第一話 『竜の舞う谷を目指して』 その1

第一話    『竜の舞う谷を目指して』



 ―――旅は道連れ、仲間は宝。


 古き道を共に行くのは、剣鬼と弓姫。


 世界を旅するそのふたりが求めた歌は、空に刻まれた竜の歌。


 剣鬼は焦がれているのだ、翼との再会を。




 ―――弓姫は願っている、竜の騎士の再臨を。


 それは、世界を変えるための旅か?


 それとも、己に見える世界の意味を変えるための旅なのか?


 後の世の英雄たちは、いまだに無名。世界の果てを彷徨っていた。





「……おそかったな、ソルジェ団長」


 店に入ったオレにかけられたのは、『いらっしゃいませ』とかいう愛想の良い言葉じゃなかった。


 どんな名前もつけられたことのない、ちっぽけで古びた街道。その道沿いにある、庭にリンゴの古木が一本だけ生えているのが特徴の小さな鍛冶屋……。


 そこにいたのは、眉間にしわを寄せたエルフの娘だったんだ。


 すらりとしたオレ好みの長い脚と、ながい銀色の髪。そして、彼女たちの種族に特徴的な長く尖った耳。華奢な体と背負った使い込まれた弓。エルフ族ということは、一目で分かるだろう。


 彼女の名前はリエル・ハーヴェル。


 うつくしい若い娘だが、いかんせん怒りっぽいのが玉にきずである。


 そもそもだ。


 オレは、彼女に『待っててくれ』とも、『ついてきてくれ』とも頼んじゃいないのによう。


 ……なんで、オレは文句言われなくちゃならないんだ?


 しかし、オレも学んでいる。


 彼女にそんなことを言うと、きっと機嫌を悪くするのだ。


 オレは大人だ。26にもなるし、この子は17。十才ぐらい違うんだ。『大人の余裕』を見せてやろう。


「待たせて悪かったな、リエル?」


「……心にもない言葉っぽいな」


「……はあ?」


「団長の目を見れば分かる。お前は、私を待たせて悪かったと、思ってはいないだろう」


 翡翠色の瞳で、じっと右眼を見つめられる。うおお、美人過ぎてゾクっとしちまうが、そんなことを言うと殴られるんだろ?


 学んでいるんだよ、オレは!!口説くのと、触るのと、婚約するまで子作り禁止。エルフの女はお堅いんだ。


「……んなことはないぞ。元・竜騎士は、嘘をつかない!オレは本気で謝罪しているんだよ、リエルさん?」


「人間族は皆、嘘つきだぞ。エルフと違ってな」


「おいおい。オレはお前を傷つけたことがあるのか?」


「……そういうのは、無いけど」


「なら。信じろ。人間にもお前を騙さないヤツはいるのさ。大きな心で、オレを信じろ」


「やはり、嘘っぽいな」


「そりゃあ、嘘だしな」


「……おい。矢を刺していいか?」


「いいわけねえだろ!?……まあ、お互い無事に合流出来たんだ。仕事をしようぜ」


 さて……ちょっくら状況を説明しようか。


 ここは亜人種のひとつ、ドワーフさんが経営している鍛冶屋だ。街道沿いにある、本当に一般的な店だよ。軒下には、馬車の車輪が置いてあった。複数のサイズがね。街道を行く馬車の車輪が壊れたときのスペアだ。


 この没個性的な店舗を、リエル曰くの『集合場所』にしていたんだよ。


 ……いや、オレが決めたんじゃなくて、アイツが勝手に言ってただけだぞ?アイツが一方的に宣言しておいて、オレが否定するより先に、どっかに消えてしまっただけなんだよな……。


 まあ、アレを約束と言っていいのなら、たしかに、半日ほど遅れてオレはここに到着したんだ。


 でも、よくあることだろ。だってよ、オレは世界最大の帝国から指名手配されている賞金首さんなんだぜ。


 そして、ここは元・地元に近いとはいえ、すっかりとファリス帝国の植民地と化した場所。つまり敵地のまっただ中だ。人間族の数は増え、亜人種は減った。


 文化も哲学も掟も変わっているよ。さっきも、痩せ細った妖精族の盗人が木に吊るされているのを見た。


 ……かつては、彼らに対してガルーナの掟はもっと寛大だった。パンを盗んだぐらいで、道端の大木に絞首刑にされるようなことはなかった。


 そして、そのまま死者を吊るしたままにすることなんて、よほどの大罪人にしかやらなかったんだ。パン泥棒にするには、厳しすぎる所業だよ。


 見せしめにしていやがるのさ。死体を吊るし、亜人種を脅している。逆らえば殺してしまうぞと。


 帝国人は亜人種が嫌いになっている。彼らの悪事には、やたらと大げさに反応して、政治論議を持ち出してまで否定する。


 パンを盗む痩せ細った亜人種の泥棒が、まるで社会悪の根元でもあるかのように帝国人は攻め立てる。教育せねば、管理せねば、支配せねば。帝国人の楽園のような暮らしが奪われるのだと言わんばかりの態度だった。


