッと叩いた。一瞬、セラムかと思って振り返ると、見たことのない女性が立っていた。ボクと目が合った瞬間憎悪に顔をゆがめた。

「貴様…!やはり、あの時の!」

 そう言ってボクの胸めがけて、ナイフを突き立てた。本能的に横に避け、腰の後ろに忍ばせていた短剣を抜き、女性の首に刃を当てた。

 女性は驚いて固まっていた。ボクは刃を首に当てたまま、女性の顔をまじまじと見た。黒い髪に赤い目をしたヤレンとほとんど歳の変わらない女性だった。まったくボクには覚えがなかったが、以前会ったことがあるのだろうか。

 女性は形勢が逆転したと気づき、目を真っ赤にしてボクを睨んだ。

「この人殺しが…地獄に落ちろ!」

「…すみませんが、ボクには何のことだかさっぱり分かりません。人違いではないですか?」

 すると、女性が鬼のような形相になった。

「4年前の冬…お前が…わたしの恋人をわたしの目の前で…切り殺した。今でもはっきりと覚えている。その黒い髪に女のような顔…見間違えるはずがない…」

 ボクは眉を寄せて、もう一度女性の顔を眺めた。そう言われたら、以前殺した男の隣にいた女性を殺し損ねたことがあった気がする。そうだ、確かそれが父にばれて気を失うほど殴られた。

 目撃者を逃せば、後々必ず復讐者となって戻ってくる。父の口癖だった。それからというもの、ボクはその場にいたものは例え子どもだろうと全員殺すようになった。

 ボクは己が犯した罪を咎められる日が来たということを悟った。だが、運命の女神はあまりにタイミングが悪い。

 ボクは短剣を腰の鞘に戻して、ボクを睨みつける女性を見た。

「思い出しました。あなたの大切な人を殺したのは確かにボクです。」

「やっぱり…!」

「あなたの復讐は正しいですし、本当はここであなたに殺されるべきなのかもしれません。だけど、ボクは正直に言って今あなたに構っている余裕がない。それにあなたはあまりに弱い。今のままでは、到底ボクを殺すことはできませんよ。」

 冷ややかな口調でボクが言うと、女性の頬に赤みがさっと走り、もう一度ボクにナイフを突き立てようとした。だが、ボクは女性の手首を掴み、後ろにひねってナイフを落とした。

「何度やっても同じです。今のままでは、ボクはあなたを一瞬で殺してしまいます。

 ボクを殺したいならもっと強くなってからにしてください。そうすれば、ボクはあなたの復讐に付き合います。」

 ボクが手を離すと、女性が声を上げて泣きながらうずくまった。ボクはその姿に胸が痛んだ。彼女の復讐心も辛さも今はよく分かる。ボクのことが殺したくて仕方がないのだろう。

 ボクだってイズミルを殺した竜王が憎くて仕方がない。だからこそ、ボクは自分の気持ちを押し殺して今も戦っている。

 復讐は誰にでも与えられた権利だ。だけど、それには自分の命をかける覚悟がいる。この女性にはそれが感じられなかった。

 ボクがゆっくりと歩きだすと、女性がボクに怒鳴った。

「覚えておけ!わたしはマリア・レンブロ!お前を必ず殺す!必ずだ!」

 ボクは振り返って頷いた。

 ヤレンとレイト両方を救う手立てが見つかったと思ったら、次はこれかと笑いたくなった。

 この戦いが終わって仮に生きていたら、人里離れた場所で死ぬまでのんびり暮らそうかと思っていたが、それも難しいようだ。

 ボクには穏やかで幸せな最後など手に入らない。

 ボクは仕方がないと小さくため息をついた。

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