 かつてガルーナと同盟を組んでいたときとは、えらい違いだな。


 ……だから?オレとは当然仲が悪い。9年経ったが、怒りは新鮮なままオレの行動を支配している。


 具体的には、大陸のあちこちで侵略戦争と領土拡大に励む帝国に対して、日々、ケンカを売ってるよ。


 亜人種の国や小国に雇われては、仲間と共に帝国と戦い続けている。腕はあるからな。オレたち『パンジャール猟兵団』が戦場を生き抜くことは可能だが、戰に勝つことは……まれだ。


 地図を見れば誰にだって理由が分かるだろう。この大陸の95%は帝国の領土か覇権の影響下にある、飼い犬どころか家畜みたいにみじめな属国さ。


 唯一の超大国と、星屑みたいに小さな国家。戦力の比率なんて、何桁違うのかね。


 老若男女総動員で作られる小国の軍に比べて、敵サンは徴兵や志願兵で作られた若者だらけの軍隊さ。オレたちに勝てる戦は、まずない。


 たとえ、一度の戦で勝利したところで、次の戦は難しい。帝国の徴兵制度は奴らに軍隊をすみやかに再建させる能力を与えている。多くの帝国兵を殺しても、すぐにまた新たな帝国兵がやって来やがるんだよ。


 こちらは次の戦のときには、疲弊した軍勢で挑むことが強いられる。不利すぎる条件だな……。


 だから、ファリス帝国は年中、世界のあちこちで戦をしてる。戦うほどに勝ちやすくなるからだ。局所的な敗北は、ヤツの侵略戦争を止める機会にはならない。


 帝国の侵略を止めるためには、帝国軍に対して大きな打撃を与える必要があるが……それこそが至難の技だった。


 小国を吸収し、国土を拡大して、植民地に人間族の町を築く。亜人種は徹底的に弾圧し、その排他的な思想をかつての敵地に住む人間族にも植え付け、帝国人に変えていくのさ。


 あの吊るされていた妖精族は、それらの行為の一環でもある。亜人種を下等で邪悪な存在だという帝国の主張を宣伝しているわけだ。


 ……そんなクソ野郎どもの帝国人と殺し合いするのは大好きだよ。だが、年から年中、見境無しに戦いまくるってワケにはいかんのだ。賞金首が敵地で暴れる?……バカな話だよ。


 だから、たまには、虫けらみたいにコソコソ隠れたりして、世間様との衝突を避けながら生きてるんだよ。


 眼帯赤毛の大男、しかも背中に竜太刀なんて馬鹿デカい剣を背負ってるんだぜ。オレみたいなのが、目立たないようにするのは、大変だっつーの。


 だから。まあ、半日ぐらいの遅刻ぐらい許せばいいんじゃないかな、リエルちゃん?


 ……って、言いたいんだが、コイツ、母親みたいに面倒なんだよ。


 『遅刻なんて大人として最低の行為だ。賞金首だからこそ、時間に緻密な行動をするべきではないのか?』……。


 そんな言葉で言い負かされて以来、どうにも逆らいづらくていかん。コイツ、オレのお目付役のつもりなのか、まさか護衛気取りなのか……?もしかして、オレ、コイツに惚れられてるのかね。


 だったら、オレの子を彼女のちいさな骨盤に仕込むってのも悪くはないが―――エルフの娘は貞操観念高いから、そう簡単には口説けないかもな。


 ……おおっと、脱線しちまったな。


 とにかく状況は、そういうこった。オレは自覚の伴わない約束を破ったらしく、マジメなエルフさんに叱られてる。


 妖精族の死体を木から下ろして、帝国の決めたクソみたいな法を破っていたせいもあるだろう。だから、叱られても別にいい。叱られる価値はあることさ。


 さて。ここは街道沿いにある『アボット村』という、どこにでもありそうな地味な名前をした村にある、唯一の鍛冶屋さんだ。


 もちろん、この土地でもドワーフをはじめ亜人種たちは、村人の大半を占める帝国人たちに好かれているわけではないのだが、『技術』があれば需要に適うというべきかな。


 ドワーフの鍛冶技術は『街道沿いの村』なんかでは、とりわけ重要視されているんだよ。


 なにせ、彼らは荷馬車の車輪を人間族の職人の6倍は早く修理できるし、彼らに修理された馬車は次の街にたどり着くまで、どんなに酷使しても壊れることはないからさ。


『流通を支えているのだよ』


 ドワーフの友人はそう語る。


 たしかにな。竜無しで世界を放浪していると、鍛冶屋の重要性ってのは身に染みるぜ。馬の蹄鉄だって、彼らの作品だからな。


 アレがないと馬が痛んでしょうがねえし……まあ、ドワーフってのは、迫害されつつも、それなりに身の安全を保証されてはいるというわけだ。あくまでも、その鍛冶技術が『人間さまの役に立つ』からってことでな。


 どこもそうだけど、帝国領における亜人種のあつかいはヒドいもんだ。


 ここの爺さんにしたってそうだぜ?爺さんには移動の自由はないし、『亜人税』なるものでせいで露骨な搾取を受けている。彼は人間社会の『道具』にされているってわけだ。


 だが、職人のいいような悪いようなところだが、彼はこの店にこもって鉄を打っている時が『人生最良の時間』なのだと信じているらしい。


 仮に『自由』を手にしたとしても、同じような日々を選ぶに決まっていると語る。


 ここから連れ出してやってもいいんだが……爺さんはそれを望んではいないのだ。オレが大きな街の支配者だったりすれば、そこで好きなだけ鋼だろうがミスリルだろうが打たせてやれるんだがな……。


 まあ、放浪の身の傭兵には、彼を満足させられないってことだ。オレが彼に提供できた鉄製品は、鎧だけだしね?……いや、見事なもんだったさ。この爺さんの打ち直してくれた鎧は、歪みが完璧に消えている。


 あっという間の早業だよ。オレの姿を見るなり、280シエルでええぞ、と言いながら、オレの鎧を脱がしにかかった。そして、すぐにハンマーでそれを叩いて、錆を削り、複雑に絡まる鱗状装甲の継ぎ目に油をさしてくれる。


 着直して見ると分かるが、歪みが減った鎧はオレの動きを今まで以上に邪魔しない。爺さんは鉄と語ることが出来るのだ。鎧の傷や摩耗や歪みを見て、『オレの鎧として必要ではない部分』を削り落としてくれたのさ。


 うなり声をあげたくなる仕事っぷりだよ。280シエルじゃ、激安すぎる。ドワーフの上級職人の一人だな。我が『パンジャール猟兵団』にも、一人ぐらい専属的に確保しておきたいところだが……ここから連れ出して、爺さんの幸せを壊すわけにもいかんだろう?


 彼はナベの修理だって、じつに楽しそうにやっているわけだしね。


 で。このガンガンキンキン鉄を叩いている老ドワーフこそ、オレの探している『竜の目撃者』ってことだ。


 だから、オレとリエルはここにいるのさ。鎧を直してもらったのは偶然だった。真の目的は竜探しさ。


 ……いや、竜探しはオレの目的なだけだな。そういえば、リエルは、どうしてここにいるんだろうか。


 酒好きの団長さんなんぞに付き合って、せっかくの長めの休暇を台無しにしなくても良いだろうに。


 ……んー、つまり。帝国領に一人で乗り込んで行くオレのことを心配してくれていたのだろうか。


 まさか、マジでオレのこと好きなのか?……この人間族嫌いのエルフの小娘がか?……そうなら嬉しいのだが。


 まあ。何であれ、これだけの美少女連れて歩けるってのは、そこそこ楽しくはあるよ。護衛としても超一流の腕だし、いて困ることはない。


 コイツもいつの間にかガキっぽさが消えて、美少女に育っていた。もっとワンパクなところもあったのに、おしとやかになっている。


 背も手足も伸びて、物憂げな女の顔も浮かべるようになった。本当に魅力的な女性になろうとしている……そのうち本気で口説きたくなるのかもしれんな。


 …………ああ、美少女エルフさんの横顔を眺めていたい願望はあるんだが。そんなことより、仕事だよね。


 団のみんなをアジトに置いて、敵地となった元・地元周辺にまでやって来たんだ。すべきことをしよう。オレは、竜が欲しいんだよ。どうしてもな。


「なあ、爺さん。アンタ、マジで竜を見たってのかよ?」


 オレは年寄りドワーフに訊いた。でも、爺さんムシしやがる。オレみたいなガラの悪い男が近くにいても怯えやしねえで、ハンマーを一心不乱に振りつづける。ああ、なんともマイペースだ。というより、ボケてるのかもしれん。


 ため息が出る。この爺さんから聞ける情報に、さっそく期待が出来ないような気がしてきたからだ。


 でも、他にここですることはない。鎧は直してもらったしな。オレは爺さんの肩を揺さぶった。そこまでやって、ようやく彼は自分が話しかけられていたことに気づいたようである。


「……ああ?すまんなあ。ワシは、耳が遠くてのう」


「……鍛冶屋の職業病だな。毎日トンテンカンテン鉄を打ってるからだ」


「年なだけじゃないのかな?」


 リエルはいらんこと言う子なんだよな。まあ、素直なんだろう。世間知らずの田舎エルフらしいぜ。彼女たちエルフのコミュニケーションには嘘の成分が少ないそうだ。勝手な予想だが、ケンカが絶え無い里だったんじゃないだろうか。


 よし。オレ、彼女の言葉スルーしよう。オレは大きな声で爺さんにもう一度挑戦してみる。


「爺さん!!あんた!!竜を!!見たってのか!!」


「……おお。見たぞ。5年も前になるがなあ!!」


「ご、5年も前の話なのかッ!?」


「露骨にガッカリした顔をするな、団長。失礼だろう?」


「……う。そ、そーだな。爺さん悪くないもんな。そ、それで!!どこでだ!!」


「あんときは、鉄鉱石が切れちまってな。街の連中を連れてよう、山んなかに取りに行ったことがあるんだ。そんとき、デカい羽根の生えたドラゴンが飛んで来て、ワシら命からがら逃げたことがあるのさ」


「……山ってのは、ここらのか?」


「んー。そうだ。南の山奥のほうだ。鉱石が取れるんでな」


「……なるほど。たしかに、ここは聖地とも離れすぎてはいない……それに、鉄鉱石か」


 磁性を帯びた土地に反応したのか?


 ふむ……未熟な竜なら、迷うかもしれない。


「それで、そのあとはどーなった?」


「うん?うんにゃ、ワシら逃げちまって、お終いさ。あそこにゃ二度と近づきたくねえってんで、それからは街のモンもワシも、鉄鉱石は他の街から買い付けるようにしたのさ」


「なるほど。大勢で追い立てたりはしていないということか。じゃあ、そこを寝床に選んだ可能性もあるな―――」


 オレはそうつぶやきながら地図を取り出す。


 爺さんの作業机のひとつにそれを広げてみた。


 これはオレたち竜騎士が『手製』している地図だ。オレたちには特別な測量の知恵が伝わっているからな。市販されているモノよりも精確で、オレに有益な情報を書き記してあるのさ……。


 さーて。爺さんの言う鉄が取れる山ってのは、こいつだな。指で押さえたそこから、聖地の場所へさかのぼるように視線を動かしていく。魔力のるつぼ、植生、川の流れ、標高、そして地層の特徴。


 竜騎士の暗号がゴチャゴチャに書き込みされているその地図から情報を回収しながら、オレはひとつの仮説を組み立てていく。


 ……竜のなかには『坑道』なんかを『巣』にしてしまう若い個体もいるのさ。若い竜は鱗が雨に濡れることを、特別に嫌う習性があるからな。


 言語さえも発達しきっていない若い竜ならば、その生態は獣同然だ。魔術で鱗に『防水』の呪文をかけることも知らない。だから、若い竜は巣穴を必要とする。


 爺さんの見た竜が実在するとすれば、こんなのはどうだ?聖地に『耐久卵』として、生み付けられていたモノが、たとえば大雨か何かで流れ出し……。


 聖地の下流にある、この森あたりに流れついて、そこで孵化してしまった。


 ―――うん。ほう。この村には……4年前に、『牛泥棒』の記述……?


 オレの記憶にはないが、この字はオレのモノだ。酒場で聞いたのかもしれないな、『牛泥棒』の話題を……そして、地図に書き込んでいたらしい。


 やるな、昔のオレ。ふむ。ならば、それは盗人の犯行などではなく、竜が『食った』だけじゃないのか?


 ……なるほど。可能性は、なくはない。


 それならば、オレがすることはひとつだ。


「爺さん!!話、ありがとうな!!」


「構わんよ。いい鎧をお持ちだ。手入れさせてもらえて楽しかった。やはり、馬車の整備をするよりは、武器や防具の世話を焼くほうが楽しいものだ」


「……アンタも、いい仕事をしてくれた!!また、頼むぞ!!」


「ああ。割引してやるよ。今度は、その背中の剣も研ぎたいね」




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